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『迷いを摘み取る者』カイル・ザッカーマン

遠い昔、アフロディア皇国という大変栄えた国があった。 彼はそんな国の王宮庭師として元気に働いていた、今のように暗い性格ではなく人当たりの良い爽やかな男だった。 彼の日課は花園から取った素材だけで作った自作の浄水器で濾過した特別な水を朝昼晩に一度ずつ飲む事だった。 しかし、隣国で大飢饉が発生して全てが変わってしまった。 隣国の難民が大量に押し寄せ苦悩する主の姿を庭師に過ぎない彼はただ眺める事しか出来なかった。 笑顔が耐えない城も少しずつ、そして確実に暗く重くなっていった。 だが、彼の地獄は産声を上げたばかりであった、城門前で騒ぐ難民の一人が警備騎士に石を投げ大怪我をさせてしまったのだ。 仲間を害された騎士団は以降難民の取り締まりを強化し軽い罪でも牢獄に入れられるようになった。 皆が笑う事を忘れた…… 仕方のない事だった、しかし積み上がった問題の山に国の民までが周囲を威嚇し恐れるようになってしまっていた、いつ爆発してもおかしくは無かった。 彼には手を尽くしても枯れ出す花々の手入れをするしか無かった…… 隣国で内乱が始まり、更に多くの難民が皇国にやって来た。 犯罪は加速度的に増えていき、誰も止められなくなっていた。 花の枯れ具合が酷くなった………城内で咳をする者が増えた…… 彼は口を閉ざすようになった、もう誰も花を見る事が無かったから… ついに難民達による集団リンチ事件が起きた、国民達の敵意は最大限に膨れ上がり爆発した。 難民達に襲いかかる何万もの暴徒の群れ、騎士も平民も官僚も関係なく少し昔の平和を取り戻す為に最も重要な選択肢を間違えた。 難民達は皆を嘲笑い武器を構える事すらしなかった。 1人が倒れた、パン屋の店長だった女だ、娘を襲われ怒り狂っていた悲しき母だった。 顔は紫色に変色し痙攣した彼女の後を追うように皆が倒れた。 屍の道を踏み躙り難民、いや隣国の工作部隊が笑う嘲笑う嗤う。 残るは愚かな王と貴族のみ。 烏合の衆でしかなかった、少数の工作部隊に率いられた難民達は己が欲望を曝け出し下卑た顔で全てを奪った。 彼はまだ、見る事しか出来なかった。 彼は知っていた、皇国に張り巡らされた水路が1つの源から流れる事を。 彼は言わなかった、言わずとも誰かが知っているだろうと逃げたのだ。 彼は見ていた、15になったばかりの小さな王女が服を剥ぎ取られ辱められながらも彼に助けを求めていたところを、彼女一人なら救える手段があったのに。 彼は目を逸らした 彼は見捨てた 彼は走った 彼は逃げた 彼は生き延びた 彼は考えた 彼は自身を正当化しようとした 彼は目を瞑った 彼は他の誰かがやると、また逃げた 彼は気づいた 彼は気づいてしまった ダレモカレイガイニイキテイナイコトニ 今日も彼は花の手入れをする。 死して尚、神は彼に後悔と絶望を強いた。 己を責め続ける屍の壁に囲まれて彼は今日も花に水をやる。