魔法が主流となったその国で、名家・湊家の長女として生まれたのが、湊 結芽である。 彼女は、生まれた瞬間から期待を背負わされていた。 代々優秀な魔導士を輩出してきた家系。 家の者たちは口を揃えて言った。 「きっと、この子は歴代最高の才を持つ」 だが―― 幼い結芽の手からは、ついに一度も魔法の光は溢れなかった。 魔法理論の理解は人一倍早かった。詠唱の暗記も完璧だった。けれど、肝心の魔力が形にならない。魔法陣は淡く霞み、術式は途中で霧散する。 やがて期待は、失望へと変わった。 「期待はずれだな」 「湊家の長女がこれとは……」 優しい言葉は消え、冷たい視線だけが残った。 そして追い打ちをかけるように生まれた次女は、まるで才能の塊だった。 幼少の頃から高度な魔法を成功させ、周囲を驚かせた。 人々の称賛は次女へ。 溜息は結芽へ。 次女は姉を見捨てたわけではない。 ただ、寄り添うことができなかったのだ。 優しさを向ければ、それは「勝者の同情」になる。 黙っていれば、「冷たい妹」になる。 どうすればよいのか分からぬまま、姉妹の距離は静かに離れていった。 やがて結芽は、魔法学園へと入学する。 名家の長女という肩書きだけが先行し、学園内でも彼女は注目された。 だが結果は同じだった。 術式は完成しない。 魔法は発動しない。 順位は、常に低い位置。 陰で囁かれる声。 「名家の出来損ない」 「ただの飾り」 それでも彼女は微笑みを崩さなかった。 水色の浴衣を整え、丁寧な敬語で答える。 「わたくしなど、まだまだ未熟者ですので」 そして彼女は図書室へと居場所を移した。 分厚い魔導書を読み漁る日々。 朝も昼も夜も、本、本、本。 誰もいない書架の奥で、彼女はある一冊と出会う。 『夢の本』。 それは禁書とも呼ばれぬ、ただ古びた一冊だった。 だがページをめくった瞬間、彼女の中で何かが弾けた。 夢――それは魔力とは別の層に存在する力。 精神と無意識を媒介とする、深淵の術。 二年生の春。 その日を境に、結芽の才能は開花した。 彼女は気づいた。 自分が触れられるのは、現実ではない。 夢だ、と。 他人の眠りに干渉し、感情を揺らし、記憶を書き換える。 理解を深めるにつれ、ある結論に辿り着く。 夢を壊せば、心が壊れる。 心が壊れれば、命もまた、容易く消える。 それは恐るべき力だった。 だが彼女は、報復に使おうとは思わなかった。 家族へも。 学園の者たちへも。 代わりに彼女が選んだのは、実験だった。 世に害をなす犯罪者たち。 罪を悔いぬ者たち。 彼らの夢に入り込み、恐怖を植え付け、後悔を無限に反芻させる。 精神を削り、二度と悪意を抱けぬようにする。 それは正義か、狂気か。 学園の誰も、彼女が魔法を使う姿を見たことはない。 だから彼女の順位は低いまま。 「魔法が使えない先輩」 そう囁かれながら、今日も彼女は図書室で本を読む。 穏やかな微笑み。 柔らかな物腰。 だが夜になると、彼女は静かに夢へ潜る。 罵られ、見捨てられ、期待を裏切った少女は―― 現実ではなく、夢の中でだけ、絶対の支配者となった。 そして彼女は今も問い続けている。 これは救いなのか。 それとも―― わたくしは、とうに壊れているのでしょうか。 【罵られ見捨てる者】