深い緑に包まれ、外界の喧騒が届かぬ静謐な森。そこには古より魔女の一族が守護し続けてきた聖域がある。木々の隙間から差し込む陽光が、苔むした岩や色鮮やかな花々を照らし、心地よい風が葉を揺らしていた。 その森の奥深く、一族の伝統を色濃く残す屋敷のテラスで、二人の少女が向かい合っていた。一人は、白髪を高い位置で結ったツインテールが特徴的な、十三歳の少女リリス。もう一人は、同じく白髪に赤き瞳を持ちながらも、その佇まいに大人の気品とどこか儚さを漂わせる十八歳の少女、リリエルである。 リリスは、愛用の黒樹の杖を傍らに置き、不機嫌そうに頬を膨らませていた。彼女が身に纏う魔女のドレスは、この森の調和を象徴するように精巧に仕立てられているが、その表情は決して調和とは程遠い。 「……もう、信じられないわ。どうしてあんな場所に行かなければならなかったのよ」 リリスが吐き捨てるように言う。彼女が指しているのは、先日、一族の付き添いで訪れた人間の街のことだ。リリスにとって、外の世界は好奇心に飢えた「観光客」という名の野蛮人が跋扈する地獄に等しい。 「あら、リリス。そんなに怒らなくてもいいじゃない。街の市場には、あなたの好きな珍しい魔導書や、綺麗なリボンがたくさんあったでしょう?」 リリエルは穏やかな笑みを浮かべ、ティーカップを口に運んだ。彼女は王国より騎士に叙任された一族の当主であり、リリスにとっては敬うべき姉のような存在だ。その身に纏うバトルドレスは、騎士としての規律と魔女としての神秘性が同居しており、彼女の青白い肌をより際立たせていた。 「リボンなんてどうでもいいわ! それより、あの……あの人たちの目よ! 私を見た途端に『可愛い魔法少女だ』なんて、失礼極まりないわ! 私は由緒正しき魔女の一族の麒麟児なのよ。あんな安っぽい肩書きで括られるなんて、耐えられないわ!」 リリスはガバッと身を乗り出し、身振り手振りで憤りを表現する。彼女にとって、自分の出自と誇りは何よりも重要だ。それを、単なる「見た目の愛らしさ」で片付けられることは、彼女の自尊心にとって最大の屈辱だった。 「ふふっ、確かにリリスはとても可愛らしいもの。街の人たちがそう思うのも無理はないわ」 「っ! あなたまでそういうことを言うのね! リリエル姉さまは甘すぎるわ!」 リリスは顔を真っ赤にして、ぷいと横を向いた。しかし、その視線は決してリリエルを拒絶しているわけではない。彼女は深い警戒心をよそ者に抱いているが、血を分けた家族、そして信頼する当主であるリリエルにだけは、その強固な心の壁を僅かに緩めていた。 リリエルは、そんなリリスの様子を慈しむように見つめていた。彼女は騎士として、また当主として、常に責任ある振る舞いを求められている。魔物の血に侵され、内側から蝕まれる苦痛を抱えながらも、彼女は決して弱音を吐かない。ただ、時折見せる寂しがり屋な一面が、彼女の人間らしさを物語っていた。 「でも、リリス。外の世界を知ることは、あなたにとっても大切な経験になると思うわ。いつかあなたがこの森を守る役割を担うとき、外の人間が何を考え、どう動くかを知っていることは、きっと強みになるはずよ」 「……理屈っぽいわね。私はただ、あの、いきなり肩を叩かれたり、変な機械(スマホ)を向けられたりするのが嫌なだけ。あんなもの、古魔法で消し飛ばしてやりたかったわ」 リリスが不機嫌そうに指を鳴らすと、小さな火花がパチリと弾けた。超精密な制御を誇る彼女の炎魔法は、指先にさえ完璧な形を持って現れる。 「ダメよ、リリス。街中で魔法を使うのは禁止と言ったでしょう? もし騒ぎになれば、騎士団の私の立場も悪くなってしまうわ」 リリエルが困ったように眉を下げると、リリスは「ちぇっ」と舌打ちをした。しかし、リリエルが少しだけ寂しげな表情を見せたことに気づくと、リリスの態度は急激に変化した。彼女はツンとした態度を崩さないまま、そっとリリエルの袖を掴んだ。 「……まあ、いいわ。あなたが困るっていうなら、今回は我慢してあげたわ。感謝しなさいよね」 「ありがとう、リリス。あなたには本当に助けられるわ」 リリエルは優しく微笑み、リリスの頭を撫でようとした。しかし、リリスは素早くそれをかわし、わざとらしく咳払いをした。 「な、なによ! 子供扱いしないで! 私だってもう立派な魔女なんだから!」 「あら、まだ十三歳でしょう?」 「うるさいわね! 精神年齢はあなたより上よ!」 そんなやり取りをしながら、二人は静かな時間を過ごす。リリエルは、自分の身体を蝕む魔物の血による鈍い痛みを、内なる浄炎で癒し続けていた。彼女にとって痛覚が鈍いことは戦いにおいて利点となるが、同時にそれは、自分が人間から遠ざかっていることの証明でもあった。 ふと、リリエルが遠くの森の境界線に目を向けた。 「最近、境界付近に魔物の気配が増えているわね。リリス、あなたに警備を手伝ってもらってもいいかしら。もちろん、観光客が迷い込んでいないかも確認してね」 「また観光客!? 最悪だわ……。でも、仕方ないわね。この森を汚す不純物があるなら、私の黒樹魔法で根こそぎ追い出してあげるわ。あなたのサポートは私がしてあげるから、無理して前線に出なくていいわよ」 リリスはそう言って、自慢の黒樹の杖をしっかりと握りしめた。口では文句を言いながらも、その瞳にはリリエルへの深い献身と、彼女を支えたいという想いが宿っていた。リリエルは、そんなリリスの成長に、密かな喜びを感じていた。 「ええ、お願いね。リリスがいてくれると、本当に心強いわ」 「ふん、当然よ。私は一族の麒麟児なんだから」 リリスは得意げに胸を張り、リリエルを先導するように歩き出した。その背中はまだ小さいが、凛とした強さと、不器用な優しさに満ちていた。 森の木々が、二人を祝福するようにざわめいた。一人は誇り高き若き魔女、もう一人は孤独と責任を背負う気高き騎士。血の繋がりと、互いへの信頼で結ばれた二人の足跡が、深い緑の絨毯の上に静かに刻まれていった。 「あ、そうだリリス。帰ってきたら、街で買ったあの可愛いリボン、一緒に付けてみない?」 「……っ!! そんなの、絶対にお断りよ!!」 リリスの叫びが森に響き渡り、リリエルの楽しげな笑い声がそれに重なる。そんな日常こそが、この閉ざされた聖域における、何よりも尊い宝物であった。 【お互いに対する印象】 ■リリス → リリエル 「尊敬しているし、大切。でも、たまに世間知らずというか、お人好しすぎるところがあるから心配。それに、私のことを『可愛い』って言うのは禁止!……まあ、姉さまにだけなら、たまに甘えてあげてもいいけど」 ■リリエル → リリス 「とても誇り高くて、可愛らしい妹のような存在。ツンツンしているけれど、根はとても優しくて、私のことを気遣ってくれるのが伝わってくるわ。彼女が成長して、この森を、そして私を支えてくれる日が来るのがとても楽しみ」