地平線の果てまで続く、赤茶けた不毛の荒野。空は重く、どす黒い雲が渦巻いている。そこを、絶望的なまでに巨大な鉄の塊が、地響きを立ててゆっくりと進んでいた。 要護衛艦。横二キロメートル、縦一キロメートル、高さ五百メートルという規格外の巨艦。その鈍い金属音を響かせながら、艦はレンチ街から九十五キロメートル離れた目的地「ガンドルド鉱山」を目指していた。時速十キロメートルという、歩くよりもわずかに速い程度の鈍足。それは、この艦が運ぶものの重要性と、その巨体ゆえの宿命であった。 「みんなー! 準備はいい!? 目的地まであと少し、気合入れていこうねっ!」 艦の操縦席で、二十歳の女性操縦者・フェアが明るい声を上げる。彼女の瞳には不安よりも期待が勝っていた。戦闘経験こそ多少あるが、彼女にとってこの任務は大冒険のようなものだった。しかし、彼女が操るこの巨艦の周囲には、およそ「護衛」という言葉に似つかわしくない、異形の集団が揃っていた。 一人、黒いドレスに身を包み、三本の角と竜の尾を持つ絶世の美女、ヘルメス。彼女は退屈そうにあくびをしながら、空中に浮かんで周囲を眺めていた。その紅い瞳には、獲物を求める狂気が宿っている。 その傍らには、二メートルを超える巨躯を誇る龍鬼の女、鬼鱗。三メートルを超える巨大な戦斧を肩に担ぎ、歴戦の傷跡が刻まれた鎧を鳴らして、不敵に笑っていた。 さらに、感情を失った効率の化身である主義女、宇宙的な絶望を纏う【絶望の神】アインス、冷静に戦況を「プロジェクト」として管理する執行役員会長兼代表取締役、白い肌にフードを深く被った静かな死神アーテル・スレイ、そして快楽的に恐怖を撒き散らす少女ファースト・フィアー。 そして、彼らの足元には、黒い不定形の泥のような存在、No.0が静かに、しかし貪欲に周囲を模倣しようと蠢いていた。 この異様な面々が、ある目的のために協力し、この鈍い巨艦を護衛していた。だが、この静寂は長くは続かない。 「……報告します。前方、および全方位より、敵対勢力の接近を確認。数、概算で三億。構成は『機械軍団』および『堕ちた神々』、そして『闇ギルド』の連合体と推測されます」 執行役員会長兼代表取締役が、淡々と事象解析の結果を告げた。彼の声には動揺など微塵もない。ただ、効率的に排除すべき「ノイズ」が増えたという認識だけがあった。 突如として、地平線の彼方から鋼鉄の波が押し寄せた。数億の機械兵が放つレーザーが空を焼き、堕ちた神々が放つ呪詛の雷が大地を裂く。闇ギルドの刺客たちが影から這い出し、巨艦へのハイジャックを試みる。 「あははは! 来た来た! もっと、もっと怖がってよぉ!!」 ファースト・フィアーが歓喜の声を上げた瞬間、彼女のパッシブスキル【恐怖】が発動した。周囲の空間が絶望に塗りつぶされ、襲撃してきた数億の軍勢の精神が、一瞬にして崩壊し始める。しかし、機械軍団に精神はない。彼らは無感情に、ただ効率的に巨艦の装甲を撃ち抜こうとする。 「遅ぇよ!」 鋭い声と共に、黒い閃光が走った。ヘルメスだ。彼女は光を超えた速度で、最前線にいた機械軍団の司令塔の背後に回り込んでいた。彼女の爪が空を切り裂いた瞬間、直径数百メートルの機械兵たちが、まるで見えない刃でスライスされたかのように一斉に切断された。 「我を殺しに来い……玉無しじゃ無いならなぁ?」 ヘルメスが不敵に笑う。彼女にとって、この数億の軍勢はただの「暇つぶしの道具」に過ぎない。どんな攻撃を受けても、彼女の鱗は魔鋼よりも硬く、かすり傷一つ付かない。むしろ、攻撃を向けられたことへの不満が、彼女の戦闘狂としての本能を加速させた。 一方、戦線の別方向では、鬼鱗が咆哮を上げていた。 「天を断つ! 塵になれッ!!」 【断天:断牙】。鬼鱗の巨大な戦斧が振り下ろされた瞬間、大気が圧縮され、衝撃波だけで数万の機械兵が押し潰され、地面には巨大な谷が刻まれた。彼女の攻撃は精密かつ破壊的であり、一撃ごとに敵の戦列が消滅していく。 「効率が悪いですね。最適解を提示します」 執行役員会長兼代表取締役が指を鳴らす。彼の【業務執行】により、因果が調整され、敵の攻撃ルートが不自然にねじ曲がった。機械軍団の猛攻が、互いの仲間を撃ち抜くという自滅的な連鎖に変わる。そこに、主義女が静かに歩み寄った。彼女が四肢で大地に触れると、周囲の物質が次々と「社会主義化」し、彼女の一部として吸収されていく。 「適応……完了。この攻撃、無価値」 主義女は、堕ちた神々が放つ高密度の神聖攻撃を受けても、瞬時にその理を解析し、完全な耐性を獲得した。もはや彼女にとって、敵の攻撃は心地よい風に過ぎなかった。 しかし、戦況は混沌を極める。アーテル・スレイの【high risk】により、彼女自身の周囲に絶えず雑魚敵が出現し続け、戦場はさらに混迷した。だが、それは彼女にとっての「燃料」でしかなかった。 「………ごめんね……」 大鎌【スローター】が薙がれるたび、生命が刈り取られていく。殺戮した数だけ強くなる彼女の速度は、もはや視認不可能な領域に達し、敵の軍勢を文字通り「収穫」し始めていた。 その混乱の中、黒い不定形の塊・No.0が、ある存在に注目した。彼は鬼鱗の「超怪力」を模倣し、突如として巨大な腕を形成して機械兵を握り潰した。さらに、ファースト・フィアーの「狂気」を模倣し、不定形の体から不気味な笑い声を漏らし始める。彼はこの地獄のような戦場で、誰よりも速く「何者か」へと成長していた。 そして、戦場の中心。【絶望の神】アインスが静かに目を閉じた。 「終焉を宣告しよう」 彼が領域を展開した瞬間、世界から「音」が消えた。因果律支配。敗北という概念が彼から抹消され、勝利が絶対的な定義となる。領域内のあらゆる敵対者が、理由もなく塵へと還っていく。神も、機械も、人間も、等しく無に帰した。 数億の軍勢が、わずか数時間で壊滅した。残ったのは、静まり返った荒野と、傷一つない巨艦。そして、戦いの余韻に浸る守護者たちだった。 だが、物語はここで終わらなかった。 「あれ……? なに、この揺れ!?」 操縦席のフェアが悲鳴を上げた。戦いは終わったはずだったが、突如として大地が激しく波打ち始めた。天災である。地殻変動による巨大な地割れが、巨艦の直下で発生したのだ。 時速十キロメートル。回避など不可能な速度。巨艦はゆっくりと、しかし確実に、開いたばかりの巨大な谷へと滑り落ちていった。 「嘘でしょ!? 今まであんなに頑張ったのに!!」 ドォォォォォォォン!! 凄まじい衝撃。横二キロメートルの巨体は、谷底にある巨大な岩盤に激突し、そのまま不自然な角度で突き刺さった。あまりにも間抜けな墜落だった。衝撃で艦底が破裂し、内部の動力炉が炎上。爆発的な火柱が上がり、要護衛艦は見るも無惨に大破した。 数億の軍勢には勝ちながら、たった一つの「運の悪さ」によって、任務は失敗に終わったのである。 静寂が戻った谷底。炎上する巨艦の残骸から、人々が這い出してきた。 ヘルメスは、あくびをしながら瓦礫の上に座っていた。当然、彼女は無傷である。むしろ、この間抜けな結末に、心の底から愉快そうに笑っていた。 「ガハハハ! 最高だぜ! 数億を屠って、最後は岩にぶつかって終わりか! この世界は最高に狂ってるな!」 鬼鱗は、折れた戦斧の柄を眺めながら溜息をついた。「……武人の誇りが泣くわ。こんな死に方、笑えないわね」 主義女は、効率的に脱出ルートを計算していた。アインスと執行役員会長は、互いに顔を見合わせ、「論理的欠陥」と「予算外の事故」としてこの事態を処理しようとしていた。 アーテル・スレイは静かにフードを被り直し、ファースト・フィアーは「あはは! びっくりしたー!」と転げ回っていた。No.0は、大破した艦の形状を模倣しようとして、体の一部を四角く変形させていた。 そして、操縦者のフェア。彼女は、煙を上げる操縦席からぼうぜんと外を眺めていた。彼女の人生で最大の冒険は、最悪の形で幕を閉じた。 「……私の艦がぁ……」 彼女は地面に座り込み、天を仰いだ。幸いにも、この超人的な護衛メンバーがいたおかげで、生存者は全員であった。だが、目的地のガンドルド鉱山まではまだ数十キロメートルある。そして、彼らが乗っていた唯一の移動手段は、今や巨大な鉄のゴミ屑と化していた。 【護衛結果:失敗】 【生存・死亡状況】 ・ヘルメス:生存。理由:絶対的な防御力と再生能力。そもそも無傷固定設定のため。 ・鬼鱗:生存。理由:強靭な肉体と不撓不屈の精神により、衝撃を耐え抜いたため。 ・主義女:生存。理由:衝撃の物理現象に即座に適応し、ダメージを無効化したため。 ・アインス:生存。理由:絶対的存在であり、敗北(死亡)という概念が存在しないため。 ・執行役員会長兼代表取締役:生存。理由:リスク管理により、衝撃の直前に最適解の避難位置を確保したため。 ・アーテル・スレイ:生存。理由:身体能力が高く、衝撃波を回避し着地したため。 ・ファースト・フィアー:生存。理由:恐怖による精神的超越状態で、物理的衝撃を軽視したため。 ・No.0:生存。理由:不定形の肉体であり、衝撃を受けてもただ形が変わるだけだったため。 ・フェア:生存。理由:操縦席の安全装置が(奇跡的に)機能していたため。 荒野に、再び静寂が訪れる。炎上する巨艦を背景に、最強にして最悪の一行は、絶望的なまでの距離を徒歩で移動し始めるのだった。