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頑丈すぎるスケープゴート・山羊歯カグマ(ヤマシダ)

「しなやかに恥じらうシダのような乙女になるように」と名付けられたカグマ。小さな薬箱を手に野原を跳ねる、真っ白くて可愛らしいヤギの女の子だったらしいよ。将来はお医者さんになってみんなを治してあげるのが夢だったんだってさ。ふふ、かわいいね……ところが、環境がそれを許さなかった。 仔ヤギ時代から戦地に放り出され、囮として傷を負いながらもなんとか生還する日々。しょせんは軍隊のスケープゴートだ、駒として使い捨てる前提で丁寧に扱われるはずもない。それでも彼女は家族のため盟友のため、傷を負うたびに強く逞しく生き延びた。泣き声はとうに死地で捨てたと語った日もあったね。軍医の僕も、あれほど生命力に溢れた軍人をそれまで診たことがなかった。過酷な地でも生き抜くために、その心も体もいつしか石のように硬くなった。いや、ならざるを得なかった……真面目だったんだね。やがて彼女が責務から解放される頃には、家族も盟友もみーんな死んでしまっていた。踏み荒らされた焼け野原に残ったのは、戦争の古傷だけさ。 精神の治療は肉体の治療よりもはるかに複雑で難しい、闇の奥だ。どれだけ深くに傷があるのか当人にも見えやしない。獣人のアルコール許容量を知ってるかい?ジョッキじゃない、ビール樽をいくつ空けたかでカウントするんだ。あのときほど無力さを感じたことはない、傷が癒えるには時代が変わるほどの時間か……もしくは諦めが必要だと思っていた。 彼女さ、傷だらけで武骨で、硬そうなイメージだろう?でもね、どんなに酷い環境で傷つき変わり果てても、その小さな隙間に芽生えていた心の靭やかさだけは抱えて守り抜いていた。見えなくても、彼女の芯にはシダの心根があるんだよ。硬い身体でも根を張れるもの、古傷を癒やすでも塗りつぶすでもなく、役立たせるような生き方を探していたんだ。そんなときに出会えたのがあの退役軍人プロレスクラブさ。 はは、見たかい今のDDT!僕ら並の人間が食らったらKOでは済まないだろうね。もう、かっこよすぎるぞカグマー!……殺戮とは無縁の、規則と観客に囲まれたあのリングこそが今の彼女の居場所なのさ。戦争を終えた僕らの人生はまた始まったばかりだ、生涯をかけて彼女に、カグマに付き添うつもりでいるよ。 "かぐま"はシダの古語で、 シダの花言葉は「夢」「愛らしさ」です。 可愛らしい花はつきませんが、靭やかに葉を揺らして風にそよぎます。