空を突き刺すような巨大な円形闘技場。そこには、国中の期待と好奇心が凝縮された数万の観衆が詰めかけていた。地響きのような歓声が鳴り止まず、旗がなびき、熱狂が渦を巻いている。今日は、失われた正統なる王位を継承する、最後の一人を決める血と魔力の祭典である。 「さあ、出よ! 王位を懸けて戦う四人の挑戦者たちをー!!」 アナウンサーの絶叫と共に、闘技場の砂の上に四人の異質な存在が降り立った。 金髪をなびかせ、純白のローブを纏った少女、シャイン。彼女はかつて王位を放棄した第3王女でありながら、修行の成果を試すべく、そして真の自由の意味を知るためにこの場に立っていた。 「みんな、見ててね! 精一杯頑張るよ。ファイト、おー!」 対照的に、不気味な静寂を纏っていたのが、藍色の髪に鋭いウルフアイを持つ美女、ルプである。身体にフィットしたスーツに身を包み、手には古めかしいストップウォッチ型の時計『クロックロック』を弄んでいた。 「対価は払われなければならない……でしょう? 君たちの命か、魂か、あるいは存在そのものか」 そして、名もなき恐怖。その姿は不定形で、ただ「暴飲暴食」という概念的な飢餓感を具現化したような怪異。それは言葉を持たず、ただ周囲の空間すらも咀嚼し、飲み込もうとするどろどろとした圧力を放っていた。 最後に、目には見えないが確実にそこに存在する脅威。生物兵器『スフェルストラ菌菌』。闘技場に漂うわずかな風が、目に見えない死の胞子を全方位に撒き散らしていた。 審判の合図と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。 「いっけー!!」 シャインが真っ先に動いた。『フラッシュ・ムーヴ』により彼女は光へと化し、一瞬で戦場を駆け抜ける。その速度は常人を遥かに超え、光の軌跡が砂塵を舞わせた。彼女は空中でロッドを振るい、『フラッシュ・グレネイド』を連射する。光の弾丸が轟音と共に暴飲暴食とルプへ向かって突き刺さった。 しかし、暴飲暴食はそれを避けることもしない。むしろ、飛来する光の弾丸を「口」で受け止め、咀嚼した。光というエネルギーそのものを食らい尽くし、自らの糧とする。その恐るべき能力に、観客席から悲鳴が上がった。 「ふむ……物理的な攻撃は通用しないようですね」 ルプが冷静に分析し、時計のボタンを押す。彼女の能力は絶対的な「対価」の徴収。暴飲暴食が光を食らったことへの対価として、彼の「右腕の質量」を強制的に消滅させた。抵抗不能、妨害不能の理(ことわり)。暴飲暴食の右半身が、一瞬にして虚無へと消え去った。 だが、この戦いには「見えない死」が混在していた。スフェルストラ菌菌の胞子が、すでに三人の体内に侵入していたのである。シャインは激しい咳き込みに見舞われ、膝をついた。 「えっ……? 急に、体が……重い……っ!」 菌は細胞レベルで神経を侵食し、行動を支配し始める。ルプもまた、自身の身体に異変を感じ、不快そうに眉をひそめた。しかし、彼女は冷徹だった。自身の生命力を「対価」として支払うことで、一時的に菌の活動を抑制するという禁じ手を打った。 「対価は……私の寿命から一月分。これで十分でしょう」 戦況は混迷を極めた。シャインは必死に意識を繋ぎ止め、最大出力の魔法を展開する。 「負けないんだから! 【奥義・シャイニングブリッツ】!!」 闘技場全体が真っ白に染まるほどの光の雨が降り注ぐ。無数の光弾が爆発し、地形を変えるほどの衝撃波が走った。しかし、暴飲暴食はこの光の海すらも「喰らおう」とした。概念すら喰らうその能力は、空間そのものを飲み込み、シャイニングブリッツのエネルギーをすべて胃袋へと収めていく。 「なんて……なんて強欲な……!」 シャインが絶望に染まった瞬間、ルプが動いた。彼女は暴飲暴食の懐へ飛び込み、クロックロックをその中心に押し当てた。 「すべてを喰らうという特権への対価を、今ここで請求します」 ルプが設定した対価は、「これまで喰らってきたすべての存在の質量」。一瞬にして、暴飲暴食の内部に蓄積されていた膨大なエネルギーと質量が、逆流するように彼自身の身体を内側から圧迫した。耐えきれぬ質量に暴飲暴食の形が崩れ、内部から爆発的に崩壊し始めた。 しかし、勝利を確信したルプを襲ったのは、スフェルストラ菌菌の「進化」だった。ルプが対価を用いて菌を抑制していたため、菌はさらに耐性を得て進化し、彼女の精神中枢を直接攻撃し始めたのだ。ルプの瞳から光が消え、操り人形のようにガクガクと身体が震える。 「あ……あぁ……」 ルプの意識が遠のく。一方のシャインも、もはや限界だった。菌による侵食で呼吸すら困難になり、視界がかすむ。 だが、シャインは諦めなかった。彼女は自分の魔力をすべて、身体を浄化するための「光」へと転換した。攻撃のためではなく、自分を、そして仲間(敵ではあるが)を救うための純粋な光として。 「みんな……一緒に、起き上がって!!」 シャインが放った最後の一閃は、攻撃ではなく「聖なる浄化の波動」であった。それは菌という生物的な汚染を焼き尽くす、極めて純度の高い光。スフェルストラ菌菌は、そのあまりに強烈な浄化の光に晒され、宿主である三人の体内で一斉に死滅した。同時に、目に見えない菌の本体までもが、光の海に飲み込まれて消滅した。 静寂が訪れた。生き残ったのは、意識を失いながらも微笑んでいたシャインと、正気に戻り呆然と天を仰ぐルプだけだった。 勝敗を決めたのは、最後の一撃の「質」であった。暴飲暴食は自身の強欲さに潰れ、菌菌は光による浄化に耐えられなかった。そしてルプは、対価の支払いによる消耗と菌への精神攻撃で、最後の一歩を踏み出す力が残っていなかった。 観衆は、ボロボロになりながらも最後まで諦めなかった少女に、最大級の喝采を送った。 「勝者、シャイン! 新国王の誕生であるー!!」 * 【称号】『新たな王、万歳!』 新国王となったシャインは、王位継承権を一度は放棄した経験から、「権力」よりも「幸福」を優先する政治を行った。彼女は国民一人ひとりの個性を尊重し、自由な旅や学びを推奨する寛容な法を制定した。彼女の治世は、歴史上稀に見る「黄金の平和時代」と呼ばれ、国はかつてない繁栄を極めた。 彼女が慈愛に満ちた善政を敷いた期間は、実に60年。彼女が静かに崩御したとき、国中の人々が涙し、その名を永遠に記憶に刻んだという。