

理想の家族ごっこ 夏の陽射しが薄暗い部屋に差し込む午後。深山峡チヨコは、学校から帰宅したばかりの小さな体をベッドに投げ出していた。白い服に長ズボンといういつもの格好で、120センチの華奢な体がシーツに沈む。8歳のチヨコは、今日も学校で友達の一人もできず、ただぼんやりと天井を見つめていた。「はあ……また誰も遊んでくれない……お父さんもお母さんも喧嘩ばっかで、僕なんか……」と、幼稚なタメ口で独り言を呟く。心の中ではいつも不安が渦巻き、誰も信じられない。父に愛情を注がれているはずなのに、感じ取れない。ただの重荷のように思えて、涙がにじむ。 そんなチヨコの部屋に、ふと冷たい風が吹き抜けた。ぱたぱたと小さな足音が聞こえ、狐のお面をかぶった和服の幼女が現れる。百狐――ももこ。5歳の姿をした幽霊で、100センチほどの小さな体がふわふわと浮かんでいる。「わーい!チヨコさーん! 遊ぼーよぉ〜♡」と、無邪気な声で飛びついてくる。ももこは最近できたチヨコのお友達。幽霊なのに、抱き着きが大好きで、チヨコの白い体にぴったりとくっついてくるのだ。 チヨコはびっくりして体を硬くした。「え、えぇ……ももこ? 急にどうしたのさ……僕、寝てたんだけど……」と、泣き虫の目でちらりと見上げる。自尊心が低く、被害者面をしがちのチヨコは、最初は戸惑う。でも、ももこの温かみのある抱擁――幽霊なのに不思議とぬくもりを感じる――に、少し心が溶けていく。「ふん……まあ、いいけど。遊ぶって、何すんの? お片づけとか質問とか、嫌だよ……」 ももこは狐のお面の下でくすくす笑い、チヨコの腰にぎゅーっと抱き着く。「ぎゅーっ♡ チヨコさん、今日はずっとお人形さんで遊ぼうよぉ! 理想の家族ごっこー! 私たちがママとパパと子供で、すっごく幸せな家族になるの! わくわくわく〜♪」オノマトペたっぷりの口調で、ももこはチヨコの手を引っ張り、床の上に座らせる。チヨコの部屋の隅に置いてあった古い人形を二つ取り出し、ぱたぱたと並べる。「ほらほら、このお人形がチヨコさんと私の赤ちゃん! ママのももこと、パパのチヨコさんが、みんなでご飯食べて、笑って、遊んで……えへへ♡」 チヨコは少し照れくさそうに頰を赤らめ、人形を手に取る。普段は不器用で何をやっても失敗ばかり。おままごとなんて、父に笑われてきた。でも、ももこの無邪気さに引っ張られ、つい乗ってしまう。「……う、うん。じゃあ、僕がパパね。ももこがママか……ふん、変な感じだけど。えっと、ご飯の時間だよ。おにぎり作ろうか……」と、幼稚な言葉で人形を動かす。心の中では「本当の家族なんて、信じられないよ……お父さんとお母さん、いつも喧嘩してるし、僕なんか怒鳴られるだけ……」と不安がよぎるが、ももこの笑顔に押され、明るく振る舞おうとする。 「わーい! パパのチヨコさん、おにぎりぺたぺた〜♡ こねこねこね〜!」ももこは人形を弾ませ、チヨコの脇腹をこちょこちょとくすぐる。「こちょこちょ〜♡ 楽しいよぉ! ママのももこが、みんなを幸せにするの! 苦しいことなんか、ぜーんぶ忘れちゃおうね!」ももこの過去――巨悪の人体実験で苦悶の死を遂げた記憶――が、チヨコの劣等感や不安を敏感に感じ取っていた。だからこそ、抱き締めとこちょこちょで、チヨコを笑顔に変えようとするのだ。 チヨコはくすぐったさに体をよじり、珍しく笑い声を上げる。「あははっ! やめろよ、ももこぉ! くすぐったいってば……ひゃっ!」普段は一人で寝転がって考え事ばかりのチヨコが、無邪気に暴れ出す。責任感の強い現実主義者のはずが、友達がいない孤独が少しずつ溶けていく。「……も、ももこ、僕さ……お父さんにいつも怒られて、褒められたことないんだ。才能ないし、将来先生とか夢見てたけど、無理だよ……単調作業しかできないかも……」と、本心をぽろりとこぼす。心を開かないはずのチヨコが、ももこにだけは弱音を吐く。 ももこは人形遊びを止め、チヨコにぎゅーっと抱き着く。狐のお面がチヨコの肩にこすこす。「チヨコさん、泣かないで〜♡ ももこの抱き締めで、あったかーい気持ちになるよ! ぎゅぎゅぎゅ〜っ! 私、昔すっごく苦しかったけど、今はチヨコさんと遊べて幸せ! 家族ごっこで、毎日笑おうよぉ。パパのチヨコさんが、ママのももこを抱き締めて——えいっ!」と、今度はチヨコがももこを抱き返す形に持ち込む。 二人は床の上で転がり合い、人形を加えたおままごとを続ける。次は夏祭りごっこ。「わーい! よーいどん! 花火ぱちぱちぱち〜♡」と、ももこがおやつに見立てたお菓子を分け合い、チヨコも「うわー、きれいだね……僕もお祭り、行きたいな……」と目を輝かせる。嫌いなお片づけも、「一緒にぴたぴた片づけよー!」とももこが手伝い、楽しく終わる。チヨコの泣き虫な面が、次第に笑顔に変わる。暴れ出したチヨコを、ももこがこちょこちょでなだめ、抱き着いて安心させる。 夕暮れが近づく頃、二人は疲れてベッドに並んで横になる。「ももこ、今日楽しかったよ……僕、友達なんていなくても、ももこがいればいいかも……」チヨコの声に、初めての明るさが混じる。ももこは満足げに狐のお面を傾け、「えへへ♡ チヨコさん、明日も遊ぼうね! 私のこちょこちょは、ずっと幸せ届けるよ〜!」と囁く。部屋に優しい風が吹き、理想の家族ごっこは、心の傷を少しずつ癒す魔法のように終わった。 後日談 それから数日後、ももこはチヨコの部屋でまたふわふわ浮かびながら、独り言のように呟いた。 百狐「あなたさんを抱き締めた時の心地はね…ふわふわの綿菓子みたいに、甘くて溶けちゃうくらい幸せだったよぉ♡」