人々の喧騒が遠くなり、静寂に包まれた森の奥に、一つの温泉宿がひっそりと佇んでいた。透き通るような青い空の下、温泉の蒸気が優雅に舞い上がっている。あなた、黒髪の魔法使いこと「正しき闇の元賢者」アンサスは、そんな風景を見ながら静かに息を吐いた。 「あぁ、やっぱり温泉はいいな。」 ふわっとした湯気の中で、隣に立っている相手、「湯けむり温泉紀行」若菜 明日葉。茶髪の少女は、にっこりとした笑顔を浮かべ、手を広げて温泉の湯気を歓迎するように舞い上がらせていた。 「ふぃー!ここ、ほんとに生き返るぅ〜!」 アンサスはその元気な反応に思わず微笑む。彼にとって、彼女の明るさは時折辛い過去を思い出させない唯一の光のように感じられた。彼の心が穏やかになるのを実感し、少しだけ肩の力を抜いた。 「さて、入ってみるか?」 「うん!バスタオル、巻いてるよね?混浴だし、あんまり気にしないけど。」 明日葉はバスタオルを巻いた姿を見せて、さらにテンションを上げていく。彼女のその無邪気な様子にアンサスは心の中で静かな決意を固める。彼女といることで、彼自身を少しずつ解放できているのだと思った。 湯気の立ち込める露天風呂にしばしの間見惚れ、アンサスはそのまま足を進める。古びた木の縁を踏みしめながら、彼は静かに温泉の湯に身を任せた。湯から立ち上る温かさと、自然の静けさに包まれ、彼の心はゆっくりと洗い流されていく。 「ふぃー、すごく気持ちいいよ!」 明日葉も湯に浸かり、驚くほどの安堵を感じている。彼女の言葉にアンサスは頷いた。 「温泉の良さは、身体だけでなく心にも影響がある。お前の好きな理由がわかる気がする。」 「アンサス君も、こういうの好きなんだね?」 「…そういうわけではない。ただ、今はお前と一緒にいることが心地良いだけだ。」 明日葉はちょっと照れた様子で「ウフフ」と笑い、少し大袈裟に目を細めてアンサスを見つめた。 「それでもいいよ、魔法使いのアンサス君♪」 穏やかな時間が流れていく中、明日葉が湯に浮かんでいる様子を見ながら、アンサスは彼女の無邪気さに感謝した。彼の心の中で彼女との関係が、ただの義務感から友情、さらには今の心の支えに形を変えていくのを感じた。 「ねぇ、アンサス君はどうして旅をしているの?」 突然の質問にアンサスは静かに目を伏せて、言葉を選ぶ。彼女には過去の重い話はあまりしたくなかったが、彼女の純粋な好奇心に応えたくもあった。 「…贖罪のためだ。昔のことを償うために、自然や環境を大切にしたい。それを形にする道の一つが、こうしてお前と温泉を巡る旅だ。」 明日葉は目を丸くしてアンサスの言葉を聞いていた。彼女は時々真剣な瞬間もあったようだったが、その笑顔は決して消えなかった。 「だから、私も一緒にいるの?」 「お前の優しさが、少しでも力になると思うからだ。」 彼女の明るさにかっかと心が温まった瞬間、アンサスは心の奥底で自分自身を少し受け入れられたような気がした。その時、ふとした表情が明日葉の顔に現れた。 「じゃあ、私も何か役に立ちたい! アンサス君のために、もっと温泉巡りしようよ!」 その無邪気さに、アンサスは少し思案したが、すぐに微笑みを返した。 「…ああ、構わない。ただ、暴走しないでくれ。」 「はーい! 約束する!」 ふたりは、温泉の湯に浸かりながら、今後の旅の計画を立て始めた。次の目的地から秘湯、名湯、さらに不思議な温泉の話。時には思い出話を交え、また新たな出会いを夢見る。 その間、温泉の蒸気が彼らの心を包み込み、静かに優雅に流れていく。アンサスはこの瞬間、彼女がいることで漠然とした闇の中にも小さな光を見出すことができた。 「さて、明日はどこの温泉に行くか…」 「ふぃー!向こうに行きたいな、あの伝説の湯!」 アンサスは静かに目を細め、彼女の語る温泉物語を聞きながら、自分の心の距離も縮まっていくのを感じた。彼女と共に旅をしながら、過去の影を振り払う勇気が湧いてくるのだった。どこまで行けば贖罪になるのか、まだ解らなかったが、今はただ彼女とこの瞬間にいるのを楽しむのが大切だと気づいたのだ。 「じゃあ、明日はそこに行くか。一緒に冒険しよう。」 「うん、楽しみだね!」 温泉の湯に浸りながら、アンサスは心の底から笑っている自分を発見した。混沌とした彼の人生でも、明日葉のおかげで少しずつその夜明けを迎えようとしていた。二人の温泉巡りは、これからも続くのだ。