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【燻斧の処刑人】ダブ・デュアーギル

ダブ・デュアーギル。 彼はある都市において、 処刑人の一族として生まれた。 処刑人とは、 往々にして嫌われるものだ。 多くの文化圏において、 死に近いものは 穢れているとされてきた。 刑を執行する役人というのは、 それに加え、罪人とはいえ 人を苦しめ殺すことを仕事にしている。 好かれるものではない。 誰も、 彼とその家族に近づきたがらない。 穢れが感染ってはいけないからだ。 そこまで強いあたりはないものの、 しかし周囲から滲み出る 嫌悪感は少しずつ家族の精神を 削っていった。 幸いなことに、 ダブは周りの言葉など 気にしないたちだった。 いくら陰口を叩かれようが、 どこ吹く風。 父から処刑人の妙技を習い、 順当に職に就き、 斧を振って首を落とす。 縄で締めて息の根を止める。 普通の処刑人となった。 人を殺すのは、疲れる。 ダブは鈍感な方だったが、 それでも何百と斧を振ると、 自分が手を下したという事実について 考え始めてしまう。 自身は刑法に従っている。 間違ってなどいない。 だというのに、 罪悪感が拭えない。 罪の意識を感じるべきは罪人だろうに。 こんなものを、罪人を処刑する立場の 自分が感じるなど、筋違いだろうに。 考えるほどに、苦しくなっていく。 彼はそれについて想うことを 止めるよう努力した。 彼は神に祈る。 私は決して、悪いことはしていないと。 …そんなことをしても、 罪悪感が晴れることはなかった。 ある日、酒で忘れようと思い立ち、 彼は酒場へと寄った。 いつもなら買ってきた酒で 済ますのだが、この日はあいにく 切らしており、行きつけの店も 開いていなかったのだ。 そこで彼はあるものを見る。 仕事が成功したとかで、 祝っている集団だ。 詳細は聞こえなかったが、 大工の端くれたちらしく、 でかい案件が終わったらしい。 それで、楽しそうに バカ騒ぎをやっている、 というわけだった。 じっと、そいつらを見つめる。 酒を飲みながら、 吸い寄せられるように。 飲み終わって帰る時すら、 その日は何だか酔えた気がしなかった。 ずっと彼らのことが、 脳裏にベッタリと張り付いて取れない。 世界中を探したって、 自分ほど上手く 首を落とせる者はいないはずだ。 縛り首もそう。 苦痛なく意識を飛ばしてやれる。 だから、この仕事は自分に向いている。 …はずだ。 じゃあなんで自分はいつも、 意味の分からない 苦しみを抱えているんだ? 彼は結局、答えを出さない。 いつも通り、 神に祈って寝るだけだった。 明くる日。 今度の罪人は悪魔崇拝者なのだという。 神に反する大罪人であるそいつは、 枷に嵌められてなお、 不気味な笑みを浮かべていた。 「なあ。役人さんよ。  俺を殺すのかい。殺すんだよな?」 ダブはそれに応えない。 男はそれを、 肯定と受け取ったようだった。 「なら、良かったぜ。くく。  アンタにだって願いはあるだろう…  叶えられるぜ、きっとな…」 何の話だ。 訳がわからない。 しかし、ダブは聞き返さない。 いつも通り斧を構え、振って… 悪魔崇拝者の首を落とした。 「…ッ⁉︎」 じゅわり。 罪人の血が彼の手に飛び散った。 それは焼けるように熱く、 皮膚に紋様を描いたのち、 滲むように溶けて消えた。 家に帰った彼は、 多少違和感を覚えつつも、 神へ祈り、寝るつもりだった。 だがその日は、 いつも通りとはいかなかった。 寝苦しさを感じ、 意識が覚醒すると。 目の前に異形の存在がいた。 「ほう。お前が次の契約者か。  悪魔と会ったことはあるか?  いや、そんなことはどうでもいいな。  それよりも…」 取引だ。 「罪人の魂を分けてくれ。  代わりに、  何でも願いを叶えてやろう。」 悪魔はそう言った。 …私に叶えたい願いなどない。 あったとしても、 悪魔に叶えてもらう願いはない。 ダブはそう言おうとした。 そこではたと、思ってしまった。 あの苦しみを無くしたい、と。 「願い。 願いか。」 「今の仕事自体に、私は文句はない…  だが。」 「私はもっと、  前向きな気持ちで仕事に  取り組みたいと思っている。  …漠然とした願いだが。  これは叶えられるか?」 「ああ、叶えられるとも。」 そう言うと悪魔は、 ダブの額に手をやった。 強い光が見え、 何か決定的なものが変わった気がして… 気づけばダブは、 ベッドで気絶していたようだった。 既に朝日が昇っている。 …あの悪魔は夢だったのか? 体の調子を確かめてみるが、 異常はない。 首を傾げながらダブは、 今日の仕事へと向かった。 いつも通り、処刑台へ相手を乗せる。 斧を構えて宣告が終わるのを待った。 ベラベラと長ったらしいんだよ。 さっさと言い終われこのウスノロが。 頭の中で、そんな言葉が踊る。 …? 今のは何だ。 いつもの自分であれば 考えもしない言葉が浮かんでくる。 私は。 私は処刑人として、 罰を与えることこそ至上。 我はそう考えている。 私は仕事に誇りを持っている。 我は罰を与えるのが好きだ。 私は…違うぞ! 分かった! 我は! 今この瞬間に生まれ変わった! 「はっは…! あっはははははは!!」 振り上げた斧を、 罪人の首へ叩きつける。 ああ、角度が悪かった。 上手く取れない。 興奮で手が強張っている。 周りがギョッとしている。 知ったことか。 2回目の振り。 ぶちりと快音が鳴って、 罪人の首が転げた。 なんだ、これは… この、体の芯から 広まるような充足感は! もはや彼は苦しみなどなく、 むしろ悦びこそを感じていた。 そうだ!これだ! 我が求めていたものは‼︎ 「どうだ。気に入ったか?」 「ああ…ああ!これはいい、  いいものだ!」 いつの間にかに現れていた悪魔へ 疑問を持つこともなく、 彼は首肯する。 そして、 「罪人を地獄へ送る  仕事をしてみないか」 という悪魔の提案に、 ダブは一も二もなく 飛びついたのだった。 処刑場にて、裁判が開閉される。 罪状は明かされず、 刑のみが明かされた。 地獄刑。 地の底より開いた門が、 述べ134人の人間を飲み込んだ。 「ははは…!  これからもっと良くなるぞ。  そんな気がする。」 「罰を与えてやろうじゃないか、  君たちに!  原罪でも、性悪説でも何でもいい。  その罪を以て、  我に罰を!与えさせろ!」