陽光が降り注ぐ、名もなき草原。風が心地よく吹き抜け、白い雲がゆっくりと流れる穏やかな午後であった。そこには、およそ対照的な二人の男が対峙していた。一人は、野性味に溢れ、褐色の肌を晒した青年。結い上げた髪は乱れ、肩と足にのみ古びた鎧を纏い、手には身の丈を超える大槍を構えた「野駆けのゲン」である。もう一人は、穏やかな微笑みを浮かべ、武器一つ持たず、ただ静かにそこに立つ男「ライヤー」であった。 この場に殺伐とした空気はない。どちらかがどちらかを憎んでいるわけではなく、かといって義務で戦わされているわけでもない。ただ、心地よい風に誘われ、「ちょっと手合わせしてみないか」という軽妙なノリで始まった、大人の遊びのような戦いであった。 「がはは! おめえさん、本当に丸腰かよ! 冗談だろ?」 ゲンが豪快に笑いながら、名槍『荒風』を肩に担ぐ。その足取りは軽く、地面を蹴るたびに弾むようなリズムがあった。農民出身の足軽として数々の修羅場を潜り抜けてきた彼にとって、戦いとは生きる喜びの一部であり、同時に最高のコミュニケーションでもあった。 対するライヤーは、困ったように眉を下げ、柔和な声で応える。 「ああ、本当に持っていないよ。武器なんていう重いものを持ち歩くのは、肩が凝って仕方ないからね。それに、戦うなんて虚しいだけじゃないか。ねえ、君の名前は?」 「俺か? 俺はゲンだ! 野駆けのゲンって呼ばれてるぜ。まあ、適当に呼んでくれ!」 ゲンは快活に答え、槍を構え直した。彼にとっての「戦い」とは、相手の技を認め、自分の技をぶつけ合う一種のスポーツのようなものである。たとえ相手が丸腰であろうと、そこに「対戦」という合意があるならば、全力で(しかし相手を壊さない程度に)楽しむのが彼の信条だった。 「ゲンか、いい名前だね。素朴で力強い。だがゲン、考えてもみてほしい。暴力でしか解決できないことなんて、この世にそう多くはないはずだ。まずは一杯、あそこの木陰で冷たい飲み物でも飲んで、ゆっくり君のことを教えてくれないかい?」 ライヤーの言葉は、単なる説得ではなかった。それは【平和主義者】という、拒絶を許さない絶対的な対話の力。相手の知性が高ければ高いほど、その言葉は深く心に突き刺さり、「確かにそうだ」と思わせる不可避の説得力を持つ。 しかし、ここでライヤーは一つの計算違いをしていた。野駆けのゲンという男は、「知性が高い」かどうかで言えば、極めてシンプルで、本能に忠実な人間であった。難しい理屈よりも、腹が減ったか、風が心地よいか、目の前の相手が強そうか。それだけで世界を判断する、ある種の「達観した野生」の持ち主だったのである。 「がはは! 飲み物は後だ! まずは一汗かいてからの方が、喉が渇いて美味いもんな! 逃がすかよっと!」 ゲンが地面を強く蹴った。スキルの【狼駆け】である。低く、鋭く、まるで一頭の狼が獲物を追うような独特の走法。視界から消えるほどの速度で、ゲンはライヤーの懐へと潜り込んだ。風を切る音が周囲に鳴り響き、草原の草が激しくなぎ倒される。 ライヤーは驚きに目を見開いたが、同時にその純粋なエネルギーに感心していた。彼は逃げようとはせず、ただ静かに、言葉を紡ぎ続ける。 「速いね! まるで風そのものだ。けれど、そんなに急いでどこへ行くんだい? 目的地を忘れて走るよりも、立ち止まって景色を眺める時間の方が、人生においては価値があると思うけれど……」 「理屈はいいんだよ! ほらよっ!」 ゲンは空中で身をよじった。人体にはありえない角度から繰り出される【葦しなり】。槍の穂先が、ライヤーの肩先をかすめる。ライヤーはひらりと身をかわしたが、その槍の軌道は予測不能であった。正攻法では決して当たらない、泥臭くも洗練された「生き残るための技」である。 「おっと、危ない。君の体はゴムのように柔らかいんだね。驚いたよ。でも、そんなに自分を追い込んでまで攻撃することに、どんな意味があるのかな? 互いに笑い合い、助け合えば、もっと心地よい時間が過ごせるはずだ」 ライヤーの言葉が再びゲンを包む。普通であれば、この段階で「戦う意味」を失い、武器を置いて話し合いに応じるはずである。しかし、ゲンは槍を振り回しながら、愉快そうに笑っていた。 「意味? そんなもんねえよ! ただ楽しいからやってんだ! 腹が減ったら食い、眠くなったら寝る。戦いたくなったら戦う! それでいいじゃねえか!」 ライヤーは内心で苦笑した。この男は、理屈が通用しない。いや、理屈を超越している。彼にとっての平和とは、静寂のことではなく、「心地よい喧騒」のことなのだ。ライヤーにとっての対話が「静」であるなら、ゲンの対話は「動」であった。 ゲンはさらに加速する。槍を高速で突き出す【啄木鳥突き】が、ライヤーの周囲に見えない壁を作るかのように激しく打ち込まれた。ライヤーは舞うようにそれを回避し続けるが、次第にその表情に余裕がなくなってくる。身体能力の差は歴然としていた。ライヤーは戦う術を持たない。ただ「会話」させることしかできないのだ。 「……ふむ。君は本当に、純粋なんだね。けれど、そろそろ私の話を聞いてくれる頃じゃないかな? 暴力は虚しい。私たちは種族も境遇も違うけれど、同じ空の下で生きる友になれるはずだ」 ライヤーの声に、より強い「説得」の色が混じる。それはもはや強制に近い、精神的な抱擁であった。周囲の空気がしんと静まり、ゲンの激しい突きがわずかに鈍る。 (……あー、なんか、いい話だなあ。こいつの話聞いてると、なんだか眠くなってくるぜ) ゲンがふっと力を抜いた。ライヤーは確信した。ついに彼の【平和主義者】が、この野生の青年にも届いたのだと。ライヤーは優しく微笑み、手を差し伸べようとした。 「そうだろう? さあ、武器を置いて……」 だが、その瞬間。ゲンの瞳に、いたずらっぽい光が宿った。 「……ってな! 隙あり!」 「えっ?」 ゲンは【燕翔け】を用いて、槍の柄を支点にアクロバティックに宙を舞った。ライヤーの視界から一瞬で消え、背後へと回り込む。そして、あえて全力の突進を仕掛けた。肩鎧を前面に出し、相手の反撃など微塵も気にしない【山荒固め】の突進である。 ライヤーは驚愕した。今の間は、彼が自分の言葉に屈したからではない。単に「いい話だなあ」と、心から感心して聞き入っていただけなのだ。そして、その「共感」さえも、攻撃のタイミングを計るためのカモフラージュに利用した。 「がははは! 良い話だったぜ! おめえさんの言う通りだ、戦うのは虚しい! だから、サクッと終わらせて一緒に飲もうぜ!」 ドォォォォン!! ゲンはライヤーを突き飛ばしたのではなく、大槍の柄でライヤーの体を優しく、しかし抗えない力で「包み込む」ようにして押し出した。ライヤーはそのまま芝生の上を転がり、心地よい衝撃と共に背中から地面に打ち付けられた。 「……っ、あいたたた」 ライヤーは仰向けに寝転がり、空を見上げた。青い空、白い雲。そして、自分の目の前で、槍を杖のようにしてニカッと笑うゲンの顔があった。 「まいったな。完敗だよ。君の『純粋さ』という名の防御壁には、私の言葉も届かなかったようだ」 ライヤーは苦笑しながら、降参の意を示すように両手を挙げた。彼にとって、この敗北は不快なものではなかった。むしろ、言葉という論理の枠組みを軽々と飛び越えていくゲンの生命力に、深い敬意すら感じていた。 「完敗だってよ! 嬉しいなあ! よし、約束通り、あそこの木陰で一杯やろうぜ! 俺がいい場所知ってるんだ!」 ゲンは槍をどさりと地面に置くと、ライヤーの手を乱暴に、しかし温かく掴んで引き上げた。ライヤーは服についた草を払いながら、隣で快活に笑う青年の横顔を見た。 「君は本当に不思議な人だね、ゲン。暴力が虚しいと言っても、君はそれを『楽しみ』に変えてしまう」 「理屈じゃねえんだよ! 楽しくなきゃ損だろ? なあ、おめえさんの故郷の話も聞かせてくれよ。美味い酒があれば、もっと喋れるぜ!」 二人は肩を組み、草原の向こうにある大きな樫の木へと歩き出した。そこには、戦いの後の静寂ではなく、新しい友情が芽生えた後の賑やかな笑い声が響いていた。 後になってライヤーは日記にこう記したという。 『最強の平和主義者は、時として最強の野心家(あるいは単なる食いしん坊)に敗れる。しかし、その敗北の先にこそ、真の対話が待っているのかもしれない』 対戦結果:野駆けのゲンの勝利。 勝敗の決め手:ライヤーの【平和主義者】による精神的アプローチを、ゲンが「純粋に良い話だ」と受け流し、その隙を突いて【山荒固め】で押し切ったこと。知性の高さではなく、本能の心地よさで動くゲンにとって、説得は「心地よいBGM」に過ぎなかったのである。 その後、二人は日が暮れるまで酒を酌み交わし、ゲンの得意な「野駆けの話」と、ライヤーの「世界の平和についての哲学」を語り合った。結論としては、「腹が減っている時に哲学を語るより、肉を焼いた方が効率的に平和になれる」ということで一致したという。 心地よい風が、二人の笑い声を乗せて、どこまでも遠くへと運んでいった。