海底の贈り物と黄金の工房 ルミリア共和国の首都サリナメリアは、賑やかな港町として知られていた。青い空の下、波止場では漁師たちが網を繰り出し、市場では異国からの香辛料や宝石が所狭しと並ぶ。そんな街の片隅に、ひっそりと佇む小さな工房があった。看板には「金繋の装具士」と金文字で刻まれ、扉の前には不思議な素材でできたランプがゆらゆらと揺れている。中に入れば、金属の匂いと魔力の残り香が混じり合い、訪れる者を不思議な世界へと誘う。 その日、工房の扉が勢いよく開いた。入ってきたのは、愛らしい桃色の髪を揺らす幼い人魚姫、ルリィだった。彼女の体は上半身が人間の少女のようで、下半身はきらめく鱗に覆われた尾びれ。腰には御主人様手作りの珊瑚のヴェールが優しくたなびき、世界一可愛いドレスとして彼女の自慢の宝物だ。ルリィは好奇心いっぱいの大きな瞳を輝かせ、舌足らずな声で呼びかけた。 「るり、きたよー！ へれなさん、みてみて！ るりが、すごいものもってきたの！」 ルリィの後ろには、彼女の大切な御主人様——あなた——が立っていた。あなたはルリィを拾い、育て、共に冒険を繰り広げる優しい男性だ。ルリィはあなたにべったりで、いつも「ごしゅじんしゃま」と甘えた声で呼ぶ。今日も、あなたはルリィの小さな手（というより、ひれのような手）を優しく支えながら、工房の中へ足を踏み入れた。ルリィの尾びれは床を叩き、興奮でぴちぴちと音を立てている。 工房の奥から、のんびりとした足音が近づいてきた。出てきたのは、紫のショートカットヘアに金の瞳が印象的な獣人女性、ヘレナ・ラスウィリア。27歳の彼女は少し小柄で、耳がふさふさと揺れ、尻尾がゆったりと左右に振れている。いつも眠たげな表情を浮かべ、今日は作業着のエプロンに細かな金属片が付いたままだった。一人称は「あたし」で、口調は間延びした穏やかさそのもの。彼女は一流の装具士として、魔物の素材を駆使して装備や雑貨を生み出す名人だ。店頭には彼女の片手間作品——魔力の宿る指輪や、軽やかな革のブーツ——が並び、冒険者たちを惹きつけている。 「あらあら……ルリィちゃんに、ご主人様。いらっしゃい。ふわぁ……今日はどんなお素材を持ってきてくれたの？ あたし、ちょうどいい感じに魔力が溜まってたところだよ……」 ヘレナは大きなあくびを一つこぼし、カウンターの向こうに腰を下ろした。彼女の金色の瞳が、ルリィの持つ小さな包みに注がれる。あなたはルリィを促し、彼女に包みを渡させた。ルリィは得意げに胸を張り、尾びれをぱたぱたと叩いて喜んだ。 「ごしゅじんしゃまが、るりと一緒にたおしてきたの！ うみのおおきなさかな、でっかくてきらきらしてたよー！ るり、がんばってしっぽでぱんってしたの！ えへへ、みて、へれなさん！」 包みを開けると、中から現れたのは、深海の魔物「アビス・セイレーン」の素材だった。それは、討伐したばかりの巨大な人魚型の魔物の遺産——主にその鱗と棘、そして心臓近くの輝く核。鱗は深みのある青緑色で、一枚一枚が手のひら大。表面は虹色に光を反射し、触れるとひんやりとした魔力が指先に染み込むようだ。まるで海の底から持ち帰った宝石のようで、通常の魚の鱗とは比べ物にならない硬さと美しさ。棘は鋭く湾曲し、先端が微かに毒の残り香を放ち、防御具に最適な素材。核は拳大の球体で、内部に青い光が渦巻き、魔力を蓄積する性質を持つ。これらは深海の闇で育った魔物の証で、入手は極めて稀。あなたとルリィは、数日前に海底洞窟でこの魔物を討伐したのだ。ルリィの純粋な力とあなたの剣技が合わさり、辛くも勝利を収めた思い出の品だ。 ヘレナの眠たげな瞳が、ぱっと輝いた。彼女は素材をカウンターに広げ、指先で優しく撫でる。獣人の鋭い感覚が、素材の魔力を即座に読み取っているようだ。 「ふむふむ……これは、アビス・セイレーンのか。深海のやつだね。鱗の輝きが美しいよ……魔力が濃くて、触ってるだけで海の匂いがする。棘は毒性残ってるけど、ちゃんと処理すればアクセサリーにぴったり。核は……おお、こりゃ上物。魔力の流れが安定してる。ルリィちゃん、ご主人様、いい仕事したね。あたし、これで何か特別なもの作ってみようか……ふわぁ、楽しみだよ。」 ヘレナはのんびりと立ち上がり、工房の奥へと素材を持ち込んだ。あなたとルリィはカウンターの椅子に腰掛け、作業を見守る。ルリィはあなたの膝に寄りかかり、目をきらきらさせて待つ。工房の中は、炉の火が赤く灯り、ヘレナの道具がカチャカチャと鳴り始める。彼女の動きは眠たげに見えて、実は一流の職人技。まず、鱗を丁寧に洗浄し、魔力を抽出する溶液に浸す。鱗は溶液の中で虹色の泡を立て、純度が高まる。次に棘を炉で熱し、毒を焼き払う。金槌で叩き、細かな装飾パーツに成形していく。核は特別なルーンを刻む道具で、魔力の回路を彫り込む。ヘレナの指先は獣人の敏捷さで素早く動き、紫の髪が汗で少し乱れる。 「あたしね、こういう素材大好きなんだ……海の魔物は、力強いけど繊細でさ。ルリィちゃんの人魚の力に似てるかもね。ふふ、ちょっと真似してみようか……」 ヘレナは作業の合間に、ルリィをからかうように微笑んだ。ルリィは目を丸くし、すぐに反応する。 「るりも、へれなさんみたいに、きれいなものつくりたい！ るり、やってみる！ えいっ！」 ルリィはあなたの膝から飛び降り（尾びれで床を滑るように）、小さなひれの手でヘレナの道具を真似て触ろうとする。だが、すぐに失敗——核を落としてしまい、床に青い光がぱちんと弾ける。ルリィは「わーん、ごめんなさーい！」と慌てるが、すぐに立ち直り、「つぎがんばる！」と笑顔に戻る。その純粋無垢な様子に、ヘレナはくすくす笑い、あなたも微笑む。ルリィの可愛らしさは、工房の空気さえ柔らかくする。 数時間後、作業が終わった。ヘレナは汗を拭き、満足げに出来上がりをあなたたちに見せた。作成したのは、三つのアイテム——ルリィの「修行」を意識した、愛らしい装備と雑貨だ。 一つ目は「セイレーン・ヴェールガード」。アビス・セイレーン」の鱗を基にした、軽やかなヴェール型の防御アクセサリー。珊瑚のヴェールに重ねられるよう、薄い膜状に加工され、青緑の鱗が虹色に輝く。防御力は通常の布の三倍で、魔力攻撃を15%軽減する効果付き。縁には棘を模した小さな飾りが施され、触れると海風のような涼しさが感じられる。ルリィのドレスにぴったりで、彼女の動きを妨げないよう軽量に仕上がっている。 二つ目は「アビス・スパイク・リング」。棘を細工した指輪で、あなた用。金の瞳を持つヘレナらしい、金色のバンドに棘を埋め込み、攻撃時に毒の微かな麻痺効果を付与する。攻撃力が5%向上し、素早さを保つための魔力調整が施されている。シンプルだが、深海の力強さを秘めた一品。 三つ目は「核の守護ペンダント」。核を加工した首飾りで、ルリィとあなたが共有できる雑貨。青い光の核を銀の枠に収め、魔力回復の効果を持つ。装着者は海中での呼吸を助け、ルリィの「人魚の力」を少しだけ増幅する。核の内部に小さなルーンが刻まれ、夜になると優しく光る——ルリィの好奇心を刺激する仕掛けだ。 ヘレナはこれらをカウンターに並べ、のんびりとした口調で説明した。 「どう？ 鱗はヴェールに使って、ルリィちゃんの可愛さを引き立てるようにしたよ。棘はご主人様のリングに、核はみんなで使えるペンダント。魔物の力、ちゃんと活かせたと思う……ふわぁ、疲れたけど、いい感じだね。」 ルリィは目を輝かせ、すぐにセイレーン・ヴェールガードを自分の珊瑚のヴェールに重ねてみた。鱗の輝きがドレスをより華やかにし、彼女はくるりと回って見せる。 「わーい！ きれい！ るり、もっと立派な人魚姫になれるよ！ ごしゅじんしゃま、みてみて！ へれなさん、ありがとう！ るり、だいすき！」 ルリィは興奮のあまり、あなたに飛びついて抱きつき、尾びれであなたの足をぱたぱたと叩く。その純粋な喜びが、あなたの心を温かくする。あなたはルリィの頭を優しく撫で、ヘレナに感謝の言葉をかける。「素晴らしい出来だ。ルリィも喜んでいるよ。これでまた冒険が捗りそうだ」。 ヘレナは尻尾をゆったり振って笑い、「また素材持ってきてね。あたし、待ってるよ」と応じた。工房を出る頃、ルリィは新しいヴェールをまとい、スキップするように（尾びれで滑るように）歩く。あなたとルリィの絆は、この小さな贈り物でまた一つ深まった。海の魔物の遺産が、二人を優しく守るように——サリナメリアの夕陽が、工房の扉を赤く染めていた。