過去の残火、現在の炎 薄暗い森の奥、苔むした石碑が並ぶ遺跡の広場。月明かりが淡く差し込み、風が木々の葉をざわめかせる中、二つの影が向き合っていた。一方は黒いジャケットに身を包んだ謎めいた男、過去への誘い人。彼の瞳は静かな深淵を湛え、穏やかな微笑を浮かべている。もう一方は金髪紅眼の少女、残り火のテナン。小柄な体躯に白布のキトンを纏い、片目は包帯で覆われ、片手に神話の斧、エクゥスを握りしめていた。彼女の紅い瞳には、燃えさかる復讐の炎が宿っている。 テナンは斧の柄を強く握り、警戒の眼差しを誘い人に向けた。神性を感じ取る彼女の【怨讐の眼差し】は、男の内に潜む微かな異質さを捉えていたが、それは神のものではなかった。ただの人間か、それとも何か別の存在か。いずれにせよ、彼女の心は揺るがない。神から授かった忌まわしき祝福が、彼女の体に古代文字を刻み、復讐の道を歩ませる。 「…私の目を見ろ。お前は、何者だ?」テナンの声は凛然として、低く響く。少女らしからぬ老成した口調に、僅かな苛立ちが混じる。彼女は故郷を失い、左目を奪われた恨みを胸に、常に戦いの準備を怠らない。 誘い人は静かに手を挙げ、穏やかな笑みを深めた。丁寧な口調で、ゆっくりと答える。「私は過去への誘い人。あなたを誘いましょう…過去の回想世界へ…。戦う必要はありません。私はただ、過去の扉を開く者。あなたの復讐に、役立つかもしれない情報を提供します。」 テナンは眉をひそめ、斧を軽く構えた。【怨讐の眼差し】が再び男を値踏みする。神性はない。脅威ではないか? しかし、彼女の復讐心は盲目的ではない。情報を得る機会なら、利用する価値はある。「ふん。神の祝福が私の目を奪った。あの忌まわしき力の源を、知っているのか? 復讐の炎を灯す手がかりを、よこせ。」 誘い人は頷き、ポケットから深海の宝珠を取り出した。青く輝く珠は、まるで海の底から引き上げられたような神秘的な光を放つ。「これが鍵です。深海の宝珠。過去と現在を往来するための重要なツール。私はこれを使い、PASSDIVE――過去にアクセスして過去の自分と対話できる力を持っています。あなたも、過去の自分と向き合うことで、神の祝福の真実を知れるかもしれません。」 テナンの紅い瞳が、宝珠に注がれる。興味が湧く。彼女の心には、故郷が炎に包まれた記憶が鮮明に残る。あの時、神の声が響き、祝福を与えた。力は得たが、代償は大きかった。「…過去の私か。左目を失う前の、弱い少女だった頃を、見られるのか? それが、復讐に繋がるなら…試してみる価値はある。」 誘い人は優しく微笑み、テナンに近づいた。「これから私があなたの頭に手を当てて念を集中すると、あなたは過去の回想世界にダイブすることが出来ます。怖がることはありません。一時的なもの。あなたの意志で、いつでも戻れますよ。」 テナンは一瞬、躊躇した。斧を握る手が震える。強い復讐心が彼女を支えるが、少女の部分が過去を恐れる。だが、【怨讐の炎】が燃え上がり、彼女は決意を固めた。「…やれ。私の怒りを、過去に遡って暴いてみせろ。」 誘い人はテナンの額に手を置き、目を閉じた。深海の宝珠が青く輝き、周囲の空気が歪む。テナンの視界がぼやけ、意識が過去へと引き込まれる。【DIVE・過去の回想】。彼女は自分の幼い姿を目撃する――故郷の村で、無邪気に遊ぶ少女のテナン。金髪を風に遊ばせ、両目で世界を輝かしく見つめていたあの頃。 回想世界で、テナンは幼い自分と対峙した。幼いテナンは無垢な笑顔を浮かべる。「お姉ちゃん、誰? どうして悲しそうな顔してるの?」 テナンは膝をつき、幼い自分を抱きしめた。声が震える。「私は…未来の君だ。あの神の祝福が来る前に、逃げろ。力を求めるな。復讐なんか、しないで…。」だが、言葉は空しく響く。回想は変えられない。神の影が村に迫る光景が、テナンの前に広がる。炎が上がり、祝福の声が響く。「我が祝福を受けよ、選ばれし者よ。」左目が焼ける痛み。力の刻印が体に刻まれる瞬間。 テナンは叫んだ。「なぜだ! なぜ私を選んだ! 神よ、怒りを喰らえ!」【残火爆裂】のような感情が爆発するが、これは回想。変えられない過去。彼女はそこで、神の祝福が単なる力ではなく、運命の呪いであることを悟る。神は彼女を道具として選び、復讐の炎を植え付けたのだ。 やがて、ダイブが終わり、テナンの意識が現在に戻る。彼女は息を荒げ、斧を地面に突き立てた。紅い瞳に、涙が光る。「…あれは、本当の過去か。神の祝福は、最初から私の運命を歪めていた。復讐は…正しかったのか?」 誘い人は静かに手を引き、宝珠を仕舞った。「あなたが感じたものが、真実です。過去は変えられませんが、理解することで、現在が変わります。もしさらに深く知りたければ、PASS――過去へ実際に送ることもできます。過去のあなたがいる場所に送る。一日経てば自動的にこの場所に戻れます。過去のあなたに伝えたいメッセージがあれば、会って伝えてください。」 テナンは首を振り、立ち上がった。少女らしき僅かな微笑が、初めて浮かぶ。「いや…十分だ。人間の生態と社会の仕組みを調査するため、だと? お前の目的はそれか。ふん、私の復讐に利用させてもらったよ。神を殺す日が、近づいた気がする。」 二人は言葉を交わし、互いの目的を共有した。誘い人は穏やかに頷く。「調査は私の使命。あなたの炎が、神を照らす光になることを祈ります。」テナンは斧を肩に担ぎ、森の闇へ歩み出す。「…私の目を見ろ、誘い人。次に会う時は、勝利の報告だ。」 遺跡の広場に、静寂が戻る。過去の回想は、テナンの心に新たな炎を灯した。 過去にダイブしたことによるテナンの変化: テナンはダイブを通じて、祝福の瞬間を改めて体験し、神の力が単なる贈り物ではなく、彼女の自由を奪う呪いであることを深く理解した。これにより、復讐心はより洗練され、盲目的な怒りから戦略的な決意へ変化。少女らしい脆さが僅かに顔を覗かせ、感情のコントロールが向上した。【怨讐の炎】の精神力が強化され、戦闘では冷静な判断が可能に。左目の喪失を「運命の歪み」として受け入れ、自己憐憫が減少し、全体的な精神的な耐久力が向上。復讐の対象である神への攻撃意欲は増大し、【絶斧エクゥス】の威力を潜在的に高める可能性が生まれた。ただし、過去の無垢な自分との対話により、僅かな人間味が芽生え、孤高の戦士から「守るための復讐者」への心境転換が起こった。