果てしなく続く、灰色の荒野。空は低く垂れ込め、風一つない静寂が支配するその場所に、二人の少年が対峙していた。一人は、傲岸不遜なまでの自信を身に纏った少年、カイザー。もう一人は、自信なさげに肩をすくめ、どこか怯えたような瞳をした少年、マル。二人は互いの名と外見以外の情報を一切持たぬまま、この模擬戦闘の地に立っていた。 カイザーは不敵に笑い、対面に立つマルを値踏みするように眺めた。その視線は冷徹で、相手を「弱者」と断定している。対するマルは、カイザーから放たれる威圧感に気圧され、おどおどと後ずさりしていた。 (ふん、見たところただのひ弱なガキだな。戦うまでもなく、一撃で終わらせてやるよ) カイザーは直感的にそう判断した。マルの佇まいには武芸者の鋭さもなく、魔力の練り方も稚拙に見える。あるいは、能力など持たない一般人である可能性さえある。しかし、この模擬戦闘に呼ばれた以上、何らかの「仕掛け」があるはずだ。慎重に、だが効率的に仕留める。それが天才であるカイザーの流儀だった。 一方、マルは絶望していた。目の前に立つ少年は、自分とは正反対の「強者」のオーラを放っている。もともと友達が欲しいと願う心優しいマルにとって、戦いなど御免だった。だが、それ以上に恐ろしいのは、自分自身の「体質」だ。彼が誰かの近くにいれば、あり得ないはずの不幸が現実となる。相手が強ければ強いほど、あるいは運命が交錯すればするほど、その「災厄」の規模は跳ね上がる傾向にあった。 (お願いだ、すぐに終わってくれ。僕のせいで、この人がひどい目に遭わなきゃいいけど……) 静寂を破ったのは、カイザーの踏み込みだった。 ドォォン!! 凄まじい爆音と共に、カイザーの足元で小さな爆発が起きる。それを推進力とした彼は、視認不可能な超高速移動で瞬時にマルの懐へと潜り込んだ。空気さえも焦がす熱量。カイザーの周囲は既に超高温の状態にあり、荒野の地面がじりじりと焼け焦げ始めていた。 (遅い! 視認すらできていないな) カイザーは右手を突き出し、マルの胸元を捉えようとした。スキル《爆破》。触れた瞬間に内部から破壊する、防御不能の一撃。これで終わりだ。そう確信した瞬間だった。 ガキッ!! 不自然な音が響いた。カイザーの手がマルの衣服に触れる直前、地面から一本の鋭い岩の破片が、あり得ない角度で跳ね上がり、カイザーの手首を強打したのだ。何もない平坦な荒野に、突如として突き出した岩の破片。しかも、それがちょうどカイザーの攻撃軌道を妨害するように跳ね上がった。 「……なっ!?」 カイザーは反射的に手を引いた。手首に走る鈍い痛み。だが、それ以上に彼を驚かせたのは、あまりに「不自然な偶然」だった。風もないのに岩が跳ねるなど、確率的にあり得ない。 (今の……偶然か? いや、このガキが何か能力を使ったのか。不可視の弾丸か、あるいは地形を操作する能力か) カイザーの天才的な思考回路が高速で回転する。マルはただ呆然と口を開けて立っているだけだ。攻撃を仕掛けた様子はない。だが、あのタイミングで岩が飛んでくるなど、ただの偶然で片付けるには不自然すぎる。相手は「運」や「確率」を操作する能力者ではないか。あるいは、触れる前に何かを発生させる罠のような能力か。 「へへっ、面白い。単純なガキだと思っていたが、小細工ができるようだな」 カイザーは不敵に笑う。感情的に昂ぶるが、その判断力は冷静だ。接近戦で不確定要素があるならば、遠距離から焼き尽くせばいい。 カイザーは後方に飛び退きながら、右手を空に掲げた。空中に目に見えない魔力の粒子を散布する。スキル《連空爆》の準備だ。 (近づけば何か起きるなら、離れて一斉に爆破してやる。逃げ場などないぞ) 一方のマルは、パニック状態にあった。今の出来事は、彼にとって「いつものこと」だった。自分が誰かの近くにいるだけで、不運が舞い降りる。今のは、カイザーが攻撃してきたことへの「反動」のような不幸だったのだろう。マルは必死に叫んだ。 「こっちに来ないで! 危ないから、お願いだから離れて!!」 だが、その必死の訴えは、カイザーには「弱者の虚勢」あるいは「精神的な揺さぶり」にしか聞こえなかった。 「うるさいぞ! 泣き叫んで逃げ回れ! それが貴様に似合っている!」 カイザーが指を鳴らした。瞬時、空中に散らばった魔力が一斉に激突し、凄まじい連鎖爆発がマルを襲った。 ズガガガガガァァッ!! 空から降り注ぐ火の雨。荒野は一瞬にして地獄のような光景に変わり、爆風が大地を削り取る。しかし、その爆煙の中から、信じられない光景が現れた。 マルは、爆発の直前に偶然転んでいた。そして、彼が転がった場所には、奇跡的に巨大な岩の亀裂があった。爆風の大部分はその亀裂に吸い込まれ、マルは岩の庇に守られる形で、かすり傷一つ負わずに生き残っていたのである。 「…………は?」 カイザーの顔から余裕が消えた。今の攻撃は、回避不可能な範囲を網羅していたはずだ。それが、あんな間抜けな転倒によって、絶妙に死角に逃げ切ったというのか。 (あり得ない。計算が合わない。偶然でここまで生き残るなど、天文学的な確率だぞ……!) カイザーの思考に「疑惑」が混じる。この少年、単なる運が良いだけではない。周囲の事象を自分に都合よく、あるいは相手に不都合よく歪めている。もしそうなら、正攻法での攻撃はすべて「不幸な事故」によって無効化される可能性がある。 (いいだろう。ならば、確率さえも塗り潰す圧倒的な火力で押し潰すまでだ!) カイザーは地に足をつけ、深く呼吸した。魔力を溜める。10秒間。この間、彼は無防備になるが、それを補って余りある超強化を得る。周囲の温度がさらに上昇し、地面がドロドロに溶け始めた。熱気が陽炎となって揺らめき、荒野全体がオーブンの中にあるかのような錯覚に陥る。 1秒、2秒……。 マルは恐怖に震えながら、後ずさりしていた。しかし、彼が後ずさるたびに、周囲では奇妙なことが起き始めていた。空から突然、正体不明の隕石のような燃える石が数個、カイザーの足元付近に落下し始めたのだ。 ドォォン!! ドォォン!! (チッ! どこから降ってくる!? このガキ、無意識に天変地異を引き起こしているのか!?) カイザーは溜めている魔力を維持しながら、爆発的な脚力で隕石を回避する。しかし、そのタイミングで足元の地面が突如として陥没した。地盤沈下だ。何もない荒野で、ピンポイントに彼が足を置いた場所だけが崩落した。 「くそっ!!」 バランスを崩しかけるが、カイザーは天才だった。空中で体を捻り、爆発を推進力にして体勢を立て直す。同時に、10秒が経過した。能力が超大幅に強化された。全身から黄金色の爆炎が噴き出し、その威圧感だけで周囲の岩石が粉砕される。 (これで終わりだ。どんな不幸だろうと、半径1キロすべてを消し飛ばせば、逃げ場などどこにもない!) カイザーは最大最強のスキル、《グランドフェスティバル》を起動させた。全魔力を一点に集中させ、自分を中心とした半径1キロメートルすべてを爆破という概念で塗り潰す。回避不能、防御不能。存在すべてを消し去る絶技。 「消えろ!!」 閃光が走った。世界が白くなる。爆音さえも消えるほどの超高密度な爆発が、全方位に展開された。地面は蒸発し、空は裂け、あらゆる物質が原子レベルで分解されるほどの衝撃波が広がった。 カイザー自身も、この技の反動で激しいダメージを負う。だが、構わない。相手さえ消えていれば勝ちだ。 爆煙がゆっくりと晴れていく。中心地に立つカイザーは、肩で息をしながら、周囲を見渡した。そこには、1キロメートルに及ぶ巨大な円形のクレーターが出来上がっていた。何もかもが消え去り、ただの滑らかなガラス質の盆地へと変わっている。 (……終わったな) そう思った瞬間だった。 キィィィィィン!! 頭上で、耳を突き刺すような高周波の音が響いた。カイザーがゆっくりと空を見上げる。 そこには、見たこともない巨大な、正真正銘の「隕石」が、真っ赤な炎を纏って落下してきていた。しかも、それはあまりに巨大で、このクレーターごと、あるいはこの戦場全体を押し潰さんとする規模だった。 (……嘘だろ) カイザーの思考が停止した。今、自分は全魔力を使い切った。能力のクールタイムがあり、回避するための超高速移動すら使えない。そして何より、今の《グランドフェスティバル》という「最大級の破壊」を引き起こしたことで、マルの《不幸体質》が反応したのだ。 マルの能力は、周囲で起こり得る災厄を現実にする。カイザーが巨大な破壊を振り撒けば振り撒くほど、それに相応しい「等価の災厄」が引き寄せられる。全魔力を使い切り、世界を消し去ろうとしたカイザーに降りかかったのは、世界を終わらせかねない究極の不運だった。 「あ……あぁ……」 マルは、爆発の衝撃でどこかへ飛ばされていたが、偶然にもクレーターの縁にある小さな窪みに落ち込んでおり、奇跡的に生存していた。彼は空を舞う巨大な火の玉を見て、涙目で叫んだ。 「ごめんなさいぃぃーー!!」 ドゴォォォォォォォォォォン!!!!!! 天から降り注いだ究極の災厄が、疲弊しきったカイザーを正面から捉えた。爆炎が全てを飲み込み、荒野に巨大な衝撃波が走る。地響きが数百キロ先まで届き、空の雲が円状に吹き飛ばされた。 やがて静寂が戻ったとき、そこにはさらに深い、底の見えない穴が開いていた。 穴の底で、ボロボロになったカイザーが仰向けに倒れていた。全身に激しい衝撃を受け、意識は朦朧としている。死んではいないが、指一本動かす気力が残っていない。一方のマルは、幸運にも隕石の直撃圏外に弾き飛ばされており、泥だらけになりながらも、呆然と空を見上げていた。 (……負けた……。俺が……こんな、理不尽な……確率の化身のようなガキに……) カイザーは、かすかに笑った。天才である自分が、計算不能な「不幸」に敗北したことへの、奇妙な敗北感と納得感。彼はそのまま、深い眠りに落ちていった。 マルは、ゆっくりとカイザーの方へ歩み寄る。彼は恐る恐る、相手が生きているかを確認しようとした。 「あの……大丈夫ですか……? ごめんなさい、本当にごめんなさい!!」 その声に答える者はもういなかった。ただ、空からはまだ、小さな隕石の破片がパラパラと降り注いでいた。 【勝者:マル】」}<tool_call|>}token weight: 2158; result: {