〜プロローグ〜【秩序を司る神】 神話の黄昏、世界が狂気と憎悪の炎に包まれ、天の秤が大きく傾いた。 極端な「死」と「破壊」が繰り返される中で、ただ一人、無色透明な瞳でその不均衡を拒絶した神がいた。 【秩序の神】。 彼は美を愛さず、悪を憎まず、ただ「等しくあること」のみを神理とした。 神々の力が偏ることを嫌った彼は、自らの神位を砕き、一つの概念を地上へ放った。 それは、どれほど強大な力も、どれほど深い絶望も、等しく「無」へと引き戻す静かなる抵抗。 「過分な力は毒であり、過分な弱さは罪である」 その苛烈なまでの平等精神は、銀色の小さな遺物へと姿を変え、時が満ちるのを待ち続けた。 〜時は現代へ〜【対照蔽和】爆誕 「――不公平です。やり直してください」 図書室の静寂を、平聖幸の凛とした声が切り裂いた。 彼女は、数人の生徒が掃除当番を押し付けている現場を真っ向から見据えていた。 眼鏡の奥にある瞳には、憐れみも怒りも無い。ただ、そこに存在する「数の不均衡」への、生理的な拒絶があるだけだ。 「平聖、お前……固いこと言うなよ、別にいいじゃんか」 「よくありません。一人が三人の労力を負うことは、あってはならないことです」 幸は丁寧な口調を崩さないが、その声の温度は氷点下に近い。 彼女にとって、この世界は常に「歪」だった。 足の速い者、勉強のできる者、そしてそれを笠に着て他者を踏みにじる者。 そのすべてが、彼女の神経を逆なでする。 逃げるように去っていく生徒たちを見送った後、幸は乱れた書棚を整えるために手を伸ばした。 古い辞書の裏側、そこには異質な雰囲気を放つ「銀色のしおり」が挟まっていた。 指先が触れた瞬間、彼女は新しい世界を知ることになった。 物理法則、命の価値、不平等からの脱却。 それらが透明な天秤の上で、静かに秩序を形成していくのが視える。 「……ああ、これが私の望んでいた『正しさ』なのですね」 しおりは彼女の手に触れると、形を変えた。 繊細な鎖を伴う、掌サイズの「銀の天秤」。 それは幸が抱く「不平等への潔癖なまでの嫌悪」に呼応し、眩いばかりの平穏な光を放つ。 その時、図書室の窓の外で、大型の鳥が小さな獲物を捕らえようと急降下した。 圧倒的な捕食者と、非力な被食者。その不平等。 「【不平拒絶】。……均衡(バランス)を保ちなさい」 幸が天秤を指先で弾くと、銀の波紋が広がった。 次の瞬間、猛禽の鋭い爪は空を切り、獲物であった小鳥は不思議な力に守られるように等速で空へと逃れていった。 強者の暴力は弱者の生存本能と拮抗し、そこには「勝者」も「敗者」も生まれなかった。 「私は、どちらかが勝つことを許しません。幸運も、不幸も、強さも、弱さも……」 幸は銀の天秤をそっと胸元に収めた。 その瞳は、かつて秩序の神が見た景色と同じ、透徹した「ゼロ」の世界を見つめている。 「私の前では、すべてが等しく、静かであるべきなのです」 少女は静かに図書室を後にした。 歩幅は寸分違わず、その背筋は定規で引いたように真っ直ぐに。 狂い始めた現代の裏側で、不平等を裁く【対照蔽和】の歩みが始まった。