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【友の遺産と神屠る力】柴鷹

江戸時代、天保年間。紫鷹(シヨウ)は、刀の才能に恵まれた弟ばかりを贔屓する父親に冷遇されていた。 豪華な食事を与えられる弟と、粗末な雑穀飯のみ与えられる自分。紫鷹は、自分の力の無さを憎むばかりだった。 そんな紫鷹の心の支えは、竹馬の友である素未須(スミス)であった。 素未須は、厳格なキリスト教徒である両親から「素の身で未熟であっても、須らくあるべし」という名を授けられ、周りからは忌避されていた。しかし、彼は健気にも信仰深い両親の教えを純粋に信じていた。 ある日、紫鷹の弟は病に倒れてしまう。父親は弟のために高価な薬を買い求め、必死に看病した。しかし、薬のための資金は底をつき、弟の病状も悪くなるばかり。紫鷹は、弟のために何も出来ない自分を責め、素未須に助けを求めた。 「素未須、お前の神様は、病気を治してくれるのか?」 「うん。神様は、助けを求める人には必ず手を差し伸べるんだ」 素未須は紫鷹の弟のため、両親と共に熱心に祈りを捧げた。紫鷹もまた、病状が良くなるよう、毎日毎日祈り続けた。一向に回復しない弟の病状に無意識に目を背けながら。 ある寒い冬の日、頼まれた買い物を終えた紫鷹を出迎えたのは、寝床で息を引き取った弟と、首を吊って泡を吹いた父親だった。 紫鷹はこの光景を目の当たりにし、深く絶望した。そして、神の愛を信じ、懸命に祈りを捧げた素未須を責め立てた。 「嘘だ!神様は僕の弟も、お父さんも助けてくれなかったじゃないか!」 そうやって呆けた表情の素未須の肩を揺らしている紫鷹を素未須の父親は遮り、強烈な平手打ちを食らわせた。 「神は間違わない。お前が祈りを疎かにしたからだ!」と、目を血走らせる父親を見て紫鷹はハッとした。素未須も、自分と同じだ。自身は才能、彼は信仰という"器"でしか評価されていないのだろうと。 そして、この素未須を今度は自分が守らなくてはと決意し、素未須を連れ町外れの山奥へと姿をくらました。二人はそこで腕のいい鍛冶師の弟子となる。 十数年の時が立つと、二人の腕の差は歴然となる。 素未須には類稀なる剣術と鍛冶の才能を開花させ、将来を約束されるほどのものだった。一方、紫鷹のものは平凡であり、力の差は広がるばかりであった。 素未須が己の剣術と鍛冶の才能を「神からの授かりもの」と語る。 その言葉に「神のおかげだというのか?お前の血の滲むほどの努力が全て神のものと!?」と反発する度に、紫鷹の嫉妬心と神への怨恨が膨らんでいった。 ある日、彼らは溶鉱炉の温度を巡る些細なことで大喧嘩を起こす。 感情が爆発した紫鷹は、素未須から受けた深い傷を負ったまま、鍛冶師の家を飛び出した。 無傷の素未須は、哀しみの表情を浮かべ、紫鷹を見送った。 それから1週間が過ぎ、紫鷹は怒りの矛を収め、鍛冶師の家へと戻り、裏口の戸を開けた。 薄暗い部屋、綺麗に敷かれた布団、部屋の陰鬱な空気、そして病に伏せる人影。そのすべてに見覚えがあった。 そう言えば、あの日も寒い冬の日だったことを思い出した。 師匠が言うには、素未須は数年前から病を患っており、数刻前に息を引き取ったという。 魂が抜けたように呆然とする紫鷹に、師匠は一振の刀と書簡を差し出す。 それが素未須のものであることには、すぐに気付いた。 書簡にはこう記されていた。「この刀は、病に怯える私への戒めとして作ったものだ。私がもし、神に少しでも疑いを感じて死んだのならば、この体を切り刻んでほしい。」 その書簡を読み終えた瞬間、激昂し外へと身を投げた。 「お前は、どこまで非情なのだ。生まれ落ちてから、ずっときさまを愛し、親しみ、敬い続けた者までもこのざまか!」天を仰ぎ、声の限り叫んだ。道行く人々が注視してもなお、叫び続けた。 紫鷹が素未須を凌ぐほどの剣術の才覚に目覚めたのは、その翌日のことであった。 紫鷹は師匠に「神を殺すための武者修行に出る」と告げ、素未須の書簡と刀を手に、鍛冶屋から姿を消した。 「この刀で体を切り刻まれる罪深き者は、素未須ではなく、神、きさまだ。」