MEMORY_1《Raven of Abyss》 私は目を覚ました瞬間、まだ夢の中にいた。夢の中で、私は訓練の最中、上遠野将哉と対峙していた。眼の前にいる彼の機体、【Abyss】は通常よりも薄い装甲と、そんなものに目などいかないほど豪快なガトリングガンを両腕に携えていた。彼の4つのフォームのうちの一つ。超攻撃型にして、現状唯一の彼の射撃形態。コマンドフォームだ。それは、一撃でも食らうと大きな痛手となるというリスクを抱える代わりに、強大な威力と連射力を持つガトリングと、深淵の弾丸で敵を一気に制圧するのだ。 そんな脳筋の荒々しい攻撃に私の深淵装甲も耐えられず、装甲が打ち砕かれる。 相手の急所を分析し、的確に狙撃する深淵機体【TANATOS】は発射数でも威力でも敵うはずもなく、全身を弾丸に打たれ、TANATOSは火花を上げて倒れる。私は、そうやっていつものように完敗した自分の姿を見ていた。 「インチキだー!」 彼の能力に圧倒され、どうしようもなかったあの瞬間。私は、いつも被っている無表情という仮面を忘れ、感情のままにそう叫ばざるを得なかった。それはただの負け惜しみだった。自分にはできないフォームチェンジをたくさん生み出し、使いこなす彼への嫉妬だった。だが、あの時の悔しさ、そして一種の清々しさは、今も鮮明に残っている。 しかも解せないのは、この彼はまだ本気ではない。彼の裏にはまだもう一つの形態が残されている。その名は【アビス・サタナエルフォーム】と呼ぶらしい。それは、堕天使かのような見た目で、深淵で黒翼を形成。身を翻すことで、【深淵装甲】の要量で相手の攻撃を全体からシャットアウト。攻撃が止むと、高密度の深淵の弾丸が襲いかかるのだという。 彼はかの大戦において初めてその形態を使用した。私もそれを直接見ることはなかったが、彼の征く道には 無数の機体の遺骸が転がっていた。彼は名実ともに【戦場の神】となっていたのだ。 そんな事を考えていると、コックピットが開き、目の前に一人の男が現れる。 黒い天然パーマの髪に、オニキスのように綺麗で、何を考えているか分からない黒い瞳。上遠野だ。 「大丈夫か?」 彼が首を微かに傾け、かといって表情は変えずにこちらに手を差し伸べてくる。 「問題ない。」 私は上がろうとする口角を抑えながら差し伸べられた手を取る。その手はほんのりと温かかった。やはり【戦場の神】と呼ばれようと、堕天使のようになろうと、彼は彼だ。変わることはない。 「で、蜂の巣になってる【TANATOS】は直るんでしょうね?またコマンドフォームの時みたいに機体が壊れてしばらく訓練できないのは御免なんだけど。」 「…っ、まあ、深淵装甲があるからな。問題はないだろう。」 そうして空になった機体を後にし、二人肩を並べて歩いていく。 ふと視界が暗転し、目の前に薄暗い、見慣れた光景が見えてくる。外の薄い光が現実を物語る。 「またこの夢か…」 ソフィアは深呼吸をして、その冷徹な表情を取り戻した。身支度を整えて、髪を結びながら訓練場に向かう途中、私は一人で思索していた。上遠野が突如消息を絶ってから一ヶ月が経ち、当時はやはりだいぶ騒がれていたものの、今でも探索は続けられながらその間も機関の中で彼の名はしばしば話題に上がっていたが、当時よりは騒ぎは収まっているように見えた。 しかし、彼が消息を絶った今、もはや彼との訓練が体に馴染んでしまった私には、従来の訓練方法は刺激が足りなかった。彼を追い、そして倒すこと。それが私の中で最も重要な目標となっていた。 訓練場に着くと、いつものように兵士たちが汎用訓練機体に乗り、淡々と訓練していた。だが、私にはどれもこれも、物足りない。どんなに厳しい訓練をこなしても、上遠野のような存在に出会ったことはなかった。あの時、彼の冷徹な目がすべてを見抜いていた。無駄な感情が一切ない――ただひたすらに強さだけを求めるその姿。彼が持っていた「未知の強さ」を彼らには感じないのだ。 「相変わらずだな。ヴァロワール?」 そう声をかけて私の横に並んだのは、私と、そしてショーヤの元教官、アルフレッド教官だ。この退屈になってしまったここでの、唯一と言っていい私と張り合える実力者だ。いや、他に一人いるが…アイツは才能とやらにかまけて訓練などすっぽかし、外で遊んでいるのだ。とても慣れ会える気がしないからカウントしない。 「前と比べて訓練への士気が薄まってきているぞ。そんなにあいつがいなくなって寂しいか?」 と教官が彼らしからず冗談交じりに言葉を飛ばしてくる。 「彼はここにいる誰も持っていないものをたくさん持っていますから。」 そう応えると、教官は眉を微かに動かし、そのまま口を開く。 「ほう。ならば、この私も軽々と倒すことが出来るというわけだ?」 と、強者の笑いを見せる教官。この表情からはわからないが、かつて【深淵の貴公子】と呼ばせしめた全盛期の彼ならばともかく、おそらく今は私とTANATOSには勝てない。だが、彼はきっと引かないだろうから、間は開けずに 「いいでしょう。では、訓練時のように5ラウンドで構いませんね?」 と問う。良いだろう、という言葉を聞いた私は、颯爽とTANATOSに乗り込む。 教官の機体は【UNITE】。教官現役世代からの相棒機らしく、型落ちなのだが、彼の丁寧なメンテナンス、そして技術によってそんな事を忘れさせるような性能を誇る。そのあまりにも理想的な機械騎士像が彼が今も教官という地位にいる、最も大きな理由だ。 「やられてもなくなよ、ヴァロワール?」 そう言い放つ教官に、訓練用装備の感覚を確かめながら言葉を返す。 「泣きませんよ。教官こそ、腰を傷めないようにしてくださいね。」 その言葉を皮切りに、両機体は動き出す。訓練開始だ。 ーーーーーーーー TANATOSが、訓練用狙撃銃で教官の機体を貫く。これで5ラウンド中全勝を果たしたこととなる。 すごすごとコックピットから這い出て、やはりもう歳なのか、とぼやく長官を後にし、私はTANATOSの格納庫へ、今日の戦闘の分の修理点検に向かった。 物足りない。 銃の反動も、相手を貫く爽快感も、深淵が流れたとき特有の闘争願望も。全てがここでは不足している。いつまでこんな退屈を過ごすのか。彼は一人で、今もどこかで戦っているというのに。もしかしたらずっとこのまま…そんな事を考えながら、私はTANATOSの整備の最終点検を終え、訓練を終えようとしていた。 その時。 私はふと衝動的に空に視線を向けた。思考にふけりたかったわけではない。その視線のはるか先に、見えざる痕跡を感じた。深淵が共鳴を起こしているのを感じたのだ。 宇宙の何処かから感じる。ほとばしる、圧倒的で、破壊的で。それでいて懐かしいエネルギーの波動。深淵の力に似た、それよりもさらに強大な反応。 それを感じた数分後、とある話が聞こえた。 私が感じた、強大で親近感のある力の正体を。 「【白の深淵】...?」 それは、深淵の実用化と同時に科学的都市伝説として囁かれ始めた、究極の深淵。まさに、深淵の最奥に秘められた力。彼しか到達できないその力――それを使いこなせる者は、もはや限られているという話が機関内でも囁かれていた。普段は意見の合わない私と機関であったが、今回ばかりは意見が一致したようだった。 「やっぱり、そんなのショーヤしかいない…!」 ソフィアはひとりごちた。あの男こそが、次のステップを踏み出す者なのだ。そして、その力を倒すことこそが、今の自分に必要な証明だと確信していた。 その夜、ソフィアはいつものように上遠野が使っていた【Abyss】のデータを再び目に、研究を行った。彼の技術、そして多彩なフォームは未だに解析が終わっていないが、その中で見つけた細かな痕跡が、彼の特異な才能を証明していた。その力に触れ、そしてそれを打ち破ること――その願望が今、私にとって唯一の、明確な目標と成る。 ふと、彼の戦績記録映像に気になるものを見つけた。 「これって…」 そこには彼が消息を絶ってから、数日分の戦闘データが残っていた。そこで上遠野の前に立ちふさがっていたのは、いまだに見たことのない機体ばかりであった。赤い、未知のエネルギーを使う機体、細長い尾を持つ電子の力を持った機体。どこの機体ともにつかない、異質なものばかりだ。私はそのデータの差出人の名を見た。それは、この機関のデータベースを司るカトリーヌさんの名でなく、ましてや明らかに人名ではないが、こう書かれていた。 「『Raven's NEST』...?」 即座に別の端末のデータベースを使い、その単語、概念を調べる。どうやらそれはここよりかなり遠くにある惑星にある機関で、そこには宇宙中、はたまた異界中の戦いに飢えた機手が集い、その力を競い合っているのだという。そして、何よりそこにショーヤはいる。彼はそこで、自らの力を試しに向かったのだ。彼一人で。 「羨ましい…」 その口から零れた呟きは、次々と短時間に溢れる彼の居場所に関する大量の情報と、私の中に眠る闘争本能とともに私に語りかけてきている。私もそこへ向かわねばならない、と、 その後、機関の目を盗み、NESTに向かうべく機体に乗り込む準備をすると、私の上司であるシェリー・ナイトリーが私の後ろに現れた。 「…私のこと、つけてたんですか?」 振り向かずに問うもそれに答えることなく、シェリーは静かにソフィアを見つめていた。 「何をしに行くつもりなの?上遠野を失った今、貴方まで失うわけにはいかないのだけれど。」 「Raven's NESTへ、私の力を試しに行きます。」 シェリーは目を丸くしながらも質問を続ける。 「なぜ、貴方がそんなところへ?」 「そこに、私が追い求めていた強さがあるからです。」 そう答えるとシェリーは何かを察したかのようにため息をついて首をふる。あなた本当にアイツに目がないのね、と言っている気がしたが、それは聞こえていないことにした。彼女はその後、再び口を開く。 「ヴァロワール、あなたが追い求めているものは、ただの強さじゃない。上遠野に勝つことが本当にあなたを満たすのか、考えたことがある?」 私は冷静に応じた。「私は上遠野を倒しにいく。必要とあらば、立ちはだかるもの全てさえも。ただ、それだけだ。彼を倒すことで、何かを証明できる気がするから。」 シェリーはしばらく黙っていたが、最後にただひとことだけ言った。「わかっているわ。私もあなたの選んだ道を尊重する。」そう言って彼女は去っていった。理解のある上司で助かった。 機体【TANATOS】に乗り込むと、コックピットが閉じていく。私の心は、冷静でありながら、内側では来たる上遠野との戦闘への興奮が高まっていた。ついに彼の居場所のヒントを掴んだ。彼に会い、戦い、そして倒す。それが私の全てだった。 【TANATOS】に搭乗すると、体中に、深淵の、果てしないエネルギーが流れてくる。その力が私のあらゆる武装を、装甲を構築する。力は十分。私の訓練の成果を、異界の闘争者たちにそして上遠野に見せるときが来たのだ。 そう考えるうちに、【TANATOS】から深淵のオーラが溢れ出る。おかしい。もう武器の構築は終わっているというのに。まさかエネルギー漏れだろうか。いや、エネルギー総量は変わっていないから違う。恐らくは。 「あなたも昂っているのね、【TANATOS】。」 私は高ぶる心に委ねて笑みを浮かべながら問いかける。それに応えるように、【TANATOS】のオーラが収まり、操作可能状態となる。 --- その後、母星を発ち、そこへと向かう。私の視線の先には、常に上遠野がいた。彼を倒すためには、何もかもが必要だと感じていた。だが、その先に待ち受ける戦いには、少しの不安も抱いていた。それでも、その不安を押し込めて前に進むしかない。 なんとか興奮を胸のうちに押し込みながら、今はいない彼に言う。 「今、そっちに往くよ。”ショーヤ”。」 また1羽の漆黒の烏が、止まり木に止まろうとしていた。 --- ### 機関の方たちのプロフィール - **シェリー・ナイトリー** - 役職: 技術部門のトップ - 年齢: 30代半ば - 特徴: 知識と経験に優れ、冷静で思慮深い。ソフィアに対しては母性的な一面を見せることもあり、彼女を気にかけているが、ソフィアの目的を完全には理解していない。 - 経歴: 元々は戦術家であり、数々の戦闘を経験してきた。現在は、深淵技術に関する研究を主導し、機関の技術革新に寄与している。 - **アルフレッド・クロフト** - 役職: 戦闘訓練班の指導官 - 年齢: 40代前半 - 特徴: 厳格で冷徹、訓練の内容に一切の妥協を許さない。上遠野との訓練で強さを実感し、その後のソフィアの指導にも一切の甘さを見せない。 - 経歴: 戦闘のエキスパートであり、機関内でもその戦闘能力の高さを認められている。過去には数回戦争に参加しており、実戦経験に富んでいる。 - **カトリーヌ・ドヴァル** - 役職: 情報部門のエージェント - 年齢: 20代後半 - 特徴: 笑顔を絶やさず、どこか軽い性格をしているが、その実態は鋭い情報収集能力を持つ。情報戦の達人。 - 経歴: 優れた情報解析能力を持ち、様々な任務でその能力を発揮してきた。普段はソフィアや他のメンバーと軽い会話を交わし、友好的に接する。 ーーーーーーーー よくありそうな質問 Q.なんでソフィアはアルビオンもラグナロクも知らないの? A.いずれもNESTでの戦闘時に会得したものだから、知る由もないのです Q.Raven's nestってそんな感じなの? A.作者のみぞ知るところを深夜テンションで勝手にそういう機関的なものとして概念構築しました。スミマセン Q.ソフィアって上遠野がさ… A.そういうことです。最初は尊敬してる、程度にしようと思ってたけど僕の中の何かがそれを許してくださらなかった Q.これまだ未完だろ A.急ピッチで作ったのでところどころ脱字、書き忘れ等あります 時間あったら直します --- 相手役とか、ソフィアとか将哉と話す役でNESTの方々をゲスト出演させたい欲があるので協力してくださる方いらっしゃればご一報ください しばらくNEST行けなくなるから更新はまたしばらく後かな