過去の影と現代の邂逅 東京の喧騒が薄れる夕暮れ時、警視庁の裏路地に佇む古びた煙草屋の前で、二つの影が交錯した。一人は黒いジャケットに身を包んだ謎めいた男、過去への誘い人。彼の瞳は穏やかだが、どこか遠い時代を映す深淵を湛えていた。もう一人は紺色の制服を纏った警部補、藤田五郎――かつての新撰組三番隊組長、斎藤一として知られた男だ。煙草をくゆらせ、クールな表情で周囲を睥睨するその姿は、壬生の狼の面影を色濃く残していた。 藤田は煙草を深く吸い込み、吐き出した煙が夕陽に溶けていくのを眺めていた。今日の巡回はいつも通り、街の悪を掃くためのものだったが、心のどこかで幕末の記憶がざわめいていた。あの時代、数多の死地を潜り抜けた不死身の体躯は、今も彼を支えていたが、平和な世にあってはただの警官の仮面に過ぎなかった。 そこへ、黒いジャケットの男が静かに近づいてきた。足音一つ立てず、まるで影のように。藤田の鋭い感覚がそれを捉え、即座に視線を向けた。 「失礼。藤田五郎殿、お見かけした通りでございますね」 男の声は丁寧で穏やか、まるで古風な茶室での対話のように柔らかかった。藤田は煙草を指で弾き、灰を落とす。表情は変わらず、冷徹な目が相手を値踏みする。 「誰だ。お前のような怪しい輩が、俺の名を知っているとはな。警官に用か?」 過去への誘い人はわずかに微笑み、深海の宝珠と呼ばれる青く輝く珠をジャケットのポケットから取り出した。それは手のひらに収まるほどの小さなものだが、光を放ち、まるで海の底から引き上げられた秘密を宿しているようだった。 「私は過去への誘い人と申します。あなたのような、時代を跨ぐ魂を持つ方にこそ、お声がけした次第。戦う必要はございません。ただ、会話を交わし、ある提案をさせていただきたく」 藤田は鼻で笑った。煙草を口に戻し、再び火をつける。警官の制服の下に隠された刀の柄に、手が自然と伸びる。 「提案? ふん、怪しげな商売か。悪即斬だ。俺がその者を悪と感じたら、迷わず斬る。それがお前の運命を決める」 誘い人は動じず、静かに首を振った。路地の風が二人の間を吹き抜け、遠くで街の喧騒が響く。 「斬るもよし、聞くもよし。ですが、藤田殿――いえ、斎藤一殿。あなたは幕末の嵐を生き抜いた男。壬生の狼として、数多の戦場で牙を剥いた。その記憶は、今もあなたを苛むのではありませんか? 新撰組の同志たちの死、倒した者たちの怨嗟……平和なこの世で、ただ警官として生きることに、物足りなさを感じておられるのでは?」 藤田の目がわずかに細められた。煙草の煙が彼の顔を覆い隠す。相手の言葉は、まるで心の奥底を覗き込むようだった。確かに、夜毎に訪れる夢の中で、彼は池田屋の炎や近藤勇の首を思い出す。あの時代を忘れられぬまま、藤田五郎として生きる日々。 「余計な詮索だ。俺の過去など、お前に分かるものか。さっさと用件を言え」 誘い人は深海の宝珠を差し出し、光が藤田の制服に反射した。 「あなたを誘いましょう……過去の回想世界へ……。この宝珠は、過去と現在を往来するための重要なツール。私の力で、あなたの頭に手を当て、念を集中すれば、PASSDIVE――過去にアクセスし、過去の自分と対話できるのです。戦わず、ただ振り返るだけ。あるいは、PASS――過去のあなたがいる場所へ送ることも。一日経てば自動的に戻れます。目的は、人間の生態と社会の仕組みを調査するため。あなたのような歴史の証人が、貴重な視点を提供してくれるでしょう」 藤田は煙草を地面に捨て、靴で踏み潰した。冷徹な表情が、初めてわずかに揺らぐ。過去の自分と対話する? それは、斎藤一として生きた日々を、再び触れるということか。悪を斬る信念は変わらぬが、心のどこかで、未だ癒えぬ傷が疼いた。 「ふざけた話だ。俺がそんな幻術に引っかかると思うか? しかし……」 彼は一瞬、目を閉じた。幕末の血塗られた道、同志たちの叫び。新撰組の旗が風に翻る光景が、脳裏に蘇る。 「試してみる価値はあるのかもしれん。だが、悪だとならば、即斬る。それを忘れるな」 誘い人は頷き、ゆっくりと藤田に近づいた。路地の影が二人の体を包む。誘い人は藤田の額に手を置き、静かに念を集中した。深海の宝珠が青く輝き、周囲の空気が歪む。 「これから私があなたの頭に手を当てて念を集中すると、あなたは過去の回想世界にダイブすることが出来ます。安心してください。痛みはありません。ただ、記憶の深淵へ」 藤田の視界がぼやけ、意識が過去へと引き込まれる。そこは池田屋事件の直前、新撰組屯所。土佐藩士の影が忍び寄る夜。藤田――いや、斎藤一は、若い頃の自分自身と向き合っていた。制服姿の警官ではなく、袴に刀を佩いた侍の姿で。 回想世界の中で、若い斎藤は刀を磨きながら、独り言を呟いていた。「悪即斬……これが俺の道だ」 年上の藤田が現れ、若い自分に語りかける。 「そうだ。お前は正しい。だが、斬った後の空虚を知れ。平和な世で、それがどれほど重いか」 若い斎藤は驚き、刀を構えるが、戦いは起きない。ただの対話。過去の自分が、未来の自分に問いかける。 「藤田五郎……お前は俺か? 生き延びたのか?」 「生き延びたさ。だが、新撰組は散った。土方歳三も、沖田総司も……お前が守りたかったものは、失われた」 会話は続き、若い斎藤は悔しげに拳を握る。藤田は冷徹に、しかし優しく諭す。信念の重さ、時代の移ろい。ダイブは一時間ほど続き、藤田の心に新たな光が差した。 現実に戻ると、路地は夜の帳に包まれていた。誘い人は手を離し、宝珠をしまう。 「いかがでしたか? 過去のあなたに、伝えたいメッセージはありましたか?」 藤田は煙草を取り出し、再び火をつける。表情は変わらぬクールさだが、目にはわずかな柔らかさが加わっていた。 「悪くなかった。過去は過去だ。だが、斬るべき悪は今もいる。お前の調査とやら、手伝う義理はないが……また誘え。ヒヨッコの分際で、俺を試すとはな」 誘い人は微笑み、路地の闇に消えていった。藤田は煙を吐き出し、夜の街へ歩き出す。心に、過去の重みが少し軽くなった気がした。 過去にダイブしたことによる藤田五郎の変化: 過去の回想世界へのダイブは、藤田五郎(斎藤一)の内面的な変革をもたらした。まず、感情の氷が溶け始めた。冷徹で無愛想な彼は、常にクールな仮面を被っていたが、若い頃の自分との対話を通じて、失われた同志たちへの未練を再認識した。これにより、警官としての日々に微かな情熱が蘇り、単なる職務を超えた「悪を斬る」信念が、より人間的な正義感に昇華した。具体的には、巡回中の対応が柔軟になり、若手警官への指導に過去の教訓を織り交ぜるようになった。煙草の本数が増えたが、それはストレス解消ではなく、回想の余韻を楽しむためのものに変わった。また、深海の宝珠の影響で、稀に過去のフラッシュバックが起きるが、それはトラウマではなく、経験の糧として彼を強くした。全体として、不死身の狼はより洗練された守護者へと進化した。