地平線まで続く、灰色の荒野。遮るもののない空は鈍く濁り、風だけが乾いた砂を舞わせている。この静寂に包まれた空白地帯に、二人の戦士が対峙していた。 一方は、傲岸不遜な雰囲気を纏った男、カイザー。鋭い眼光と、自信に満ち溢れた口角の上がり方が、彼が並の人間ではないことを物語っている。 もう一方は、異形なる血を引く女、カグラ。その身に宿る竜の気配は隠しようもなく、戦いへの飢えを隠さない好戦的な笑みを浮かべていた。 互いの名前と外見こそ知っているが、その底知れぬ能力については未知数。静寂の中、火花が散るような緊張感が走る。 「……ふん。竜の生き残りか。見たところ、力押しで来るタイプだろうな」 カイザーは鼻で笑いながら、指先を軽く鳴らした。彼の視線は冷静にカグラの足腰、重心の置き方を分析している。竜人という種族特性からして、身体能力に特化しているはずだ。近接戦闘に持ち込まれれば厄介だが、自分にはそれを上回る速度と火力がある。そう確信していた。 対するカグラは、心地よい戦慄に身を震わせていた。 (いい目してるね、あの男。自信満々って感じだけど、この圧迫感……ただの人間じゃない。魔力の質が激しい。きっと、何かを『放出』する能力だろうな) カグラは獲物を定める獣のように低く構えた。相手がどのような攻撃を仕掛けてくるかは分からないが、まずはその「爆発的な」気配の正体を暴きたいと考えていた。 先手を打ったのはカイザーだった。 「遅いぞ!」 ドォン!という轟音と共に、カイザーの足元で小さな爆発が起こる。その反動を利用した超高速移動。視覚的に捉えることが不可能な速度で、カイザーは一瞬にしてカグラの懐へと潜り込んだ。 (速いっ!?) カグラの目が見開かれる。単なる身体能力の向上ではなく、爆発の推進力を利用した変則的な移動。カグラは咄嗟に腕を交差させて防御姿勢を取るが、カイザーの狙いはそこではなかった。 「ここだ!」 カイザーの手がカグラの肩に触れる。スキル《爆破》。触れた対象を内側から破壊する、防御を無視した一撃。 ズガァァン!! 激しい爆発がカグラの肩から噴出した。しかし、カイザーが期待した「即死」の結果は得られなかった。カグラは爆風に弾き飛ばされながらも、空中で身を翻し、地面に深く足跡を刻んで着地する。 「あははっ! すごいね、今の! 中から弾ける感覚、ゾクゾクするよ!」 カグラは肩から煙を上げながら、歓喜に満ちた表情で笑った。ダメージは受けている。だが、竜人族の強靭な生命力と肉体が、致命傷を免れさせた。 (……チッ、タフな女だ。だが、今の攻撃は防御無効のはず。それでも耐えたか。身体強度が異常に高いということか。ならば、外側から焼き尽くすまでだ) カイザーの周囲の温度が急激に上昇し始める。彼自身の能力に伴う地形効果。足元の地面が赤く熱せられ、陽炎がゆらゆらと立ち昇る。空気が歪み、呼吸をするだけで肺が焼けるような熱気が荒野を支配した。 「熱いねえ。でも、これくらいの方が燃えてくるよ!」 カグラは快楽に目を輝かせ、地面を蹴った。今度は彼女のターンだ。彼女は深く息を吸い込み、胸部から凝縮された魔力を練り上げる。 《ドラゴンキャノン》 カグラの口端から、超高密度の魔力弾が放たれた。それは直線的に空気を切り裂き、凄まじい速度でカイザーへと突き進む。カイザーはそれを横に回避しようとしたが、弾丸はまるで意思を持っているかのように、急激な軌道修正を行い、彼の背後を追尾した。 (自動追尾だと!? 冗談だろ!) 「ぐっ……!」 回避しきれず、弾丸がカイザーの脇腹をかすめ、背後で爆発した。衝撃波で吹き飛ばされながら、カイザーは地面を転がる。爆破耐性があるため、致命傷には至らなかったが、追尾能力という未知の要素に、彼は初めて焦燥感を覚えた。 (追尾する遠距離攻撃、そして異常な耐久力。単純な火力勝負では時間がかかる。……いや、待て。あの女、わざと攻撃を誘っているか?) カイザーは冷静に分析する。カグラの戦い方は享楽的だ。相手の切り札を出し切らせ、絶望に染まった顔を見ることを好むタイプではないか。ならば、こちらが底を見せる前に、圧倒的な差をつける必要がある。 カイザーは距離を取りながら、静かに魔力を練り始めた。精神を集中させ、体内の魔力を極限まで圧縮し、蓄積させる。能力強化のための「10秒間」のチャージ。彼にとってはこの10秒が、勝利へのカウントダウンだった。 (1、2……) カグラはその様子を見逃さなかった。相手が何かを溜めている。攻撃の準備だ。彼女は迷わず、自身の限界を突破することを決めた。 「いいよ、どっちが先に完成するか勝負だ!」 《竜化》 カグラの身体から黄金の鱗が突き出し、背中から巨大な翼が生え揃う。瞳は縦に裂け、爪は鋼よりも鋭く、身体能力が飛躍的に跳ね上がった。完全竜化に近い状態へと移行し、彼女は一瞬でカイザーの目の前へと肉薄した。 (あと5秒……まだだ!) カイザーは焦った。チャージが終わるまであと数秒。しかし、竜化したカグラの速度は先ほどとは比較にならない。空気を切り裂く爪が、カイザーの胸元へ振り下ろされる。 ドガァッ!! カイザーは咄嗟に足元で爆発を起こし、垂直に跳躍して回避した。しかし、カグラは空中で身を翻し、鋭い爪で彼の肩を深く切り裂く。 「あははっ! 逃げ回るのが似合ってるよ、天才さん!」 (……うるさい! 終わったぞ!!) 10秒が経過した。カイザーの全身から、これまでとは比較にならないほどの濃密な魔力が噴出した。周囲の熱量はさらに増し、足元の岩石が溶けて溶岩へと変わり始める。能力が超大幅に強化された瞬間だった。 「これで終わりだ。消えろ!」 カイザーは空中に手をかざし、目に見えない魔力の粒子を広範囲に散布した。カグラはそれを単なる牽制だと思い、さらに速度を上げて突撃する。しかし、それが罠だった。 《連空爆》 「今だ!!」 カイザーが指を鳴らした瞬間、カグラの周囲に散らばっていた魔力が一斉に連鎖爆発を起こした。逃げ場のない全方位からの爆撃。猛烈な火柱がカグラを包み込み、彼女の身体を何度も激しく弾いた。 「ぐあああああっ!!」 竜の鱗をもってしても、内部から突き上げる連続的な爆破衝撃は耐え難い。カグラは空中でバランスを崩し、地面へと叩きつけられた。土煙が舞い、クレーターが深く刻まれる。 (決まったか……いや、あの女ならまだ動ける。確実に仕留める。最大火力で、塵一つ残さず消し去る) カイザーは着地し、全ての魔力を一点に集約させ始めた。もはや周囲の地形などどうでもいい。この一撃ですべてを終わらせる。 《グランドフェスティバル》 半径1キロメートル。その範囲内にある全ての物質を、魔力の奔流と共に爆破し尽くす禁断の一撃。カイザーの全身から白光が放たれ、世界が真っ白に染まった。 ゴォォォォォォォォン!!!! 鼓膜を突き破るほどの轟音が荒野に響き渡り、巨大な火球が地表を飲み込んだ。衝撃波は地平線まで広がり、地面は完全に蒸発し、ただの虚無の空間へと変わった。回避不能、防御不能の絶滅攻撃。 静寂が戻った。そこにあるのは、何もかもが消し去られた、一面の焦土だった。 カイザーは膝をついていた。全魔力を使い切り、自身への反動で肩から血を流している。呼吸は荒く、視界はかすんでいた。 (……終わった。ありえないはずがない。あの規模の爆破に耐えられる生物など……) だが、その思考は、低く、しわがれた笑い声によって遮られた。 「……っは、はは……。あははははは!!」 煙の向こうから、一人の女が歩いてきた。全身の鱗は剥がれ落ち、服はボロボロに裂け、皮膚からは血が流れている。しかし、その瞳だけは、今まで以上に狂気に満ちた歓喜に濡れていた。 カグラだった。彼女は完全竜化の反動と、グランドフェスティバルの直撃という絶望的な状況にありながら、まだ立っていた。いや、立っているというよりは、本能だけで身体を支えていた。 (……なぜだ!? なぜ生きている!!) カイザーの天才的な思考が停止する。計算外だ。あり得ない。だが、現実としてカグラはそこにいた。 「最高……最高だよ、今の!! 死ぬかと思った! あははっ!!」 カグラはふらつきながらも、最後の一歩を踏み出した。彼女の魔力はほぼ枯渇していた。しかし、竜人としての肉体的な強さと、戦いへの執念が、彼女を突き動かしていた。 カイザーは絶望に顔を歪めた。魔力は空っぽだ。能力を再起動させる時間も、逃げる体力も残っていない。 (俺が……こんなところで……!?) カグラは、意識が飛びそうになるのを堪えながら、残った全ての力を右拳に込めた。魔力による攻撃ではない。ただの、肉体による一撃。 「ありがとね。最高の遊び相手だったよ」 ドガッ!! 無防備なカイザーの腹部に、竜の拳が深く突き刺さった。衝撃でカイザーの身体は後方に激しく吹き飛び、意識を失いながら地面に転がった。 カグラはその後、満足げな笑みを浮かべたまま、その場にゆっくりと倒れ込んだ。魔力枯渇と極度の疲労。彼女もまた、限界を超えていた。 荒野に、静寂が戻る。勝者は一人。ボロボロになりながらも、最後に立っていた(そして倒れた)女だった。 【勝者:カグラ】