第一章:次元の狭間、最悪の出会い 虚無。そこは色彩を欠いた、静寂だけが支配する次元の境界線であった。そこに、ひょいと不機嫌そうに浮かぶ黄色い二等辺三角形がいた。ビル・サイファーである。彼は黒いシルクハットをいじりながら、退屈そうに溜息をついた。 「あーあ、ったく! なぜ誰も俺を召喚してくれないんだ? この全知全能(予定)の俺様を三次元に招き入れるなんて、最高の栄誉だっていうのに!」 ビルにとって、二次元の平面世界はもう飽き飽きだった。彼が渇望するのは、奥行きのある世界、物質的な快楽、そして何より、すべてを書き換え、支配し、混沌に染め上げる快感である。彼の「想い」はシンプルだった。支配欲。そして、この退屈な宇宙を自分の遊び場に変えたいという、狂気的なまでの好奇心である。 そんな彼が、次元の裂け目から「漂ってきた」ある意識があった。それは、どす黒い憎悪と、そして切なすぎるほどの「喪失感」を纏った精神体。魔王である。 魔王は今、復活のサイクルの中にある。五年に一度、世界を滅ぼすために戻ってくる。しかし、今回の彼はいつもと違っていた。その瞳に宿っているのは、世界征服という大義名分ではなく、もっと個人的で、もっと切実な……「怒り」であった。 「……プリンを。私の、大切に冷やしていた、特製プリンを……!」 魔王の声が次元を震わせる。彼は回想していた。勇者という名の、正義感など微塵もない、呑気な顔をした若者が、自分の城に土足で上がり込み、冷蔵庫を勝手に開け、最後の一つだったプリンを頬張ったあの瞬間を。それは単なる食い物の問題ではない。魔王にとって、あのプリンは、孤独な不老不死の時間を耐え抜くための、唯一の精神的支柱であったのだ。 「許さない……絶対に許さないぞ、あの勇者め! 世界を征服して、奴の人生を地獄に変えてやる!」 その強烈な「食べ物の恨み」という純粋な想いが、魔王のステータスを異常なまでに跳ね上げていた。次元の狭間で、孤独な支配者(予定)と、食い物を奪われた支配者が邂逅した。