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【満月の勇者】ネル・メルモアシュ

満月の勇者 ネル・メルモアシュ ◯ある人物の日記 市井において、 彼女は月に見出され勇者となったと 噂されている。 …上記は事実では無い。 我が国において勇者とは、 【太陽の勇者】ただ1人を 指す言葉であった。 満月の勇者など、 後から作られた紛い物に過ぎない。 力の差を見れば明らかな事だろう。 紛い物の月は、 勇者に比べ遥かに弱い。 聖剣による癒しの力もなく、 復活の力も持たず。 ただ殺すしか能がない。 そのくせ、 その得意も勇者に劣っている。 対軍隊・対国家などというのは ただのこじつけだ。 その程度、勇者にも同じことができる。 確かに勇者は魔物に対して 特に力を発揮するが、しかし それは戦争が苦手だということを 意味しない。 勇者とは古よりこの国の危機に生まれ、 幾度もの戦争に単騎で挑み、 その全てにて勝利を収めてきた 希望そのものである。 対軍隊・対国家などという文言は、 紛い物の月とそれを 作り出したものらが、 勝てる所の無いなりに 絞り出した、虚構の長所なのだ。 人の身で神の御業を真似たところで、 劣化品にしかならないのは 分かりきったことだったろうに。 模造品を作ろうなど、 なんとも罰当たりで、 更にはとても、愚かなことだ。 ああああああ なんで私はこんなものを、 こんなものの製造に協力したのだ? 下らない下らない下らない ただの劣化物、それだけなら良い。 精神汚染だと? ふざけているのか? なぜそんな狙い澄ましたかのように 国家転覆を起こせる力を得ているんだ 更に意味が分からんのは 王宮の対応だ! なぜこんなものを、 勇者と同等に扱うなどと!! 気でも狂ったのか!? 気でも 気が 乱心かと いや なぜ なぜ私は、夜空に輝くあれが 本物の月だと? (以降、日記には 乱雑に走らせたインク跡のみが 書かれていた。筆者の身に 何があったかは不明である。) __________________ カッ、コッ、コッ。 静かな王宮内に、踵を蹴上げるような 軽い足音が響いている。 そこに一つ、足音が近づいていた。 「おい、ネル。」 「ん?」 いつもより軽やかに歩くネルへと 話しかけたのは、 太陽の勇者、グレコだった。 「今日はやけに嬉しそうだが。  何かあったのか?」 「…おお。分かるものか?」 僅かに目を見開いたネルは、 ずい、とグレコに近づいた。 対してグレコは渋面である。 「言うな。話しかけておいて何だが  何やら長くなりそうだ。ではな。」 「待て、話ぐらい聞いていけよ太陽。」 がしり、とグレコの腕が掴まれる。 彼の力によって、 掴んだネルの肉が焼け爛れた。 「痛いぞ太陽。止まれ。」 「お前が離せば万事解決だろうが。」 「そうか、では望み通り話してやろう。  あれは昨日のこと___」 「手を離せと言っている…」 グレコは溜息をつく。 またどうせ牛乳にレモンをかけたら ヨーグルトになっただの、 卵を酢に漬けると殻が透明になっただの 変な雑学を流し込まれるのだろう。 今度はなんだ。 コーヒーの豆を埋めたら 芽が生えたとかか。 「長年恨んでいた者を  遂に始末できた。」 「………殺したのか?」 グレコの目が鋭くなる。 陽の力が昂まり、 彼を掴んでいたネルの手が 火を吹き出した。 焼けた肉の匂いが、辺りに充満する。 「いや。くるくるぱーにしてやった。」 「……そうか。なら、いい。」 恐ろしいまでに 張り詰めていた気配は静まり、 グレコはネルから目を逸らした。 「意外だな、我らが太陽さま。  怒らないのか?」 ああ、と彼は頷く。 「お前がそうもハッキリと  恨んでいたと言う存在ならば、  相当な悪人であろうしな。  殺していないのなら、  俺は気にしない。」 彼は自身の腕を捻ると、 焼け焦げたネルの手を外した。 「すまん。忘れていた。」 「使え。」 懐を探り、ぽい、と包帯を投げ渡す。 ネルは受け止め、 しかしそれを巻こうとはしない。 「…片手だぞ。  やりにくい、おまえが巻いてくれ。」 「断る。下手に触れれば  更に焼けるだろうが。」 「いいだろ。  どうせ後で直してもらうんだ。」 ほれ、早く。 ネルはそう言って、包帯を投げ返した。 グレコは3秒の熟考ののち、 巻くことに決めた。 焼けた原因には 彼自身も含まれるのだから、 責任は取るべきだという 意識が決め手である。 …………………………………………………………… 生の力を司るのが太陽とするならば、 対する月が司るのは死の力。 その力を存分に振るうことのできる ネルは、既に死した存在だ。 人の理より外れた彼女は、 大枠で言えば魔物に該当するのだろう、 グレコの力を受ければ焼け爛れ、 彼の治癒すらも毒となる。 通常の治癒も効かないため、 彼女の治療は修繕師に 頼らなければならなかった。 …………………………………………………………… 「太陽おまえ…下手だなあ…」 しばらくして。 包帯の化け物みたいな 見た目の手が完成していた。 隙間なくグルグル巻きにされ、 そのせいで大きく膨らんでいる。 「…専門外だ。いいからさっさと  治しに行け。」 「……まだ話し足りない。」 ネルは今のもの以外にも、 複数の話題を持ってきているらしい。 話したくてうずうずしているが、 グレコは付き合えるか、と考えていた。 「サンのやつに話せばいいだろう…」 「あいつはいま反抗期真っ盛りだぞ。  話しても無視される。つまらん。」 「ではお前の従者にでも話せ。  いただろう、月夜の兵どもが。」 「もう話した。  褒め称えられたぞ。ついでに  新しい讃美歌を作ってもらった。」 「相変わらずお前のところは…  変わっているな。」 踵を返し、グレコは歩き始める。 「ではな。その話というのは、  次の機会にでも聞くとしよう。」 「……分かった。次までに  いっぱい用意しとくな。」 「おい増やすなよ?  流石に付き合いきれんからな。」 グレコが言い終わる前に、 ネルは走り去っていた。 次の時には何を話そうか、 そんなことを考えながら、 彼女は傷を治しに、 修繕師の下へ向かうのだった。