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【はじまりの天使】夢罪(むつみ)

この世界には、神さまがいる。小さな村の外れにある祠に、ずっと祀られている天使の神さま。世界を一度終わらせて、もう一度創り直した存在だと、みんなは信じている。私はその神さまのことをよく知らない。でも――少しだけ、懐かしい気がした。 私は、約束をした。大切な人と。「また会おうね」って。だから私は、ずっと探している。どこにいるかもわからないその子を、世界中を歩きながら。理由なんて、それで十分だった。 やっと見つけた。あの子によく似た女の子。初めて会ったはずなのに、胸がぎゅっと締めつけられる。「……どこかで会ったことある?」そう聞かれて、私は少しだけ笑った。「うん、そんな気がする」 一緒に過ごす時間は、あっという間だった。笑って、話して、何でもないことで笑い合って。それだけでよかった。それだけで、幸せだった。 ――だから。その子が、目の前で倒れた時。私は、何も言えなかった。「……え?」声が出ない。手を伸ばしても届かない。その体は、少しずつ冷たくなっていく。 その瞬間、何かが壊れた。違う、違う、違う。「こんなの……初めてじゃない」 頭の奥に、知らないはずの記憶が流れ込んでくる。同じように笑っていたこと。同じように話していたこと。同じように――失ったこと。何度も。何度も。何度も。 「……なんで……」私は思い出す。約束なんて、していない。 あの子が最初に死んだあの日。私は、受け入れられなかった。ただ、それだけだった。天使は本来触れてはいけないものに触れた。魂。記憶。運命。そして私は願った。「もう一度、会いたい」 それが、すべての始まりだった。 あの子は死ぬたびに生まれ変わる。記憶を持ったまま。そして、必ずまた死ぬ。私は、それを繋ぎ止めた。終わらせないために。それが何を意味するのかも考えずに。 「……私が……やったの……?」震える声で、自分に問いかける。答えは、もうわかっていた。 私は耐えられなかった。だから――自分の記憶を消した。約束をしたことにした。再会を信じていることにした。罪から、逃げるために。 「……ごめん……」腕の中で、その子がかすかに笑う。「それでも……あなたと出会えて、幸せだった」 どうして。どうしてそんなことを言うの。 私は、何度も同じことを繰り返した。出会って、笑って、そして、見送る。終わらない。終わらせられない。それでも私は、やめなかった。 「終わらせる方法を見つける」 そのためだけに、生き続けた。 どれだけ時間が経ったのかわからない。何百年、何千年。気づけば、私は天使ではなくなっていた。神になっていた。 その時、ようやく理解する。村で祀られていた神さま。あれは――私だった。最初から、そこにいた。全部、繋がっていた。 私は、時間を遡る。行き先は決まっている。あの日。すべてが始まった場所。 そこには、まだ何も知らないあの子と、何もしていない私がいた。 私は、静かに手を伸ばす。もう、間違えない。 彼女の“死ぬ運命”を消す。 そして、自分の存在を書き換える。天使を捨てる。神も捨てる。ただの人間になる。全部、終わらせるために。 世界は、静かに変わった。 あの子は死なない。呪いも存在しない。何もかもが、最初からなかったことになる。 その日。あの子が、少しだけつまずいた。 私は、反射的に手を掴む。 「大丈夫?」 あの子が、私を見る。 「……ありがとう」 その目を見た瞬間、胸が少しだけ痛んだ。 「どこかで会ったことある?」 私は少しだけ笑う。 「ううん。でも……そんな気がする」 これが、最初の出会い。本当の、はじまり。 村には今も、神さまが祀られている。でも、その神はもういない。それでもいい。 私はここにいる。 今度は、ちゃんと最初からやり直せるから。