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【新月の勇者】サン・ルルス

「サン、お願い。」 「私を、殺して。」 精一杯の歪んだ笑顔で、 大粒の涙を流しながら、彼女は言う。 嫌だ、と。 彼は口に出せなかった。 彼女が生き続ければ、その果ては 死よりも悍ましい結果になると 知っていたから。 分かった、と。 彼は口に出せなかった。 彼女を死なせたくはなかったから。 例え悍ましくとも、 生きていてほしいと 思ってしまったから。 口からこぼれた言葉は。 「大丈夫だよ、ネル。  心配しないで。  勇者様が助けてくれる…」 「知ってるでしょ?  勇者様は計画に反対してるんだ。  だからあいつら、  最近イラついてる。」 勇者の助けを待つ、なんて。 人任せで、無力なものだった。 何人も殺した。 何人も何人も殺した。 殺して、殺されかけて、 研究されて、調整されて。 優秀だと、選ばれた二人。 つまり、他人を蹴落として 生きながらえてきた二人。 サンは新月の。 ネルは満月の力を 与えられることに決まった。 満月の持つ魔力は有名だ。 それは人を狂わせる。 それを用いた満月の勇者の コンセプトとは、 敵に対する精神汚染。 敵を狂わせ、互いに殺し合いをさせる。 さて問題です。 この強大な力を人の身に詰め込んだら どうなるだろうか? 答えは簡単。 こんなものを入れて、 正気を保てるはずがない。 器となったものの精神は狂い、 廃人となるか__ 新しいモノへと再構成される。 それだけはダメだ。 それだけは… あれからしばらくが経って。 彼は得たばかりの新月の力を使い、 どうにか研究所を抜け出した。 そして、 走って走って、王宮に駆け込んで… 勇者を、グレコを見つけた。 「勇者様!  ネルを、助けて下さい!」 サンの顔を覚えてくれていたのかは 分からないが、勇者はすぐに どの件の話であるか察したようだった。 「俺もそのように進めている。  しかし、裁判を  拒否され続けているのだ。」 生真面目め。 どうでもいいだろ、そんなことは。 サンはそう思いながら、叫んだ。 「んな悠長にしてる時間はない!  あいつが満月にされるまで、  もうあと一週間もないんだ!」   「…! それは本当か?」 「いいえ、  真っ赤な嘘でございます、勇者様。」 間に割って入ったのは、宰相だった。 「ここ最近、勇者様はこの件に対し  活発的だったでしょう?  それに加え、新月の脱走が発生した。  研究所の方も焦ったのでしょうな。  予定を前倒しして、  満月を完成させたとの連絡が、  先程届きました。」 それは、最悪の報せだった。 二人は間に合わなかった。 勇者が法を無視し、 力での解決に踏み切っていたのなら、 あるいは。 サンが勇者を頼らず、 研究所の破壊を試していたのなら、 あるいは。 仮定はもはや無意味だ。 「…夢か。」 机から身を起こし、サンは目覚める。 本を開き、読み始めたはいいものの、 いつの間にか眠っていたらしい。 部屋の窓から朝日が差し込んでいる。 窓から見える城下町。 これらは既に、 満月の勇者の支配下に入っている。 気づいていないのはあの勇者だけだ。 能力で劣る月の勇者が、 なぜ強大な勇者と 同等の地位につけたのか。 あの勇者の後押しもあるが、 1番はネルの洗脳によるものだった。 狂わせるのが力? 公式的にはそう表明されているが、 そんな生易しいものではない。 あれは人の精神を捻じ曲げ、 好きな形へと変える。 国家転覆は、とうに為されている。 かつての自分なら、満月の勇者を… 彼女の残滓を止めようとしただろうか? …もはやどうでもいいことだ。 彼は再び、 つまらない本を読む作業に戻った。