青い空がどこまでも高く、心地よい風が吹き抜ける不思議な次元の特設リング。そこは、世界中のあらゆる次元から集まった猛者や変わり者たちが、「挨拶代わり」に軽く手合わせをするための平和な中立地帯である。 今日の対戦カードは、現代の喧騒から飛び出してきたお転婆な剣豪JKと、バーチャル空間からやってきた控えめな少女。一見すると、静と動、あるいはアナログとデジタルの極端な対比に見える二人だった。 「やぁやぁどうも! ちょいと一戦交えてみないかい?」 快活な声を上げたのは、須玖成(すく なる)である。ミニスカートにフード付きのパーカーという、どこからどう見ても現役の女子高生にしか見えないが、その背には彼女の身の丈を超えるほど長い、年季の入った木刀が背負われている。彼女は人懐っこい笑みを浮かべ、軽く跳ねるようにしてリングの中央へ進み出た。 対するは、黒いロングヘアに特徴的なあほ毛をぴょこぴょこと揺らしている少女、ツバサ。右目が長い前髪で隠れており、手には洗練されたデザインのサブマシンガン『ToLiberatio』を携えている。しかし、その構えに殺気は一切ない。むしろ、目の前のハイテンションなJKに圧倒され、少し身を引いているように見えた。 「ん、……よろしくお願いします。あまり激しくされると、びっくりしちゃうので……」 ツバサは消え入りそうな声で答えながら、控えめに会釈した。彼女は平和主義者であり、争いを好まない。だが、ここでのルールは「挨拶程度のバトル」。勝ち負けよりも、お互いの技を認め合い、交流を楽しむことが目的だ。 「あはは! 大丈夫だって、安心せい! 峰打ち……じゃなくて木刀だから、痛くなんないように加減するよ! ってね、笑」 成が茶目っ気たっぷりにウインクすると、ツバサは「ん、そうですね」と小さく頷いた。互いに準備が整い、ジャッジの合図と共に、この軽やかな試合の幕が上がった。 試合開始の合図が鳴った瞬間、成が爆発的な踏み込みを見せた。彼女の剣術は優美な型などではない。泥臭く、効率的に、最短距離で相手を制することに特化した実戦剣術だ。 「いざ参るっ!」 成が背中の木刀を一気に抜き放ち、鋭い斬撃を繰り出す。しかし、ツバサの反応はそれ以上に速かった。彼女は「速く走ること」に特化した身体能力を持っており、物理的な速度においては成をも凌駕する。 シュンッ! と空気が弾けるような速度で、ツバサは成の攻撃を紙一重で回避した。その動きはまるでデジタルデータが書き換えられたかのように滑らかだ。 「ん、速い……! でも、隙だらけですね」 ツバサが冷静に分析する。彼女の隠された右目は、すでに作動していた。スキル【Ⅰ.偵察】。相手の動き、重心の移動、呼吸の乱れ。それらを瞬時に読み取り、仮想的な「弱点」を成の体にいくつも作り出していく。 成は驚きつつも、その状況を楽しんでいた。 「へぇー! かなり速いね! でも、直線的な動きだけじゃ、私の型は突破できないよ!」 成はあえて大きく踏み込み、木刀を大きく振りかぶる。ツバサはそれを再び回避しようとしたが、そこで成の真骨頂である「泥臭い実戦術」が炸裂した。 「これでも食らえ! 【瞑撃】!」 成は全力で跳躍したかと思うと、なんと履いていた靴の一方を脱ぎ捨て、それをツバサの顔面に向けて全力で投げつけたのだ。予想外すぎる攻撃に、冷静だったツバサの表情に驚愕が走る。 「ん!? 靴……!?」 視界を遮られた一瞬の隙。それが成の狙いだった。靴で目眩ましをした瞬間、成は地面を蹴り、低い姿勢から木刀を鋭く振り上げる。 ガキンッ! しかし、そこには既にツバサの銃身が突き出されていた。ツバサは反射的に銃のボディで木刀を受け止めた。攻撃力こそ低いが、防御力は十分にある。 「ん、危なかったです。……でも、今の隙に」 ツバサの右目が鋭く光る。スキル【Ⅱ.初期段階】。右目で捉えた瞬間に相手を拘束する。不可視のエネルギー鎖のようなものが成の足首を捉え、一瞬だけ彼女の動きを止めた。 「おっと!? なにこれ、動けない!」 拘束された成に対し、ツバサは静かに距離を詰める。彼女の得意技、スキル【Ex.一種の解放】だ。一瞬の隙に懐へ潜り込み、銃口を相手の弱点へと向ける。 だが、成は慌てなかった。むしろ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。 「拘束されたなら、ここからが本番だね!」 成は足元の拘束を強引に引きちぎるほどの膂力で体を捻り、あえてバランスを崩しながら、木刀の先端を一直線に突き出した。 「【崩玉】!!」 狙いは相手の股間。実戦向きという言葉を通り越して、ある意味で「卑劣」とも言える神速の突き。ツバサはあまりに予想外な攻撃ベクトルに、文字通り固まった。 「ん、んんんっ!?」 ツバサは反射的に飛び上がって回避したが、その着地が少し不安定になった。そこを逃す成ではない。彼女はそのままの流れで、さらに高く、高く跳躍した。 「これで決めちゃうよ! 【幻想打】!!」 空高く舞い上がった成が、木刀を頭上から全力で振り下ろそうとする。その際、短いスカートがふわリと舞い上がり、中の可愛らしいクマさんのプリントが入った下着が露わになろうとした。 「……っ!?」 ツバサは、戦士としての本能よりも先に、思春期の少女としての困惑が勝ち、思わず目を見開いて釘付けになった。視覚的な情報量に脳が処理を追いつかず、一瞬だけ思考が停止する。 (ん、クマさん……!?) その一瞬。それが勝敗を分ける決定打となった。 ドガッ!! もちろん、成は約束通り「峰打ち」ならぬ「峰当て」に調整していたが、それでも十分な衝撃がツバサの肩に突き刺さった。木刀の衝撃で、ツバサはひょこりと後ろにひっくり返り、お尻から地面に着地した。 「ふぅー! 決まったー!」 成は着地と同時に、スカートをササッと押さえながら、勝ち誇ったようにVサインを作った。 静寂が流れ、そしてツバサはゆっくりと上体を起こした。彼女の顔は少し赤くなっており、恥ずかしそうに視線を逸らしている。 「ん、……完敗です。最後のは、反則に近い……いえ、想定外でした」 「あはは! ごめんごめん! でも、あんなに速いのに、意外と純情なんだね。いい反応だったよ!」 成は屈託なく笑いながら、ツバサに手を差し伸べた。ツバサはその手を取り、ひょいと立たせてもらう。 「ん、ありがとうございます。須玖さんの戦い方、すごく……その、泥臭いというか、自由ですね。バーチャル空間では考えられない戦術です」 「でしょ? 型にハマってちゃ、本物の喧嘩には勝てないからね。あ、でも、君のあの右目の能力はすごかった! 本当に拘束された時は『あ、これ終わったかも』って思ったもん」 二人はその後、どちらが先に攻撃したか、あの靴の投げ方はどういう理屈だったのかなど、戦いの詳細について盛り上がり始めた。先ほどまでの対戦相手という緊張感はどこへやら、今ではまるで放課後の教室で喋っている友人同士のような雰囲気だ。 「ところで、あのクマさんの……」 ツバサが控えめに切り出すと、成は「あ!」と思い出したように自分のスカートを指差した。 「あぁ、これね! お気に入りなんだよ。可愛いし、ラッキーアイテムだしね!」 「ん、……似合ってると思います」 ツバサが小さく微笑む。無口でビビり屋の彼女にとって、成のような天真爛漫な人物は、少し刺激が強いが心地よい存在だったのかもしれない。 「よし! それじゃあ、次はどっかでお茶でもしていかないかい? 私の知り合いに、すごく美味しいクレープ屋があるんだ!」 「ん、いいですね。ぜひ、行きたいです」 こうして、現代の剣豪JKとバーチャルの少女は、勝敗を超えた友情を育みながら、特設リングを後にした。成の背中には相変わらず長い木刀が揺れ、ツバサの頭上のあほ毛は、満足そうにぴょこぴょこと踊っていた。 ジャッジの結果:勝者・須玖成。 決め手は、実戦的な【幻想打】による視覚的攪乱と、そこから繰り出された的確な一撃。しかし、精神的な収穫においては、両者ともに大勝利であったと言えるだろう。