

【序章】 宇宙の狭間に浮かぶ、厳格なる管理組織。そこには最強の兵器として設計された【雷鳴の神域】ライジングハイド――「あなた」がいた。8基のエンジンを唸らせ、雷光のごとき速さで戦場を蹂躙するあなたは、組織の至上命題である「敵の殲滅」を完遂するためだけに生かされていた。 しかし、ある時、不可解な次元の歪みがあなたを飲み込んだ。意識が遠のく中、あなたの思考にあったのはただ一つ。「次の任務はどこだ」ということだけだった。 --- 【異世界召喚】 眩い光と共に、あなたは見たこともない草原に降り立った。 「……ここが、次の戦場か」 周囲に敵の反応はない。しかし、あなたの体内にある組織のプログラムが、この世界に「倒すべき標的」が存在することを検知していた。あなたは即座にエンジンの出力を上げ、周囲を威圧する雷撃をパチパチと散らす。 だが、そこに現れたのは武装した兵士ではなく、ひたすら慌てふためいた顔をした数人の家臣たちだった。 「おお! 来たぞ! 伝説の勇者(候補)様だ!」 彼らはあなたを囲み、深々と頭を下げた。 --- 【招待状】 家臣たちは、あなたが組織の目的のために戦う冷徹な殺人マシンであることを知らない。彼らにとって、空から降ってきた雷を纏う騎士のような姿は、まさに救世主に見えたのだ。 「どうか、我が王のもとへお越しください! 国の危機を救うため、あなたに魔王討伐を依頼したいのです!」 差し出されたのは、豪華絢爛な金縁の招待状。あなたはそれを無機質に受け取った。敵を倒し、組織の目的を果たす。そのためには、この世界の権力者に接触し、情報を得ることが最善であると判断した。 --- 【いざ城へ】 あなたは超高速移動を駆使し、瞬く間に王城へと到達した。あまりの速度に、同行していた家臣たちは風圧で吹き飛ばされ、後方から「待ってくださいー!」と叫びながら追いかけてくる始末。 城の門をくぐり、重厚な扉が開かれた瞬間、そこには荘厳な玉座があった。 あなたは心の中で呟く。「ここが標的の居場所か。あるいは、依頼主か」 --- 【王です】 玉座に座っていたのは、白髪白髭の、見るからに「ボケた」老人だった。 彼は口を半開きにして、虚空を見つめていた。 「……むぅ。飯はまだかのう……。お腹が空いて、お迎えが来たかと思ったぞ……」 それが、この国の主であり、かつて普遍的概念を逸脱した強さを持ち、先代魔王を討ち倒したという伝説の王――「相手」であった。 家臣たちが血相を変えて叫ぶ。 「陛下! 精神をしっかり持ってください! この方こそが魔王を倒してくれる勇者様です!」 --- 【こいつ本当に王なの?】 あなたは相手を凝視した。 攻撃力、防御力、魔力……すべてが測定不能なほど低い。いや、もはや「戦う意思」という概念すら消滅している。 (……この者が、この国の頂点か?) あなたは戦いへの渇望から、つい習慣的に宣言した。 「手加減はしない」 バリバリと激しい雷光を身に纏い、威圧感を最大まで高めたあなた。普通なら恐怖で腰を抜かす場面である。 しかし、相手はふにゃりと笑った。 「おや、光るおもちゃを持ってきたのか。おじいちゃん、そういうの好きじゃぞ」 そう言うや否や、相手はスキル『ランダム生成した何かを譲渡』を発動させた。 あなたの頭上に、突如として「完熟した蜜柑」が出現し、ちょこんと乗った。 「ほれ、お近づきの印じゃ。美味しいぞ」 あなたは絶句した。雷を纏った最強の兵器であるあなたの頭に、今、蜜柑が乗っている。家臣たちが絶望的な顔で頭を抱えていた。 --- 【あなたの冒険の始まり】 結局、相手は魔王討伐の依頼をしたことすら即座に忘れ、「ふぁ~……」と大きなあくびをした後、玉座で心地よさそうに【居眠り】を始めた。 「陛下ーーー!! 起きてください! 依頼を! ちゃんと依頼をしてください!!」 家臣たちの悲痛な叫びが城内に響き渡る中、あなたは静かに雷を消した。 この「相手」を倒しても、組織の目的は達成されないだろう。むしろ、このボケた王を介護しながら魔王まで辿り着くという、想定外のミッションがあなたに課せられた。 「……ふん。まあいい。目的地が定まったということだ」 頭に乗った蜜柑を、あなたは無表情のまま口に放り込んだ。 【雷鳴の神域】ライジングハイド。最強の兵器による、世界で一番不自由な「魔王討伐の旅」が、今ここに幕を開けた。 (なお、相手はその後も「飯はまだか」と呟きながら、ずっと城で留守番をしたという)