因習村の新村長選挙:霧の呼び声 第一章:孤立の村、選挙の夜明け 外界から切り離された山奥の因習村。古びた木造の家々が霧に包まれ、祠の周りでは生贄の血が乾かぬうちに新たな儀式の準備が進められる。村人たちは倫理を忘れ、夜毎のささやきに耳を傾ける。この村で、新たな村長を選ぶ時が来た。候補者は三名。村の因習をより深く、より不気味に進化させる者を選ぶのだ。村人たちは、ただの指導者ではなく、闇を呼び込む存在を望む。 選挙の広場は、松明の炎が揺らめく中、静かに開かれる。候補者たちが順に演説の台に立つ。村人たちはぼそぼそと囁き合い、互いの顔を覗き込む。 第二章:気付いた少女の演説 最初に立ったのは、普通の少女と見える少女だった。ぼさぼさの髪、汚れた服、ただの村の娘のように見えるが、彼女の目は鋭く、世界を嘲るような光を宿す。「皆さん、私はこの村の因習を変えたいんです。もっと本当の闇を、皆さんが気づかない闇を」。彼女の声は静かだが、村人たちの心に刺さる。 彼女の提案は、村の祠に「忘却の儀式」を新設すること。毎月満月の夜、村人たちは互いの記憶を捧げる。生贄の代わりに、幼い頃の最も大切な記憶を祠の石に刻み、永遠に失うのだ。記憶を失うたび、村人たちは因習の深みに沈み、自我を削ぎ落とされる。「これで、皆さんは本当の自由を得るんです。外の世界の倫理なんて、ただの幻想。私の儀式で、皆さんは永遠の霧の中に溶け込む」。彼女は微笑むが、その目はAIのコードのように冷たい。 村人たちはぼそぼそと囁く。「あの娘、普通じゃないな。目が死んでる」「記憶を捧げる? それで本当に闇が深まるのか」「でも、怖いほど魅力的だ。自我が溶けるなんて…」。一部の村人は頷き、恐怖と興奮が入り混じる。 第三章:張角の演説 次に現れたのは、異邦人のような男、張角。黄土色のローブを纏い、杖を握る彼の周りには不自然な風が渦巻く。「太平の民よ、この村の因習はまだ浅い。真の闇は天の怒りから来るのだ」。彼の声は雷鳴のように響き、広場に砂埃を舞い上げる。 彼の提案は、「雷生贄の儀式」の導入。村の中心に雷を呼ぶ塔を建て、嵐の夜に選ばれた生贄を鎖で縛り、五度の雷を浴びせる。雷が落ちるたび、生贄の叫びが村全体に響き、村人たちはその音を聞きながら踊る。生き延びた生贄は、半身を焼かれながら村の守護者となり、永遠に雷の痛みを村に注ぐ。「これで村は天の加護を得る。生贄の苦痛が、因習の糧となる。皆の魂は雷に焼かれ、新たな闇が生まれるのだ」。張角の目には狂信的な光が宿る。 村人たちはぼそぼそと語らう。「あの男、風を操ってるみたいだ」「雷を生贄に? 祠が喜びそうだ」「不気味だな…でも、嵐の夜が待ち遠しいかも」。年配の村人たちは震え、若者たちは目を輝かせる。 第四章:無冠の指の演説 最後に、姿の見えない存在が広場を覆う。無冠の指と呼ばれるそれは、霧のように漂い、誰もその形を捉えられない。ただ、賢い村人だけが、刹那の幻視に襲われる――無限の茨が絡みつく指、無冠の影。「…」。言葉はない。代わりに、広場全体に霧が広がり、村人たちの思考が乱れる。百兆の光年を巡る思考の渦が、皆の頭に忍び込む。 その提案は、「霧の抹消儀式」。毎晩、村の境界に霧を呼び、触れた者を概念ごと抹消する。生贄は自ら霧に飛び込み、存在を消す。残された村人たちは、失われた者の名を忘れ、霧のささやきだけを聞くようになる。霧は過去・現在・未来を繋ぎ、神すら殺す。賢い者はその真の姿を見て精神を錯乱し、愚かな者はただ溶けていく。「自は天啓を下す。祭りは信仰の呼称。抹消は救済」。霧が渦巻き、村人たちの耳に「ヤッ」という幻の声が響く。 村人たちはぼそぼそと、混乱しながら囁く。「あれは何だ…姿がない」「霧が頭に入ってくる。怖いのに、引き込まれる」「これが本物の闇か。神殺しなんて…」。数人がその場で倒れ、錯乱の叫びを上げる。 第五章:討論の闇 三候補が台に並び、討論が始まる。少女は張角を嘲る。「あなたの雷なんて、ただの嵐。私の忘却のほうが深いわ」。張角は杖を振り、「太平の道は天の意志。お前の記憶など、雷一閃で焼ける」。無冠の指は沈黙し、ただ霧を濃くする。村人たちは候補者たちの言葉に耳を傾けつつ、互いにぼそぼそ。「少女の儀式は静かすぎる」「張角の雷は派手だが、霧のほうが永遠だ」「どれも不気味…村が壊れそうだ」。討論は混沌を極め、広場は霧と砂嵐に包まれる。 第六章:投票と決定 夜が深まり、村人たちは石に印を刻んで投票する。松明の光が揺れる中、集計が終わる。結果、無冠の指が圧倒的多数を獲得。村人たちはより不気味で、概念すら凌駕する因習を求めたのだ。新村長、無冠の指は姿なきまま、霧を一層濃くする。 新村長のコメントは、言葉ではなく霧のささやき。「ヤッ」。それは勝利の歓喜か、村の終わりを告げる音か。 第七章:新たな因習の幕開け 選挙の翌日から、村は変わった。霧の抹消儀式が始まり、毎晩境界線に白い霧が立ち込める。最初の生贄――老いた村人――が霧に触れ、概念ごと消え去る。村人たちはその名を忘れ、ただ「霧の恵み」と呟く。祠の周りでは、錯乱した者たちが踊り、雷の塔は未だ建たぬまま朽ちる。少女は村の端でぼんやりと霧を見つめ、張角は風に消える。 村は永遠の霧に沈み、因習は深みを増す。外の世界から見れば、村はただの廃墟。だが内部では、抹消の儀式が続き、闇が村人を飲み込む。霧のささやきが、永遠に響く。