空を突き刺すほどの巨大な円形闘技場。そこは今、数万の観衆による地鳴りのような歓声に包まれていた。今日、この地で決まるのは次なる王位継承者。血統、武勇、魔術、あるいは……常識を超越した「何か」。あらゆる価値観が衝突するこの祭典に、観客たちは狂喜乱舞していた。 「さあ、登場です! 王位を賭けた異色の四名が、今ここに集結いたしました!」 アナウンスと共に、まず現れたのは華美なドレスを身に纏った青髪の少女、エミール。彼女は扇子で口元を隠し、傲慢な笑みを浮かべていた。 「わたくしこそ銀河お嬢様、銀河お嬢様なのですわ! おーほっほっほっ! ……げほっ、げほっ!」 派手な笑いと共に激しくむせ返る姿に、観客席からクスクスと笑いが漏れるが、彼女は意に介さず胸を張っていた。 続いて現れたのは、灰髪に金色の瞳を持つ巨漢、不撓のオストロア。身に纏う鎧は使い込まれ、背負ったグレートソードは見る者を圧倒する威圧感を放っている。 「ははっ! 面白そうな面々が集まったな。あんたたち、全力で来いよ!」 豪放磊落な笑みを浮かべる彼に対し、次なるエントリーはさらに異質であった。端正な顔立ちながら、どこか空虚な雰囲気を纏う男、萎得和露多である。彼は無言のまま、ただ静かに佇んでいた。 そして最後。観衆が困惑の声を上げた。そこにいたのは、戦士でも魔術師でもない。ただ一つの「缶詰」であった。スウェーデン北部より来たりし、世界一臭い食べ物――シュールストレミングである。静止したままのその缶詰こそが、この死闘の一角を担っていた。 「それでは……対戦開始!!」 合図と共に、最初に動いたのはエミールであった。彼女はドレスの裾を翻し、目にも留まらぬ速さで距離を詰める。 「まずはわたくしが、この場を支配して差し上げますわ! ユニバース・チョップ!」 華麗な手刀が空を切る。しかし、その攻撃は和露多の数センチ前で、目に見えない壁に阻まれた。和露多の周囲に展開された「次元のバリア」である。攻撃はそのまま別の次元へと転送され、虚空へ消えた。 「ふん、小癪な。だがこれはどうだ!」 オストロアが地を蹴った。凄まじい踏み込みと共に、赤熱したグレートソードが振り下ろされる。スキル『鋼嵐』が巻き起こる衝撃波が闘技場を揺らした。しかし、和露多は冷徹な瞳で指をパチンと鳴らす。 「和阿府」 瞬間、オストロアの身体が空間から消失した。木星へとワープさせられ、粉々にされるはずの絶技。だが、オストロアは不撓の精神を以て抗った。彼は空中で激しく闘志を燃やし、自らの心身を癒す炎を爆発させることで、強引に空間の歪みを突き破り、元の位置へと帰還した。 「ぐあぁっ! 今のは危なかったぜ! だが、これこそが戦いだ!」 炎を纏ったオストロアが咆哮する。その時であった。戦場の中心に置かれた「缶詰」に、衝撃が走った。エミールの『ユニバース・キック』が、誤ってシュールストレミングの缶に命中したのである。 ガキンッ!! 鈍い音と共に、缶の蓋が弾け飛んだ。その瞬間、闘技場に「最悪の兵器」が解き放たれた。 「…………っ!?」 最初に出現したのは、目に見えるほどの濃いガス。そして、次に来たのは――想像を絶する「臭気」であった。アラバスター値8070Auという、生物としての生存本能が拒絶する強烈な腐敗臭が、一瞬にして闘技場全体を包み込んだ。 「な、なんですのこの臭いは! 汚らわしい! 汚らわしいですわ!!」 高慢なエミールが鼻を抑えて悶絶し、その場に崩れ落ちる。彼女の自信100%の精神も、生物学的な嗅覚への攻撃には抗えなかった。ユニバース・ビームを放とうとするが、あまりの臭さに涙で前が見えず、光線は空高くへ逸れていった。 オストロアもまた、顔を青くして激しく咳き込んだ。 「げほっ! ごふっ! クソッ、剣で斬れる相手じゃねぇ……! だが、俺は……屈しな……」 不撓の精神で立ち上がろうとするオストロアだったが、肺に充満したニシン塩漬けの香りに意識が混濁し、膝をついた。 唯一、動じなかったのは和露多であった。彼は次元バリアによって空気の流れさえも制御しており、臭気が内部に侵入することを防いでいた。和露多は静かに指を差し、球体の水を生成する。 「浦」 しかし、その水球がシュールストレミングの缶に触れた瞬間、水の中に溶け込んだ臭気成分がダイラタンシーの特性で凝縮され、さらに「濃縮された地獄の香り」となって周囲に飛散した。 「……っ!!」 バリアの隙間からわずかに漏れ出した臭いに、無表情だった和露多の顔が劇的に歪んだ。彼は反射的に自分のバリアを最大展開し、自分自身を完全に隔離した。しかし、それでは攻撃手段を失ったも同然であった。 戦場は混沌としていた。最強の戦士も、高貴なお嬢様も、次元の支配者も、ただ一つの「缶詰」が放つ不可視の毒ガス(臭い)によって行動不能に陥ったのである。 しかし、勝負はここで決した。 もはや立っている者は一人もいなかった。だが、シュールストレミングだけは、そこに「在った」。動かない。攻撃もしない。ただそこにあり、周囲のすべてを拒絶する臭気を放ち続ける。 審判は、意識を失いかけている戦士たちと、まだ「形を保っている」缶詰を比較し、苦渋の決断を下した。 「……生存者、および機能停止していないのは……シュールストレミングのみ! 勝者、シュールストレミング!!」 会場は静まり返った。そして、次の瞬間、あまりの臭さに観客全員が同時に嘔吐し、闘技場は阿鼻叫喚の地獄絵図へと化した。しかし、ルールは絶対である。王位継承権は、この世で最も臭い缶詰に与えられた。 【称号】『新たな王、万歳!』 その後、シュールストレミングによる治世が始まった。当然ながら、缶詰に統治能力はない。しかし、王宮から漂い続ける強烈な臭いのせいで、他国からの侵略者が一切近づかなくなったため、結果的に国は前例のない平和な時代を迎えた。国民は当初、その臭いに苦しんだが、次第に嗅覚を喪失し、「臭くない世界」に順応していったという。 この「静寂と無臭(嗅覚喪失)の善政」は、缶詰の保存期限が切れるまで、およそ百年にわたって続いたとされる。