森の奥にその小屋はあった。 小屋の主は兎耳の女。かつては火付けの名手と称され、とある悪狸を成敗した彼女は穏やかな日々を過ごしている。 その日に採れた食材で作るスープの匂いが小屋の外へと漏れ、それは森を彷徨う者達を導く陸の灯台とも言える。 彼女はこうして毎日スープを作っては、迷い込んできた者たちを温かく出迎えて彼らから冒険話を聞く事を楽しみにしていた。 今宵も客人が訪れたようで、兎耳の女の足音は自然と嬉しさに弾む。 今宵はどんな人が来るのだろうか。 まだ見ぬ人? それともあの傷だらけの兎? 或いは可愛らしい花嫁の少女? 将又嵐の魔法使い? もしや黒龍と黒髪の少女? それとも、それとも…… 何であれ出会いは笑顔で。 声は優しく、かと言って過度な猫なで声ではいけない。 息を整える。 本当、この時間というのは緊張する。 深呼吸をして、扉を開く。 「よぉ、クソ兎」 女にかけられたガラの悪い声。 扉の前に立っていたのは凶悪な見た目の狸で、彼の事を彼女は知っていた。 「あ、あんた────ッ!?」 目をひん剥いて驚く女へ、狸は手にしていた杵を振り下ろした。 …… ………… 嫌な音が森に響く。 肉と骨を強引に潰す音が響いている。 小屋の中は惨憺たる光景だ。 狂気に満ちた笑い声を上げる狸が力一杯に振り上げる杵。それが床に倒れる兎耳の女へ、何度も振り下ろされる。 肉が弾けて、骨が割れ、血が飛び散る。 執拗な狸からの攻撃に女は身体を動かす余力すら無い。 「ケヒャッ……ヒャハァッ! 簡単には殺さねぇ、たっぷりと嬲ってやるから、耐えろよ」 息を切らしながら狸は杵を振り下ろす。 身体の感覚も無くなり、女はされるがままの状態。だが不思議と彼女は自分を殺そうとする狸へ、怒りを感じていない。 薄れる視界の中で彼女が思うのは後悔。 あの時、確かに自分は正しい事をしたと思いっていたが間違いだった。今の彼は完全に復讐が呼び寄せた狂気に飲み込まれている。 そう思うと、途端に彼が可哀想に思えて仕方がない。 「死んでねぇよな? もう少し良い啼き声を俺の耳に聞かせてくれよ。おい、何か言えよ」 「……アンタを狂わせて、悪かったね……」 出てきたのは謝罪の言葉。 正しい行為をしたばかりに、こうして彼が復讐に苛まれてしまった事への謝罪。 あ然とする狸の後ろに女は無数の悪意が隠れているのを目にする。 ああ……そうか。アンタ等が更に狂わせたんだね……酷いことをする奴らだ。 「……ッ……ああッ!! その瞳で俺を見てんじゃねぇぞッ!!」 怒りに叫ぶ狸が振り下ろした渾身の一撃が女の意識を──命ごと奪い去った。 「……殺すなと私は言ったのだがね」 荒く呼吸をする狸の後ろから白衣の老人がぬっと姿を出す。 「黙れ、耄碌野郎」 復讐を果たしたのに、何故か晴れやかな気持ちにならない狸。むしろ苛立ちはより増しており、老人を殺したい衝動にすら駆られそうだった。 「おや、帰るのかい」 老人の言葉に狸は返さず立ち去る。 身体の中に広がる感情が理解できず、復讐を果たしたという達成感も得られず狸は夜の闇へと溶け込んでいった。 「……何だこれはハンバーグでも作っていたのか?」 空間から現れたエメラルドの大魔法使いは、目玉をギョロギョロと動かして女の死体を見下ろす。 「本来の想定とはズレたが、再利用の余地はありそうだ」 「……この女の力は是非とも利用したい。私が記憶を抽出する、その記憶を保管する箱を作成できるかドクター?」 「構わんよ、さあ始めようか」 ※以下は勝利時(或いは戦闘が面倒な場合)のみスクロールしてください。 燃える小屋の中、あなたはサイボーグへ遂にトドメをさした。 機械の部品をばら撒き、倒れる女。もう機械の身体も動くことはできないだろう。 しかし、あの傷だらけの兎が嘘を言ったのだろうか。彼の話からするにこの小屋にはスープを作っている兎耳の女性が居るはずだ。 何かあったのか。 足元を悪意が小虫のように這い回る感覚になったあなたは、ようやくサイボーグの外見に気付いた。 兎の耳、身体の各所には生物としての残滓が残っている。 もしや、このサイボーグが彼女なのか。 「……ごめんねぇ迷惑をかけて……」 サイボーグ……いや兎の女が最期の言葉を残して停止する。 何があったかは不明だが、少なくとも悪しき者共の跳梁があったのは確かだ。 こんな事をするやつらを放って置くわけにもいかない。何とかして、奴らの形跡を辿る事が出来ないだろうか。 必死に考えを巡らすあなたは気づく。 停止したサイボーグの頭部から外れている機械の小箱。もし、これが何らかの記憶を保管しているモノなら、手がかりを掴めるかもしれない。 あなたは機械の小箱を手に取り、兎の女がこれまでに出会ってきた相手とのバトル記憶(ログ)を見ることにした。