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グレーテルからのお礼のお手紙

 認めない。  認めないもん。  甘いお菓子こそが、全てなんだもん。  なのに────  なのに────  なのに、どうして────みんな、わかってくれないのッ!  飛び交うは、色鮮やかな魔法とカラフルで毒々しいジェリービーンズの飛翔。  鳴り響くは、鍛え上げられた鉄の武器と虹色に染め上げられた飴の剣戟。  大量のお菓子が舞い踊り、周囲の空間に噎せ返りそうな程の甘い匂いが立ち込める。  グミの熊がポヨンポヨンと身体を揺らし、両手を挙げて可愛くアピール。弾力性の高いボディは、刀剣類はおろか鈍器や魔法の類を弾き返すも当の熊は腹太鼓を鳴らして(まるで祭囃子が如く)周囲を賑やかな音で包むだけ。  一方、空を華やかに舞うチョコの天使は香り高いカカオのフレーバーを撒き散らす。驚異的なヒーリングとリラックス効果のあるそれは、周囲のお菓子の魔物達を回復させて粘り強い長期戦を展開させていた。  尤も、その回復効果がエラとあなた達協力者に及んでいるので全く意味をなしていない。  何処か緊張感のない戦場であるが、世界がお菓子で埋め尽くされるか否かの瀬戸際の戦闘であることを忘れてはならない。  お菓子の大魔女グレーテルの背後に積まれた大量のお菓子からは邪悪なるエメラルドの光が依然として輝いて、彼女の魔力をどんどんと高めている。  サッと手を振るグレーテルが出す菓子光線。チョコレートやクッキー、ビスケットなどが紫色の光と共に放たれる様は幻想的で非常に愉快であるが、直撃すれば単なる怪我では済まされない。  協力者の一人が素早くクロスボウを取り出すと巧みな技量でお菓子を次々と撃ち落としていく。その隣で、白い魔女衣装を身に纏う金髪の少女がクロスボウから放つ、魔力矢の大爆発でお菓子の塊を弾け飛ばす。  その背後では金髪の女がうろ覚えな歌詞に乗せた歌唱魔法を狂ったように唱えながら、魔法のギターを激しくかき鳴らしている。 「うるさーーい! 喧しいのは嫌いなのッ!」大げさに耳を塞ぎながらグレーテルは喧しい声で文句を言う。 「うるさいのはそっちの方だッ! このハロウィン馬鹿騒ぎ騒音女ッ!」灰色の傘を(ぶんぶんと)振り回すエラも大声で応対する。 「なんだとーッ! この煙草モクモク野郎ーッ!」     外見だけ大人なグレーテルはその幼い内面に似つかわしい言葉で騒ぐ。  世界の命運を賭けた戦闘だが、まるで子供の微笑ましい小競り合いにあなたは少し気が緩んでしまう。  だが、いつまでも親目線で見ている訳にもいかない。今は何とか拮抗してはいるがエメラルドの輝きでグレーテルの魔力が向上していけば、戦況をひっくり返される可能性も考えられる。  何とか突破口を開かなければならないが、グレーテルの魔法もさることながらハリボンとチョコリエルの存在が問題だ。二匹とも真面目な戦闘こそしていないが、驚異的な耐久性と回復力のコンビネーションは厄介の一言に尽きる。  まずは、この二匹を崩す必要がある。  それも一息で、だ。  必要なのは速さ、そして瞬間的な火力。  あなたは数名の協力者に合図を送り、勢いよく駆け出す。  動きの変化を察したグレーテルが繰り出す透明な麩菓子の弾幕を潜り抜け────まずは熊のハリボンから仕留めにいく。凄まじい速度で駆ける獣化の少年がハリボンの注意を惹くと、隙を晒した(ポヨポヨの)体へ鋭いレイピアの連撃が嵐の如く叩き込まれる。  怯んだハリボンの背後へ更に二人の女性の拳とナイフの怒涛のラッシュ!    ダメ押しとばかりにケモミミのパーカーを着た少女が拳銃を続けざまに撃ち、圧倒的な攻撃の連続がハリボンをグレーテルから引き剥がす事に成功。  事態の急変に気付いたチョコリエルが素早く近寄るも、その前を二人の男が立ちはだかる。  片方は鋭い洞察力から育まれた話術で以って煙草を燻らしながら、チョコリエルの感情を揺さぶる言葉で動きを封じる。  もう一人はピシッとスーツを着こなしたエリート風の男で、彼は名刺を差し出しながら小難しいビジネス用語の嵐でチョコリエルを困惑させる。  そこへたどたどしくも何とか詠唱を終えた(一部間違っているが……)華奢な少女が空から流星ではなく────雨の様にお菓子を降らせて足止めに徹している。 「ハリボン、チョコリエルッ!? ちょ、ちょっとぉ! 頑張りなさいよッ!!」  拮抗から一瞬で戦況を傾けられたグレーテルは目を白黒させながら拳を振り上げて抗議するも、ハリボンもチョコリエルも共に釘づけにされてそれどころじゃない。 「ぐぬぬぬぬ……こーなったら────お兄ちゃん最後の最後の大進撃だよッ!」  ひょいとグレーテルはヘンゼルの肩へ飛び上がる。大地を揺らす唸り声を出し、クッキーゴーレムのヘンゼルが巨木の如き腕を振り回して突撃。  その様子から彼女が余裕を失っているのは確かで、ヘンゼルのなりふり構わない突撃と腕の振り回しが周囲の木箱を破壊してお菓子が大量に弾け飛ぶ。 「ハッ! どうやら、自暴自棄になっちまったようだ! 決めるのなら、今がチャンスだアンタ!」灰魔法と傘でお菓子の魔物をなぎ倒しつつ、エラが一層声を上げて発破をかけてくる。  その刹那──飛び出した人狼の少女が、ヘンゼルの周囲を楽し気に走り回り注意を惹く。目まぐるしく動く黒髪の少女に混乱するヘンゼル、そしてグレーテルの方も目の前の少女ばかりに注視している。  意を決し、いざ最後の一撃。  駆け出すあなたへ、愛を象徴に持つ魔女と妖精からの援護が宿る。 「がおがおー! 今だよー!」ヘンゼルの周囲を走り回っていた少女が合図を出す。  さあ、決めろ!  これで、終わりだ!  甘く夢見る大魔女を、少しばかり目を覚ましてやれ!  駆け、飛び、振りかざす。  思いもよらない攻撃に目を丸くするグレーテル。 「ふぇ?」 “ごめんね。ちょっと痛くなるよ”  あなたの力強くも優しき一撃がグレーテルを捉えた。 「うわああぁああぁあああァッ!?」  素っ頓狂な声を上げ、ヘンゼルから落ちたグレーテルはそのまま(ゴロゴロッと)回転草もかくやの挙動で山積みにされたお菓子へ激突。  その衝撃でグレーテルの体内に溜まっていた魔力が暴発したのか、耳を塞ぎたくなる程の爆音と爆発が巻き起こり、周囲へお菓子が飛び散った。  さながらお菓子のミサイルが撃ち込まれたかの様に甘い匂いが充満し、砕けたお菓子の破片が降り注ぐ。 「わーい! みんな甘いよ楽しいね!」黒髪の少女が全身をお菓子でべとべとにさせながら楽しそうに喜ぶと、手にしたジャック・オ・ランタン型の容器へお菓子を入れている。  他の協力者たちも一様にお菓子塗れになっており、純粋に喜んでいる者や困惑している者、うんざりしたくなる甘さに辟易している者と多種多様。そして、あなたもまたお菓子を頭から被って何とも言えない気持ちだ。  すると、甘さが蔓延する鼻孔へ嫌な煙草の臭いを僅かに感じた。 「はぁ……やっと、終わったのね」  冷めた声色でエラはあなたを見下ろしている。お菓子で汚れた灰色の傘を開き、灰色のドレスを身に纏う彼女。  グレーテルの魔法が解けたエラは見慣れた姿で立っており、久し振りの煙草を美味しそうに吸っている。 “戻れたんだね”  お菓子に塗れながら微笑むあなたへ、エラはいつも通りの辛辣な顔を向けながら頷く。  幼い姿で飴玉を舐める彼女も可愛かったが、やはり今の彼女の方が素敵である。  そしてエラが戻ったなら、グレーテルも恐らく。 「ううう……お菓子、ハッピー山盛りぃ、私の夢がぁ……」  今にも泣き出しそうな声がお菓子の山から聞こえる。見ると、すっかり元の姿に戻ったグレーテルが──お菓子塗れの状態で──這い出てくる。 「せっかく……ハロウィンパワーで世界を幸せにしようとしたのにぃ……ううっ」  目に涙を溜めながら鼻をすするグレーテルに、ハリボンやチョコリエル、若干小さくなったヘンゼルが慰めようと集まっている。  そんな彼女の姿にいたたまれない気持ちになったあなたも、ゆっくりと立ち上がり彼女の所へ近づく。 “ごめんね”  最初に口に出したのは謝罪の言葉。例え彼女のやり方が強引であっても、単なる甘い妄想であっても、その夢を自分達が壊したことには変わりない。 「うう……お菓子こそがみんなを幸せにするはずなのに……あなたも甘いお菓子は好きだよね?」  グレーテルの言葉にあなたは頷く。  お菓子はみんな大好きだ。  甘いお菓子も、しょっぱいお菓子も、一口食べればみんな幸せに包まれる。  そうなのだ。  幸せなのだ。  それだけは真実だ。 「うう……」  泣き出しそうなグレーテルへ、あなたはお菓子を差し出す。  甘くて綺麗な飴玉一つ。  手に取り口に含み、グレーテルの顔は少し和らぐ。 「甘い……幸せ……なんで、みんな分からないの?」 “みんな分かってるよ。美味しいお菓子は幸せの塊。でもね、それだけじゃ世界は幸せにはならないんだ” 「お菓子だけじゃ駄目なの? 一杯一杯あれば、みんな幸せになれないの?」 “量の問題じゃないんだよ、グレーテル” 「じゃあ、何があればこの世界は幸せになれるの?」 “そうだね……思いかな” 「思い? それって幸せとか?」 “それもそうだね。幸せというのはさ、誰かが誰かを思って何かをする事で生まれるんだ。押し付けるんじゃない、お互いがソレを良しと思って、初めて幸せになるんだ” 「……お互いが良いと思う……押し付けるんじゃなくて……じゃあ私はお菓子をみんなに押し付けたから、ハッピーじゃなかったの? よくわかんないよ……」 “今はわからなくてもいいんじゃないかな。何れ分かるようになるよ” 「……できるかな私に……」 “できるよ。グレーテル、君の世界を幸せに包みたいという思いがあれば、できるさ” 「……うん……頑張ってみる」  あなたが再び差し出した飴玉を、グレーテルはコロコロと口の中で転がしながら頷く。この先がどうなるか分からない、未来なんて分からない。  価値観の違う相手が自分の言葉を理解してくれるか、なんて分からない。  でも、だからと言ってソレを信じない理由もない。  何よりも──グレーテルのその思いは方法こそ一考の余地があるとは言え、素晴らしいものなのだから。  後は彼女次第。  甘い甘い空気の中で、あなたはそんな事を思いながらグレーテルを見つめる。  秋の夜長、秋から冬へ移り変わる時期。  そんな時に起きた騒がしくも甘い甘い事件の幕が下りる。  数日後、あなたはグレーテルの手紙を読みながら、少し忙しない日常を過ごしていた。あの後、グレーテルや協力者たちと共にお菓子を持って街の子供達へ配った記憶はもう懐かしさを感じてしまう。  グレーテルや踊る南瓜猫にアレキサンダー、エラ、そして何よりハロウィン期間中に出会った多くの協力者たち。  彼らが今何をしているのか。  空に見える冬の到来と年の終わりを感じながら、あなたは手紙と一緒に思いながら送られたお菓子を片手に微笑んだ。 「よし! ハリボン、チョコリエル、一旦お別れだよ!」  深い深い森の中でグレーテルはハリボンとチョコリエルと最後のお別れをしている。  悲しそうな顔のハリボンと寂しそうなチョコリエル、その頭を撫でながらグレーテルは元気良く言う。 「これは永遠のお別れじゃないよ! 来年のハロウィンに向けて、沢山修行して今度こそハッピー山盛りを実現するんだよ!」  あの時、受けた言葉はグレーテルにはまだ分からない。分からないからこそ、その意味を探るべく彼女は修行と銘打ったいつも通りの冒険──日常への戻った。 「ぐふふふ……来年のハロウィンは、もっともっと凄くなるよ!」  少々不安ではあるが、それまでに彼女が何を得られるのか──ここは見守るしかないだろう。 「じゃあ、一年後のハロウィンでまた会おうね!」  ヘンゼルの肩に乗るグレーテルを、ハリボンとチョコリエルが手を振って見送る。  彼女の冒険はまだまだ終わらない。  お菓子がそこにある限り、グレーテルは止まらないのだ。 「ウニャン、ウニャン♪ ここでステップアンドターンニャ!」  山の上の広場にて踊り舞う南瓜猫。筋肉を見せつけてダイナミックに、時にはエレガントに、月の明かりを受けて踊る様はとても幻想的。  ハロウィンでのトンチキ行動は何処に行ったのかと言わんばかりに、踊る南瓜猫は踊る踊るよひたすらに踊り続ける。  そんな彼を、やや離れた場所にある屋台から眺める者たちがいた。 「……少しご機嫌そうだな」シルクハットを被った猫がビールを(チビチビと)舐めながら呟く。 「あら先生がそんな事を言うなんて珍しい。いつもの辛辣毒舌はどこにおいてきたのですか?」美味しそうなつまみを置きながら、猫耳の少女が意地悪そうに言う。 「そこら辺に落ちているから、後で拾ってきてくれないかね」 「おじいさん、先程からビールを舐めている部位の名前を知っていますか? 舌って言うんですよ」 「チミも相変わらず手厳しいねぇ……むむ、今宵のおつまみは南瓜に南瓜に南瓜……新手のいじめかね?」 「とある魔女ちゃんのお菓子作りで余った南瓜を使っただけですよ」 「珍しいねぇ、チミが誰かの手伝いをするとは。明日は槍でも降ってくるのかねぇ」 「……血の雨を降らしてあげましょうか?」猫耳少女が包丁を片手に穏やかな顔を浮かべる。  たまらずシルクハットの猫はそっぽを向くと口に含んだ南瓜をビールで流しながら呟く。「ふむ、良い味だ」 「なかったことにできませんよ?」  屋台に流れる一触即発の空気。だが、そんな事はつゆ知らず、踊る南瓜猫は愉快に踊り続ける。 「ウニャハハハハハハッ!! そうれぇ、踊る踊る踊れニャ! ええじゃニャイか! ええじゃニャイか!!」 「ふむ……実に良い期間であった。このアレキサンダー、敗北こそ幾多に重ねたが──その分この肉体は多くの事を学び得た! ガハハハッ、次は新たなる技の習得に励んでみるかッ!」  月のよく見える丘の上で、蕪の魔人は腕を組んで豪快に笑う。予想しなかった蘇り、そして思いもよらなかった者たちとの手合わせ。  アレキサンダーに難しい事は分からぬ。グレーテルの野望も、この事件の背後に潜む巨悪の企みも、アレキサンダーの興味の範疇外。  強くなる事を夢に見て、蛮勇たる邁進を続けてきた彼。まだ見ぬ強敵と手合わせ願いたくも、ハロウィンの魔法は既に切れかけている。 「ガハハハッ! どうやら時間か! 無念、されどこのアレキサンダーを見送るに涙は不要! 何れ叶えてやるさ、万雷の喝采と雨の如き拍手を浴びながら去ることこそ──このアレキサンダーの退場に相応しい!!」  蕪の体が崩れ、その屈強な肉体が塵と化する。  だがアレキサンダーは決して泣き言も、恐れも言わず──全てを呵々大笑で力強く吹き飛ばす。 「ガハハハッ! 次は針山でウェイトリフティングをするか! それとも血の海で個人メドレーに勤しむか! 「待っておれよ、強き者たちよ! このアレキサンダー、再び地獄にて修行に身を置き──必ずや貴殿の元に舞い戻るぞ! 「その時まで──死んではならぬぞ! ガハハハハハハハハッ!!」  蕪の体が消え去り、彼の豪快な笑い声も消える。だが、彼は完全には消えてはいない。  あなた達の心の中に彼は刻まれ──そして、またいつか思わぬ再会を果たすだろう。  縁は決して切れず、あなたの心に強く結ばれているのだから。 「……」  森の中を傘を差して歩くエラ。灰色のドレスを身に纏い、灰色の髪を靡かせて、やや荒んだ灰色の瞳が周囲の景色を退屈そうに映す。  うんざりするようなハロウィンであった。  柄にもない立ち回りをしてしまった、あの幼い自分の記憶を今すぐにでも消したい衝動に駆られる。  あんな役目は自分の様な小悪党ではなく、もっと適した者がやるべきだろうに。適材適所の為されない現場ほど、息の詰まるモノはない。  自分じゃなくて、他の誰かが。  他の誰か……  ……  ………… 「はぁ……楽しんでた事実は認めるべきね」  バツの悪そうな顔を僅かに綻ばせて、エラは大きく溜息を吐く。嫌だ嫌だと言い聞かせてみるも、あのハロウィンで出会った者たちと事件は確かに彼女へ楽しさを覚えさせていた。  そして、その何よりの証左というのが── 「まったく、すっかり癖になっちゃったわね……」  手癖で取り出したのは煙草ではなく、棒付きキャンディ。キラッと光る薄いピンク色の飴を暫しクルクルと回すと、エラは口へ含む。  うんざりするような甘み。  少し前なら忌避していた味は、今ではすっかり虜になってしまった。 「ほんと──最低最悪のハロウィンよ」  吐き捨てるエラの顔は自嘲と後悔と──心からの喜悦で満ちていた。  今にも雨が降りそうな灰色の雲の下。肌を震わせる北風に冬の気配を感じながら、エラは上喜元に傘を揺らして森の中を進んでいく。  ハロウィンの騒ぎはこれにて終わり。  季節は秋から冬へ。  迫るは年の瀬、来たるは新年。  残り数ヶ月、慌ただしさに追われる日々もあるだろう。  だからこそ、今回起きたバカ騒ぎがあなたの物語を少しでも彩ってくれたのなら光栄である。  例えつまらぬ話であっても。  取るに足らない小事であっても。  このイベントが少しでも愉快な記憶として、脳裏の片隅に残ってくれるなら──それは物語を編む者としての最たる名誉なのだから。  それでは、また、何れどこかでお会いする時まで──暫しの別れだ。 “Halloween Night Fever”~お菓子の大魔女・爆誕 【完…………結?】    ……  ……  物語には、時として蛇足がある。  蛇足、即ちゴミ。  大団円をぶっ壊す異物。  ここで終わっておけばよいのに、何か残そうとしてしまうクリエイタの《悪癖(Bad Habit)》  だが、吐いた言葉が取り消せないように。  物語へ埋め込んだ悪意は、如何なる形であれ芽を出して花を開くものだ。 「……折角のハッピーエンドをぶち壊すつもり?」  飴玉を齧るエラは木々の奥に隠れ潜む灰色の悪意を睨みつける。 「そりゃあそうだろ。第一、こんなつまらねえおわり方なんて面白くねぇだろ」  臭いの強い紫煙を周囲に蔓延させ、現れたのは灰色のトレンチコートを着た男。目深に被った灰色のソフト帽と不敵な笑いを浮かべた表情で彼はゆっくりとエラへ近づく。  彼の者の名は──灰色の男。  韋編悪党内で謎多き者の一人にして、エメラルドの大魔法使いの使いっ走り──とエラは見ているが、その実態は不明。  だが、一つだけ確かなのは──彼こそ韋編悪党内で最も警戒すべき対象であること。そして、エラを韋編悪党へ招いたのも彼である。 「何の用かは知らないけど、悪事をするには時間遅れよ。ことが終わった後にひょこひょこ出てきて悪さをするなんて小悪党ね」すぐさま煙草を燻らせてエラは開口一番に憎まれ口を叩く 「いやいや、今回の俺はただのメッセンジャーさ」灰色の男は笑みを一切崩さずに、フランクながらも何処か無機質な声で続ける。 「“元より見込みはない魔法使いの小娘だが、それはそれとして邪魔をするのはいただけない”って、大魔法使い閣下からのお言葉だ。命令不履行はご自由にだが、上の連中の邪魔しちゃぁいけねぇな」 「今回に関しては、私は元の体に戻る為にやったまでよ。確かに最終的にそっちの悪巧みを防いだ結果にはなったけど、それが嫌ならちゃんと報告とかしなさいよ」 「ああ、だから閣下も今回の件に関しては不問という形で収めたさ。まあ小言ばかりの白面ちゃんは別件で不在だったし、閣下も複数の計画を同時進行中だから運が良かったとも言えるな」  二本目の煙草に火をつけながら灰色の男は言う。先程の悪臭とは変わって、上質な茶葉を含む香りが周囲に漂う。  終戦乙女による人類殲滅に伴い、彼の時間徴収もうなぎ上りと聞く。確かにこの香りを嗅ぐに良質な時間を“高品質の人間から”奪ったのは明確だ。 「……伝言は終わり? なら、私は行くわよ」  足早に立ち去ろうと踵を返すエマを灰色の男が呼び止める。 「ああ、そうそう。あのグレーテルとかいう、ガキンチョ? ありゃもう使い道がねぇからさ、近い内にリサイクルする予定なんだがぁ、そん時はよろしく頼むぜ?」  灰色の男の言葉にエラは背筋が凍る。  リサイクル──その単語が意味する事はつまり、あの醜悪でロクでもないジェペットの玩具にされるという事だ。  小刻みに肩を揺らすエラの姿に、灰色の男は更に言葉を続ける。 「ああ、お仲間に助けを求めても構わないぜ? 隠居中の魔女様や狼女、竜に兎に勇者様……どいつもこいつも上の連中がこぞって興味を持ってる奴ばかり。お前が深めた交友関係、しっかりと餌にさせて貰うぜ」 「──ッ! アンタいい加減に──」  耐えきれずに振り返ったエラだったが、一瞬で間合いに詰め寄った灰色の男が彼女の細い腕を握り潰す様に締め上げる。 「勘違いすんなよ? お前がどんなに良い子ちゃんになろうが──悪党のレッテルは剥がせねえ。行き場のねぇゴミのお前を、有効活用してやってんだから感謝ぐらいしてくれよ。ヒャハハハ!」  不愉快な笑い声を上げる灰色の男は、エラを勢い良く草の上へ叩きつけると──煙すら残さずに姿を消す。  彼の気配は完全に消えるも、不快な笑い声が耳にこびりついて離れない。堪らえようのない怒りと初めて覚えた恐怖に体を震えさせるエマ。  不快な出来事を忘れ去ろうと煙草をふかして立ち上がるも、心の中に立ち込める嫌な煙は一向に晴れることなく滞留する。   「……ほんっと最低最悪の白馬の王子ね。でも、今に見てなさいよ……あんたらの悪巧みなんて──全部丸めて潰される運命なんだから」  一つの悪事が明るみになり、そしてそれは大いなる悪事の一欠片に過ぎないことを痛感しながらもエラは彼らを心の中で信じていた。    物語は進み、計画も進行する。  韋編悪党と終戦乙女。両者が企む大いなる悪しき野望はゆっくりとピースを嵌め込んでいく。  それを阻止するのは至難かもしれない。  だがしかし、あなた達は分かっている筈だ。  完成した野望でも、それをひっくり返してご破算にするだけの力が──あなた達にはあるのだ。 “Halloween Night Fever”~お菓子の大魔女・爆誕 【完結】