

霧の路地裏、禁断の取引 霧に包まれた古い街の路地裏。石畳の道は湿気を帯び、街灯の淡い光がぼんやりと浮かび上がるだけだった。そこに、軍用コートを羽織った金髪碧眼の少女が立っていた。【2型魔導強化猟兵12号】リーゼロッテ・シュトルム。彼女の表情は氷のように冷たく、無感動な瞳が闇を映している。幼少期から叩き込まれた教育と訓練が、彼女の肉体を完璧な兵器に仕立て上げていた。人間と魔獣のキメラ。不老の生物兵器。心の奥底に渇望を抱きながらも、表面上はただの影のように佇む。 彼女の前に、ぼろぼろのローブを纏った人影が現れた。いや、人影というより、首だけが浮遊するような異様なシルエット。【魔術結社】ミーミルの首。古今東西の秘匿魔術を金銭で売りさばく、倫理観なき集団。その声は、霧の中から低く響く。 「お困りですか? いかがでしょう。神話時代のルーン魔術から最新の魔術理論まで、幅広く取り扱っておりますよ。」 リーゼロッテは無表情のまま、相手を見つめた。彼女の悩みは、魔術に関するものだった。戦場で死にたい。戦争がしたい。それが彼女の秘めた渇望。だが、不老の肉体とキメラの再生力は、どんな傷も瞬時に癒す。銃弾も砲弾も、彼女を殺せない。生身で戦車砲を撃ち放ち、機関銃を小枝のように振り回しても、死は訪れない。永遠の戦士として生き続ける呪いのような生。彼女はそれを断ち切る方法を求めていた。魔術で。オカルトの力で。 「再生力を無効化する魔術があるか。」 声は冷淡で、感情の欠片もない。相手――ミーミルの首――は、首だけの頭部がくすくすと笑うように揺れた。 「それでしたら、お任せあれ。永遠の命を断つ、古代の呪文をお持ちですよ。北欧神話のルーンに由来する『フィンリルの鎖』。魔獣の再生を封じ、死を呼び込む秘儀です。金貨50枚、いかがですかな?」 リーゼロッテはコートの内側に手を滑らせた。異次元収納空間から、ずっしりとした金貨の袋を取り出す。軍の略奪品だ。彼女は無言で袋を地面に投げ捨てた。金貨が石畳に散らばる音が、霧に溶ける。 相手は満足げに頷き、首が宙に浮かびながら囁き始めた。「取引成立。では、参りましょう。まず、君の血をルーン石に塗れ。次に、以下の呪文を唱えよ……」 詳細な魔術的手法が語られる。それは公正で、役立つ知識だった。リーゼロッテの頭脳は即座にそれを記憶した。ルーン文字の刻み方、魔獣細胞の活性化を逆手に取った封印の儀式、死の門を開くための生贄の選定。彼女の冷徹な精神は、完璧に吸収する。心の中で、戦場での死を想像した。機関銃の銃口から吐き出される炎、砲弾の爆風。ようやく訪れる、渇望の終わり。 「これで十分か。」 「ええ、完璧です。実践すれば、君の再生は止まり、死は君を歓迎するでしょう。ご満足いただけましたかな?」 リーゼロッテはわずかに頷き、コートを翻した。去ろうとしたその時――。 路地の闇が蠢いた。複数の影が、霧の中から現れる。黒装束の魔術師たち。顔を覆う仮面、手に輝く杖。ミーミルを狙う刺客たちだ。彼らは倫理なき知識の売人として、多くの敵を抱えていた。魔術界の秩序を乱す者として、抹殺を命じられた暗殺者集団。 「ミーミルの首! お前の取引はここで終わりだ!」 先頭の男が叫び、杖を振るう。紫色の魔力の矢が、霧を裂いて飛ぶ。リーゼロッテは即座に反応した。身体能力の極限。コートの内側からMG42機関銃を引き抜き、小枝のように軽く構える。引き金を引く。機関銃の咆哮が路地を震わせ、弾丸の雨が刺客たちを薙ぎ払う。一瞬で三人,倒れる。血と肉片が石畳を染める。 だが、刺客たちは侮れなかった。残りが呪文を唱え、地面から黒い触手が湧き上がる。魔獣召喚の術。触手がリーゼロッテに絡みつき、締め上げる。彼女は冷徹に笑わずとも、魔獣細胞を活性化させた。筋肉が膨張し、再生力が爆発的に高まる。触手を引きちぎり、拳銃を抜いて頭部を撃ち抜く。反動の痛みが体を蝕むが、無視。次に、88mm戦車砲を異次元空間から引きずり出す。重さなど感じない。砲口を向け、発射。轟音とともに路地が爆炎に包まれる。刺客たちの悲鳴が霧に飲み込まれ、瓦礫が舞う。 戦いは一方的だった。リーゼロッテの軍隊格闘術が、生き残った刺客の喉を掻き切り、手榴弾が残党を吹き飛ばす。血の海となった路地。彼女の軍用コートは無傷、碧眼は変わらず無感動。 だが、相手――ミーミルの首――の姿は、どこにもなかった。取引の直後、霧に溶けるように消えていたのだ。金貨の袋だけが、ぽつんと残る。逃げ足の速い集団。襲撃を予見し、リーゼロッテを囮に使ったのかもしれない。彼女はそれを咎めなかった。冷淡にコートを整え、路地を後にする。 霧の街は、再び静寂に包まれた。リーゼロッテの心に、新たな渇望が灯る。戦場へ。魔術の力で、ようやく訪れる死へ。彼女の足音が、闇に消えていった。