【火炎術師】セーニャ・シルヴァンは、久しぶりの帰省中に故郷ヤノハラ教国の聖都スルアを訪れることにした。北方の寒冷な地であるこの国に降り積もった雪が、彼女の歩みを一層ゆっくりとしたものにしていた。しかし、その冷たさは彼女にとってもはや慣れ親しんだものであり、むしろ心を一瞬だけでも温めてくれる。 セーニャの目的は、一件の食事処だった。その店の名前は【温和な食事処】シズノヤ。古くからこの地に根づく食の場として、訪れる者々を魅了し続けている。店主のイオリ・シズミヤとは旧知の仲でもあった。 「おや、セーニャさんではありませんか。久方ぶりですね。」 店の暖簾を潜ると、イオリがカウンターの内側から声を掛けた。黒髪に金の瞳を持つ彼は、その特徴的な姿を和装で整え、落ち着いた手つきで準備を続けている。 「イオリさん、お久しぶりです。こちらに来たら、やはりシズノヤを訪れたいと思っていました。」 セーニャは優しく微笑みかけ、カウンターの一角に腰を下ろした。店内には心地よい香りが漂っており、彼女の顔に微かな期待の色が浮かんだ。 「今日は何をいただけますか?まあ、この寒さですし、やはり鍋が一番かもしれませんね。」 イオリはおだやかに言いながら、店の名物料理を案じてくれる。 「そうですね。こちらの鍋は最高ですから、ぜひそれを。」 セーニャが懐かしそうに返事をすると、イオリは素早く鍋の準備を始めた。その動きは熟練の技を感じさせるもので、セーニャもそれを眺めながら、昔の思い出に浸っていた。 「イオリさんは今も変わらず、お店を切り盛りされているんですね。この味を求めて戻ってくるおかげで、私の心も温まります。」 「ありがとうございます。こうした日常こそが、私にとって一番の幸せですから。セーニャさんもどうか、ここで少しでもゆっくりしていってください。」 イオリの穏やかな言葉に、セーニャは胸を温かくする。彼女にとって、こうして昔ながらの味を楽しむ時間は格別のひと時であった。 鍋が煮立ち、湯気と共に芳醇な香りが立ち昇る。セーニャはその風味に顔を近づけ、理屈抜きで幸せな気持ちに浸った。口にするたびに、彼女の中に思い出が流れ出す。 「やっぱり、この味は特別です。こんなに心まで温まる料理は他にはないです。」 「そう言ってもらえると、本当に嬉しいです。」イオリは微笑んで答えた。 その後も、二人の会話は途切れることなく、あたたかなひとときが過ぎていった。セーニャは最後の一口を大事に味わい、心からの感謝を込めて鍋を食べきった。 訪れた美味を惜しみつつ、セーニャは立ち上がり、微笑んでイオリに別れを告げる。そして、再び外の雪の中へと戻っていった。心には、温かな食事と思い出が刻まれているのだった。