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【魔王軍幹部『災厄の炎』】邪炎

【過去】 第一章:幸せ 彼は、孤児ではあったが、村人たちは皆優しく、分け隔てなく愛情を注いでくれた。 彼は、そんな温かい人々に囲まれて、幸せな幼年時代を送っていた。 小川で魚を追いかけ、野原で花を摘み、夜には村人たちから昔話を聞かせてもらうのが、少年の日課だった。 しかし、その平和な日々は、彼が10歳を迎えた年に、突如として終わりを告げた。 第二章:人災の炎 遠くから、今まで聞いたことのないような低い唸りが聞こえ始めた。地面が微かに震え、騒がしい足音と兵士たちの叫び声が次第に大きくなっていく。 敵国の軍勢が、国境を越えてこの平和な村に侵攻してきたのだ。 静かだった村は、瞬く間に混乱に包まれた。村人たちの悲鳴、家屋が破壊される音、そして、燃え上がる炎の音が重なり、地獄絵図のような光景が広がった。 村は炎に包まれ、赤々と燃え盛る炎は、全てを焼き尽くそうとしていた。 少年は、生まれて初めて、本当の恐怖を味わった。 焼け焦げた臭い、煙の臭い、そして、鼻を突くような、言いようのない臭いが混ざり合っていた。 体中が焼け爛れ、骨が剥き出しになった人々が、苦悶の表情を浮かべながら彷徨い歩いていた。 道端には、黒焦げになった焼死体が転がり、生きた人間と死んだ人間の区別がつかないほどだった。 少年は、恐怖で足が竦み、その場に立ち尽くすことしかできなかった。 そんな彼の腕を強く引いたのは、いつも優しい笑顔を向けてくれた村のおばさんだった。「坊や、しっかり!早く逃げるんだ!」 おばさんの顔は恐怖で歪んでいたが、その目は必死だった。泣きじゃくる少年の手を強く握り、燃え盛る村の中を駆け出した。 敵兵の怒号、ぶつかり合う武器の音、そして、頭上を無情に飛び交う矢の雨。少年とおばさんは、何度も転びそうになりながらも、ただひたすらに逃げた。 幸運にも、おばさんは少年を庇いながら、村の外れの森まで辿り着いた。しかし、おばさんの背中には、既に何本もの矢が突き刺さっていた。それでも、おばさんは、苦痛に顔を歪めながらも、彼に安堵の表情を向けた。「坊や、もう大丈夫だよ。ここなら安全だから。」 その言葉を最後に、おばさんの体はゆっくりと地面に崩れ落ちた。少年は、おばさんの亡骸に縋り付き、声を嗄らして泣き叫んだ。 しかし、おばさんは、もう二度と目を覚ますことはなかった。 第三章:魔王の囁き 彼は、一人ぼっちになった。 村は燃え尽き、家も家族も、そして、温かい村人たちも、全て失ってしまった。残されたのは、焼け野原と、冷たいおばさんの亡骸だけだった。 彼の心は、深い悲しみと絶望に打ちひしがれていた。あの日の地獄のような光景が、何度も脳裏に蘇り、彼を苦しめた。 夜になると、悪夢に魘され、昼間は、茫然自失としたまま、ただ空を見上げているだけだった。 それでも、少年は生きなければならなかった。 飢えと渇きが、生きることを強いた。彼は、重い足を引きずりながら、森の中を彷徨い始めた。 敵兵は、まだ近くに潜んでいるかもしれない。 いつ、矢が飛んでくるか、剣で斬りつけられるか分からない。 恐怖に身を縮こませながら、少年は、ただひたすら森の奥へと進んだ。 どれくらい歩いただろうか。気が付くと、彼は、深い森の中に迷い込んでいた。木々は鬱蒼と生い茂り、昼間でも薄暗く、まるで夜のようだった。 疲れ果てた少年は、大きな木の根元に座り込み、意識を手放すように眠ってしまった。 そして、夢を見た。炎に包まれた村、積み上げられた焼死体の山、そして、おばさんの優しい笑顔。悪夢にうなされ、飛び起きた少年の目の前に、信じられない光景が広がっていた。 目の前に、巨大な影が立っていたのだ。人ではない。獣でもない。それは、まるで伝説に語られる魔王そのものだった。 魔王は、圧倒的な威圧感を放ち、少年を見下ろしていた。 少年は、恐怖で再び体が強張った。しかし、なぜか、逃げようという気力すら湧かなかった。全てを失い、生きる希望も意味も見出せなくなった彼は、魔王の前に、ただ呆然と立ち尽くしていた。 魔王は、静かに口を開いた。「人間の子よ、お前は絶望を知ったか。」 魔王の声は、深く、重く、少年の魂の奥底まで響いた。少年は、震える声で「はい…」と答えるのがやっとだった。 「絶望は、時に強大な力を生む。憎悪は、燃え盛る炎となる。お前は、その炎を欲するか。」 魔王の言葉の意味は、幼い少年には完全に理解できたわけではなかった。 しかし、魔王の口から語られる「炎」という言葉に、彼は強く惹きつけられた。炎。 全てを奪い去った、憎むべき炎。しかし、魔王が語る炎は、それとは違う、何か途方もない力を秘めているように感じられた。彼は、迷いながらも、小さく頷いた。 魔王は、満足そうに頷き、漆黒の液体を指先から滴らせた。それは、魔王自身の血だという。黒く、どろりとした液体は、まるで生き物のように蠢きながら、少年の乾ききった唇へと落ち、ゆっくりと口の中に流れ込んでいった。 熱い、熱い、熱い。体中の細胞が、内側から焼き尽くされるような激しい熱に襲われた。 今まで感じたことのない激痛が全身を駆け巡り、意識が遠のいていく。少年は、喉が張り裂けるような叫び声を上げながら、地面に倒れ伏した。 第四章:悪魔の誕生 皮肉なことに、魔王が彼に与えた力は、業火を操る力だった。 本来ならば、最も恐れるはずの炎を、少年は手に入れたのだ。最初のうちは、その炎にさえ恐怖を感じた。しかし、復讐という強い衝動が、その恐怖を徐々に上回っていった。 この炎を使って、自分の大切なものを奪った者たちに、同じ苦しみを与えてやる。その歪んだ決意が、少年の心を焦がし始めた。 それから、永い年月が流れた。 魔族へと身を変えた彼は、魔王軍において、その強大な炎の力と、敵はもちろん、役に立たないと判断した味方さえも焼き尽くす冷酷さで恐れられる存在となり、幹部の地位まで上り詰めた。魔王に力を与えられた恩義、そして何よりも、魔王の圧倒的な力への畏怖から、彼は絶対的な忠誠を誓っていた。 長きに渡る戦いの中で、彼の感情は徐々に麻痺していった。復讐心は奥底に潜み、敵を炎で焼き尽くすことに、歪んだ達成感と快感を覚えるようになっていった。かつて心優しい少年だった面影は薄れ、炎の化身のような、冷酷な存在へと変貌した。幼い頃の記憶は残っているものの、その経験からくる感情の機微は鈍く、戦闘においては狡猾さと残虐性を併せ持つようになった。 【概要】 彼の炎の力は、魔王軍の中でも随一であり、敵はおろか、戦場で役に立たないと判断した味方さえも、容赦なく焼き尽くすと言われている。 また、常にハイテンションで、他人をイジることも好きなため、 その苛烈さから、恐れられる存在である。 彼の絶対的な忠誠は、魔王ただ一人に向けられている。魔王は、死ぬしか無かった彼に炎の力を与え、居場所を与えてくれた恩人だ。 そして何よりも、魔王は彼よりも遥かに強い。自己中心的で、子供のような残酷さを持つ彼は、自分よりも強い存在にのみ、本能的に従う。 そんな彼にも、人間だった頃の記憶をかすかに残す嗜好があった。それは、簡素な塩胡椒で焼いた肉だった。 戦場で敵を焼き焦がした後、静かに焼いた肉を口にするのが、彼の日常だった。熱を通しただけの肉の香りは、無意識のうちに、故郷の村で感じた、土と草の焼ける匂いをかすかに呼び覚ますのかもしれない。しかし、彼はそのことに全く気付いていない。 リヴァイアが魔王を復活させたことで、魔王軍には以前にも増して強力な魔族たちが集うようになり、彼にとっては、同じように強大な力を持つ者たちが身近に増えたことで、以前よりも孤立感を抱くことなく過ごせている。