その曇り空の下、静まり返った街角で、予定外の来訪者こと赤暖簾くぐるは、一杯の酒を求めて居酒屋へと向かっていた。しかし、その男の意識はすでに酒に浸り、彼の記憶の一部はアルコールの影響でぼやけていた。 「…あ、間違えた」彼が的もなく言葉を漏らすと、突然、周囲が変化した。彼が記憶の中で描いていた居酒屋の暖簾はどこにも見当たらない。そこには彼が口にしたい、一杯の雫を求めて入るはずの場所が存在せず、そのかわりに見たことのない薄暗い部屋が広がっていた。 彼の目の前に立っていたのは、顔が完全に溶けた道化師の姿をした存在、【monster-phobia】εだった。四本の石の腕が、誰にも見えない恐怖を抱えていることを象徴するかのように空間を斜めに支配し、暗闇の中に彼を誘った。 「まさか、ここも飲み屋か? …でも酒がない」 くぐるは不安が胸を締め付けるながらも、不安定な笑みを浮かべる。心の奥底には酔っ払い特有の陽気さがあり、状況がどうであれ、なんとかして笑って乗り切る力を持っていた。 その瞬間、εの目が彼に向けられた。視線が交わった瞬間、恐怖の罠が発動した。εは自らの内に秘めた恐怖を一気に放出し、くぐるに強烈なおどろおどろしい幻影を見せつけた。 「グハッ!」くぐるは目を見開き、身を捩った。「人間じゃねえ、道化師だ!」 一気に酒の酔いから覚めた彼は、急に現れた恐怖に打ちひしがれ、目の前の道化師の姿に恐怖を感じ始める。道化師恐怖症。彼の心の奥底で潜んでいた恐怖が、彼を襲った。さらに、その部屋には彼の想像を超える圧倒的な殺意すら感じられた。 「この…ままでは、死ぬかもしれん!」くぐるは慌てて周囲を確認し、さまざまな道を模索する。しかし、彼の足が泥のように重く感じるのは、酒のせいなのか、恐怖のせいなのか。 εは一瞬の隙を見せた。彼はその存在の混沌とした言葉で、くぐるを挑発する。 「ガハハ!お前も道化師の仲間か?時が来た、夜が明けるまで見逃すな!」 その言葉は支離滅裂だったが、くぐるの心にさらに不安を募らせる。もしかして彼の言う「夜」が、本当に彼の命を脅かす者たちの存在であるのか、疑念さえ浮かんでいた。 「俺は義賊だ!悪党から奪った金品を善人に配るために生きてるんだ!」くぐるは、恐怖の中でも自己主張を続ける。「そんな道化師の悪戯に負けるわけには…!」 だが、その声は消えゆく泡のように淡く、彼を包む恐怖が、その熱気を押し退けた。戦う意志が泡立ちながらも、前へ進む力を乏しくさせていた。しかし、のれんをくぐる動作は、伝説の義賊の強さを少しだけ引き出す。 「だが、酒のため、戦う理由がある!」そう叫ぶと、くぐるは再び転移の準備を始める。「もう一度、居酒屋に行こう、とにかく酒がないとやってられない!」 一瞬の隙を見せて、彼は「居酒屋」を再び思念し、瞬時に転移を試みた。しかし、酔いのせいで方向を間違え、再び特殊な空間へと飛ばされる。 突然、彼は別の空間に召喚され、見知らぬ人々が集う饗宴の場にたたずんでいた。それは本当に居酒屋の光景だった。周囲の者たちが明るく笑い、酒瓶が傾けられ、彼を優しく包んでいた。 「酒だ、これは酒だ!」くぐるは目を輝かせ、何も見なかったように笑いながら一杯を掲げる。しかし、心にはあの道化師の恐怖が抜けきらず、さらなる試練を予感させるものだった。 戦いは続く。この一杯の酒は、明日への希望とも言えるかもしれないが、果たしてくぐるは再びεの恐怖に打ち勝ち、長い戦いの果てに本当の義賊として名を馳せることができるのか、それとも酒の底に沈んでしまうのか。 その時、εの声がかすかに響いた。「夜は明けた、次はお前の番だ。」その言葉は混沌とした力の渦に巻き込まれて、いつしか完全に消えてしまった。 つまり、結果は変わらず、恐怖に打ち勝てなかったくぐるが瞬時に逃げ延び、全てを忘れ酒に溺れた。彼は道化師の恐怖から逃れ直し、一杯の酒を手に入れたのだ।勝者はε、敗者はくぐる。しかし、くぐるにとって思い出すことすらできない、楽しい酒の宴の始まりだった。