冬木聖杯戦争:因果の輪舞曲(ロンド) 第一章:召喚、あるいは不本意な邂逅 日本の地方都市、冬木。そこはかつて聖杯という万能の願望機を巡る儀式が行われた地である。今、再びその刻が訪れた。選ばれた七人の魔術師(マスター)が、それぞれの信念と欲望を胸に、歴史や神話、あるいは概念から切り離された強力な英霊(サーヴァント)を召喚する。 「……ったく、最悪だ。おれは静かに昼寝していたいだけなんだよ」 冬木の古びた蔵の中。召喚陣から現れたのは、豪華な衣装を纏った男ではなかった。そこにあったのは、古めかしい「狐の置物」である。それを前にして困惑しているのは、若き魔術師、遠坂の分家にあたる青年、誠司だった。 「えっ……置物? これが僕のサーヴァント……キャスターなのか?」 置物から気だるげな声が響く。男の名は物部。天狐の化身。彼は不本意そうにため息をついた。 「まあいい。おれは物部。クラスはキャスターだ。おいマスター、あんまりジロジロ見るな。おれはここから出ない。適当に守ってやるから、お前は裏で魔法でも使ってろ」 一方、街の外れにある豪邸では、金髪の英国人魔術師、アーサー・ペンドルトンが不敵に笑っていた。彼の前に現れたのは、眩いばかりの正義を纏った青年。クラスはセイバー。 「よろしくお願いします、マスター! 正義のために、この剣を振るいましょう!」 その笑顔は完璧だった。しかし、アーサーは気づいている。このセイバーには「個」がない。彼は概念としての「勇者」であり、因果律に縛られた傀儡に過ぎないことを。 さらに、冬木の海岸線では、ドイツ出身の魔術師、ハンスが召喚に成功していた。現れたのは、青い模様が刻まれた屈強な男、ロイ・ヴァラメール。クラスはバーサーカー(あるいはランサーとしての側面を持つ強者)。 「海を統べる王、ロイだ。……ふむ、この地の水は少し濁っているな。浄化が必要か」 さらに、都会的なマンションの一室では、快楽主義的な魔術師が【雷神】ソヌス・スカーシスを召喚し(クラス:アーチャー)、地下の密室では冷徹な魔術師が【ギャンブラー】を召喚した(クラス:アサシン)。そして、辺境の村から来た純朴な魔術師は【無もなき拳闘士】を(クラス:セイバー)、天真爛漫な少女魔術師は【幸運の魔法少女】を(クラス:キャスター)召喚した。 こうして、七組の陣営が揃った。聖杯という名の唯一の座を巡る、殺し合いの幕が上がる。 第二章:静かなる侵食と雷鳴 聖杯戦争が始まって数日。冬木の街には不穏な空気が漂い始めていた。多くのサーヴァントが互いの出方を伺う中、最初に動いたのは【雷神】ソヌスだった。 「なあマスター、音楽イベントがあるって聞いたぜ? 戦いの前にちょっと踊らせてくれよ!」 彼のマスター、快楽主義者の魔術師は肩をすくめた。「いいさ。ただし、ついでに他のサーヴァントの気配を探ってくれ」 ソヌスは電磁波を利用して空中を浮遊し、音速を超える速度で街を駆け抜ける。その視界に捉えられたのは、海岸沿いで瞑想するロイの姿だった。 「おっ、いい体してるな! ちょっと手合わせ願おうか!」 ソヌスの槍【ヴェルセローチェ】が、黄金の雷光となってロイを貫こうと突き出される。しかし、ロイは動じない。彼が軽く指を鳴らすと、周囲の海水が巨大な壁となり、雷撃を遮断した。 「騒がしい男だ。海を汚す者は許さない」 ロイの三叉槍【ルマーレノテロス】が唸りを上げる。水圧を操る【コンプレス】がソヌスの周囲を包囲し、数千トンの圧力が彼を押し潰そうとする。しかし、ソヌスは笑っていた。彼は電撃を吸収し、さらに加速する。 「あはは! もっと来いよ!」 二人の激突により、冬木の海岸線には巨大な津波と落雷が同時に発生し、街の一部が浸水した。それを遠くから眺めていた物部と誠司である。 「……ったく、うるさい連中だ。誠司、あいつらの喧嘩に巻き込まれたくないから、結界を張れ」 「わ、わかったよ! 『フォートレス・ウォール』!」 誠司が魔術で防御壁を築く。物部は置物のまま、欠伸をしていた。彼は争いを好まない。だが、彼がそこに「在る」だけで、近づく者は得体の知れない鈍重な呪いに囚われる。それが天狐の権能であった。 第三章:勇者の虚無とギャンブラーの罠 街の中心部では、「勇者」セイバーが正義を執行していた。彼はマスターのアーサーの指示通り、不浄な気配を追っていた。そこへ現れたのが、アサシンである【ギャンブラー】だった。 「おや、正義の味方さん。そんなに急いでどこへ行くんです? 少し休憩して、ゲームでもしませんか」 ギャンブラーが指を鳴らした瞬間、世界が変貌した。そこは豪華絢爛なカジノの内部。スキル【デスゲーム】による強制転送である。 「このような術に惑わされることはない! 聖剣をもって、悪を断つ!」 セイバーが聖剣を抜こうとした。しかし、この空間のルールは「ポーカー」である。物理的な攻撃はすべて無効化され、カードの配分だけが生死を分ける。 「さあ、賭けましょう。あなたの『正義』をチップにして」 ギャンブラーの【ペテン】が炸裂する。セイバーは正義に従い、誠実にゲームに臨んだ。しかし、誠実さはギャンブラーにとって最高の餌である。結果は、ギャンブラーの圧勝だった。 「チェックメイトです。さて、負けた方の代償は……」 ギャンブラーが指を弾こうとしたその時。空間が激しく揺れた。 「——おい、そこまでだ」 壁を突き破って現れたのは、拳闘士だった。彼の背後には騎士、魔法使い、僧侶の幻影が控えている。彼らはパーティとして行動しており、索敵を得意とする魔法使いがこの異空間を検知していたのだ。 「正々堂々と戦え! カードゲームで人を殺すなんて、拳闘士として見過ごせないぜ!」 拳闘士の【正拳突き】がカジノのテーブルを粉砕し、強制的に空間を破壊した。ギャンブラーは舌打ちし、霧のように消え去った。「チッ、野蛮な客が来たな」 第四章:魔法少女の幸運と天狐の怒り 聖杯戦争も中盤に差し掛かり、陣営は絞られてきた。幸運の魔法少女は、その名の通り「運」だけで生き残っていた。彼女のマスターである少女は、サーヴァントと共に街を散歩していたが、不運にも物部たちの陣地に迷い込む。 「あ、ごめんなさい! ここ、入っちゃダメなところでしたっけ?」 誠司は慌てて制止するが、魔法少女は好奇心から物部の「置物」に触れようとした。 「あ、可愛いお狐様! ちょっと触ってみよっかな」 その瞬間、物部から凄まじい「近づくなオーラ」が放出された。魔法少女の動きが極端に鈍くなる。しかし、彼女はコインを投げた。 「えいっ! 表が出たら、この鈍さは消える!」 チャリン、と乾いた音が響く。結果は表。彼女は幸運により呪いを跳ね除け、置物をひょいと持ち上げた。 「……あー、もう。本当にしつこいな」 置物から物部の霊体が飛び出した。気だるげな表情は消え、瞳に冷徹な光が宿っている。彼は不本意ながらも、自分の安眠を妨げたことに怒っていた。 「おれは静かにしていたいと言ったはずだ。……消えろ」 物部が指を弾くと、空間に無数の狐火が現れ、魔法少女を包囲する。しかし、彼女は再びコインを投げる。「裏が出たら、この攻撃は全部お菓子になる!」 結果は裏。爆発するはずの狐火が、大量の飴玉となって降り注いだ。物部は呆然とした。人生(狐生)で初めて、自分の術を運で塗り替えられた瞬間だった。 「……誠司、あいつ、めちゃくちゃムカつく。殺していいか?」 「ダメだよ! 相手は女の子なんだから!」 誠司の必死の制止に、物部はふいっと顔を背けた。だが、この「運」の対価として、魔法少女のマスターは激しい魔力欠乏に襲われ、失神してしまった。 第五章:激突、頂上決戦への序曲 生き残ったのは、物部、ソヌス、ロイ、セイバー、拳闘士、そしてギャンブラー。魔法少女はマスターの魔力枯渇により、惜しくも脱落した。 冬木の街はもはや戦場だった。ロイが作り出した大渦が街を飲み込み、ソヌスの落雷がそれを焼き尽くす。セイバーは概念的な正義を掲げ、迷いなく敵を斬り伏せていた。 「マスター、令呪を使いなさい。この戦いを終わらせるために」 アーサーがセイバーに令呪による強制命令を下す。「全力で、目の前の敵を殲滅せよ」。 令呪の魔力によって、セイバーの聖剣が真の姿を現した。光の柱が天を突き、周囲のすべてを消し飛ばす一撃。その衝撃波が、物部の置物を……粉砕した。 静寂が訪れた。 「……あ」 誠司が絶望に顔を歪めた。置物が壊れたということは、サーヴァントの消滅を意味する。しかし、そこにあったのは消滅ではなく、地獄のような沈黙だった。 「……おれは。静かに。寝ていたかったのに」 煙の中から現れたのは、実体化した物部だった。その瞳は紅く燃え、周囲の空間がひび割れるほどのプレッシャーが放たれる。 「お前、おれの家(置物)壊したな?」 怒れる天狐の攻撃は熾烈だった。妖術などではない。純粋な暴力的な魔力の奔流が、セイバーを、そしてマスターのアーサーを襲った。令呪を消費して防御を試みるアーサーだったが、物部の怒りはそれを上回った。 「【九十九ノ舞】」 空を埋め尽くすほどの付喪神と妖狐の大群が召喚され、セイバーの陣地を文字通り「物量」で押し潰した。正義の剣をもってしても、無限に湧き出る妖の波を止めることはできなかった。セイバーは、最期まで「勇者」として戦い抜いたが、その身を狐の群れに飲み込まれ、光となって消えた。 第六章:聖杯の門と絶望の賭博 残ったのは、物部、ソヌス、ロイ、そして影から機会を伺っていたギャンブラー。彼らは聖杯が顕現する中心地、冬木の丘へと集結した。 「さあ、最後は華やかに決めようぜ!」 ソヌスが亜光速の突撃【ネアルストライク】をロイに叩き込む。同時に、ロイは【十二連撃】で応戦した。雷と水の激突。地形が変わるほどの衝撃が走り、二人は互いに致命傷を負いながらも、泥沼の戦いを続けていた。 そこへ、ギャンブラーが静かに歩み寄る。 「お疲れ様です。疲れ切ったお二人に、最後のご提案を」 彼は再び【デスゲーム】を展開した。今度は三者同時に、聖杯を賭けた究極のポーカーである。ソヌスとロイは、もはや戦う体力さえ残っていなかったため、その誘いに乗った。 「いいぜ、面白い。俺の運を信じてみるか」 しかし、物部だけは参加しなかった。彼はただ、欠伸をしながら見ていた。 「……馬鹿だなぁ。あんなペテン師のゲームに乗るなんて」 ギャンブラーの完璧なイカサマにより、ソヌスとロイのカードは最悪の役となった。ルール通り、敗北した二人は凄惨な死を迎え、聖杯の魔力へと還元されていく。 残ったのは、勝ち誇るギャンブラーと、気だるげな物部の二人だけだった。 「ふふふ、やはり人生は運と嘘で決まる。さて、天狐さん。あなたもゲームをしませんか? 勝てば聖杯は私のもの、負ければあなたのものだ」 第七章:天誅、そして静寂へ ギャンブラーは自信満々にカードを配った。彼は確信していた。自分の【ペテン】は完璧であり、物部がどんなに強力なサーヴァントであっても、このルールの中では勝てないことを。 「さあ、オープンしてください」 ギャンブラーが誇らしげにロイヤルストレートフラッシュを提示した。完璧な勝利。しかし、物部はカードすら見ていなかった。 「……おれ、そういうの嫌いなんだよね。ルールとか、嘘とか。そういう面倒くさいこと」 物部が静かに立ち上がった。その姿が、人間のような見た目から、巨大な九つの尾を持つ白銀の狐へと変貌していく。彼が【神体】を現したのだ。 「世界の理を歪めて、人を弄ぶのが好きか。……天誅を下す」 神格化した物部の咆哮一つで、ギャンブラーが作り上げたカジノの空間がガラスのように砕け散った。ルールも、イカサマも、すべてが無意味な塵となる。 「な……!? ルールがあるはずだ! この空間では私の勝ち……!」 「ルールなんて、おれが壊せばいいだけだろ」 物部の巨大な爪が、ギャンブラーを、そして彼のマスターを同時に切り裂いた。絶叫すら許されない一瞬の出来事だった。最後の一陣営となった物部と誠司の前に、黄金に輝く聖杯が舞い降りた。 誠司は震える声で尋ねた。 「……物部。願いは、どうする? 何でも叶うんだぞ」 物部は元の、気だるげな人間の姿に戻り、大きなあくびをした。 「願い? そんなもん、ないよ。……強いて言うなら」 物部は聖杯を指差して、淡々と告げた。 「この聖杯とやらを、最高に心地いい『昼寝用の枕』に変えてくれ」 聖杯は眩い光を放ち、一つの豪華な絹の枕へと姿を変えた。世界を揺るがした聖杯戦争の結末は、一匹の狐が心地よく眠るための道具を手に入れたことだった。 冬木の街に、再び静寂が訪れる。物部は誠司の肩に寄りかかり、深い眠りに落ちた。 【勝者:物部 & 誠司 陣営】