陽光が降り注ぐ、どこまでも青い空が広がる不思議な多次元交流広場。そこは、あらゆる世界から旅人が集まり、互いの力を試したり、単に世間話をしたりして過ごす、平和でカジュアルバトルが推奨される憩いの場であった。 「ぶーーーーーん!!」 風を切る音と共に、一人の少女が猛スピードで広場を駆け抜けていた。ショートヘアをなびかせ、長袖の制服に身を包んだ女子高校生、蜜理である。彼女の鋭い目付きは一見すると近寄りがたい威圧感を放っているが、その実、彼女はただただ「誰かと話したい」というエネルギーに満ち溢れた、超元気なJKだった。 「あ! あそこに誰かいる! ねーねー、こんにちはー!!」 蜜理が急ブレーキをかけ、派手な土煙を上げて止まった先には、一人の男がいた。燃えるような長い赤髪に、吸い込まれそうな蒼い瞳。彫刻のように整った顔立ちに、服の上からでもわかるほどに鍛え上げられた筋肉質の身体。レイド・アストレアである。 彼は退屈そうに、手にした一膳の箸を指先で回していた。彼にとって、この広場の住人は大抵の場合「つまらなすぎる」存在だった。しかし、目の前に現れた少女を見た瞬間、レイドの瞳に光が宿る。 「オイオイ、いきなり派手な登場じゃねえか。……それにしても、オメエ、激マブじゃねえか。いい面構えしてんな、おい」 レイドは不敵な笑みを浮かべ、品なき口調でストレートに口説き始めた。普通なら引くか、あるいは怒る場面だが、蜜理は違った。彼女は目を輝かせ、距離をゼロにする勢いで詰め寄る。 「わー! お兄さん、髪色すごいね! かっこいい! ねえねえ、どこから来たの? 何してるの? あ、私、蜜理! よろしくねー!!」 「ははっ! ノリがいいな、オメエ。気に入ったぜ。だがな、ただ喋ってるだけじゃあ、オレの退屈はしのげねえんだよ」 レイドは箸をカチリと鳴らした。それは彼にとっての戦闘開始の合図であり、同時に、この広場のルールに基づいた「挨拶代わりの軽いスパーリング」への誘いだった。 「ねえ、もしかして戦いたいの? いいよ! 私、そういうの大好き! でも、負けても泣かないでね!」 蜜理は快活に笑う。彼女にとってのバトルは、究極のコミュニケーションである。ここでの戦いは、誰も死なないし、怪我さえもしない。ある意味で、最も贅沢な遊びだった。 「言うじゃねえか。ま、オレに勝てると思うなよ。オメエがどれだけ強いか、その身で分からせてやるよ。……準備はいいか、激マブちゃん?」 「準備万端ー! ぶーーーーん!!」 合図と共に、蜜理が地を蹴った。その速度は常人の域を超えている。しかし、レイドは眉一つ動かさない。彼はただ、右手に持った箸を軽く横に薙いだ。 ――シュンッ!! 空気が裂けた。物理的な斬撃ではない。概念的な「断裂」が空間に走り、蜜理の目の前の空間がわずかに歪む。しかし、蜜理は空中での身のこなしでそれをひらりと回避した。 「速い! すごいね! でもね、私の友達もすごいんだよ!」 蜜理がそう叫んだ瞬間、彼女の体の中から「ブゥゥゥゥン!!」という不気味な異音が響き渡った。周囲にいた観戦者たちが、その音に思わず身を乗り出す。彼女の口から、一匹、また一匹と、黄金色に輝く巨大なハチが這い出てきた。 それは、彼女が飼い慣らす特殊個体のオオスズメバチたちだった。通常種を遥かに凌駕するサイズと攻撃力を持ち、蜜理の統率の下で完璧な軍隊として機能する。 「いけー! みんな、お兄さんをびっくりさせてあげてー!」 蜜理の号令と共に、数百匹の蜂たちが弾丸のような速度でレイドに襲い掛かった。死角など存在しない。上空から、地面から、そして空気を震わせながら全方位から包囲する猛攻。一刺しすれば即座にアナフィラキシーショックを引き起こす劇毒を秘めた針が、レイドの急所を狙う。 「おっと、賑やかになってきたじゃねえか。だがな、こんな虫けら共でオレを止められると思ってんのかよ」 レイドは不敵に笑い、箸を縦に振り下ろした。 ――ガキンッ!! ありえない光景が起きた。箸という細い棒が、空間そのものを「壁」として切り出し、襲い掛かる蜂たちの群れを完全に遮断したのだ。概念を斬る天剣の技は、もはや物理的な防御を越え、因果さえも切り分ける。 「えーっ! 箸で防いだ!? すごすぎるよー!」 蜜理は驚きつつも、その状況に興奮していた。彼女はさらに加速し、蜂たちを一点に集中させて突撃させる。蜂たちが渦を巻き、巨大なドリルとなってレイドに突き刺さろうとした。 「いい突きだ。だが、詰めが甘いんだよ!」 レイドは一歩踏み込み、箸を軽く突き出した。それは突きというよりは、空間の「点」を消し飛ばすような鋭い一撃。衝撃波が蜂たちの群れを弾き飛ばし、同時に蜜理の足元の地面を一直線に割り、彼女のバランスを崩させた。 「わわっ!?」 転びそうになった蜜理だったが、彼女は空中でくるりと回転し、見事に着地を決める。そして、ニカッと笑ってポケットから何かを取り出した。 「はい、これ! お疲れ様のおやつ!」 蜜理が差し出したのは、たっぷりと蜂蜜がかかったパンだった。戦いの最中に間食を提案するという、JKらしい自由すぎる行動に、レイドは呆気に取られた。 「……オメエ、正気か? 今、戦ってる真っ最中じゃねえか」 「だって、お腹空いたし! 蜂蜜、美味しいよ! 食べる?」 「……フン。まあ、いいぜ。激マブな女がくれるもんなら、食ってやるよ」 レイドはあえて攻撃の手を緩め、そのパンを一口かじった。濃厚な蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がる。 「……悪くねえな。だが、甘すぎるぜ。オレには刺激が足りねえ」 「でしょ! だからもっと激しく行こうよ! 次は私の全力、見せてあげるね!」 蜜理の瞳が、さらに鋭く輝いた。彼女の周囲に、これまで以上の密度の蜂たちが集結する。もはやそれは雲のように見え、広場の空を黄金色に染め上げた。彼女の体の中から聴こえる異音は、今や地鳴りのような振動へと変わっていた。 「本気で来るか。いいぜ、オレも少しは本気を出してやるよ」 レイドの雰囲気が変わった。それまでの不遜な態度に、真の強者の威圧感が加わる。彼は箸を一本だけ持ち、静かに構えた。天剣の極致に達した彼にとって、武器が箸であろうが、枝であろうが関係ない。彼が「斬る」と決めたものは、世界の理に関わらず斬れる。 「いくよー!! ぶーーーーーーーン!!!」 蜜理が叫ぶと同時に、黄金の雲が爆発的に膨れ上がり、レイドを飲み込んだ。数千匹の蜂たちが、一斉にその鋭い大顎と針を突き立てる。肉を断ち、骨を砕き、内部から食い荒らすという、本来であれば生物にとって最悪の地獄絵図である。 しかし、その渦の中心で、レイドは静かに呟いた。 「……つまらねぇな」 ――パチンッ!! 彼が箸を鳴らした瞬間、衝撃波が円状に広がった。それは攻撃ではなく、「境界線」の構築だった。彼を中心とした半径数メートルの空間が、完全に独立した領域となり、いかなる侵入も許さない不可侵の結界へと化した。 蜂たちはその透明な壁に阻まれ、一匹もレイドに触れることができない。蜜理は驚いて、壁に手を触れてみた。 「あれ? 当たらない! どうなってんの!?」 「概念を斬ったんだよ、オメエ。『触れる』という概念そのものを、オレとオメエの間から切り離したのさ」 レイドは結界を維持したまま、不敵に笑った。そして、彼は箸を軽く振り上げ、蜜理の頭上の空間を「切り裂いた」。 物理的な攻撃ではない。しかし、その切り裂かれた空間から、強烈な風圧が蜜理を襲った。それは彼女を傷つけるためのものではなく、ただ「心地よく突き飛ばす」ためだけの調整された風だった。 「きゃああっ!!」 蜜理はひょいと後ろへ飛ばされ、芝生の上にゴロゴロと転がった。彼女はしばらくの間、空を仰いで足をバタバタさせていたが、やがてケラケラと笑い出した。 「あははは! すごーい! 今、何したの!? 魔法? 超能力? 教えて教えてー!!」 「……ったく、この女は本当に底が知れねえな。普通なら怖がって逃げ出すところだろうに」 レイドは結界を解き、呆れたように肩をすくめた。彼は転がっている蜜理のもとへ歩み寄り、その長い指で彼女の顎をクイと持ち上げた。 「いいぜ。次またここに来るなら、教えてやるよ。その代わり、次はもっとマブい服で来いよな」 「えー! この制服、お気に入りなのに! でもいいよ、また遊ぼうね、お兄さん!」 蜜理は跳ね起きると、レイドに抱きつかんばかりの勢いで握手を求めた。レイドは「ちっ」と舌打ちをしながらも、その握手に応じた。口調こそ乱暴だが、その表情には、退屈な日常に現れた「面白い玩具」を見つけた喜びが滲んでいた。 結果として、このバトルの勝者はレイド・アストレアとなった。 勝敗の決め手となったのは、蜜理の圧倒的な物量と速度を、概念的な切断によって完全に無効化したレイドの「天剣」の技量である。どれほど強力な蜂の軍団であっても、物理的な接触という概念を断たれた時点で、攻撃手段を失った。対してレイドは、相手に怪我をさせない絶妙なコントロールで、勝利を決定づける一撃(風圧)を放った。 「あー、楽しかった! お腹空いたから、私、もっと蜂蜜食べに行くね! ばいばーい!!」 「おう。またな、激マブちゃん」 蜜理は再び「ぶーーーん!」と音を立てて走り去っていった。その後ろ姿を見送りながら、レイドは残ったパンを口に放り込み、満足げに空を仰いだ。 「……まあ、たまにはこういう暇つぶしも悪くねえな」 平和な交流広場に、再び静寂が戻ってくる。しかし、そこには確かに、種族も世界も異なる二人の、奇妙で賑やかな友情の種が蒔かれていた。