空虚なる次元の狭間。そこは星々が塵のように舞い、法則という名の鎖が意味をなさない終焉の地であった。そこに、一人の男が立っていた。黒髪に青い瞳、そして静かに揺れる黒い尾。多次元を旅し、数多の文明と神性を屠ってきた龍神、【多次元の放浪者】イアレ・ディアルニテである。 彼の前には、およそ「戦い」という概念からかけ離れた奇妙な集団が陣取っていた。正体不明の虫のような生物ホウソクムシ、まんじゅうのような姿をしたゆっくり霊夢、正二十面体の幾何学的な物体リフレクター、そして冷酷な瞳を湛えた少女、回復スタビライザー。 「……ふむ。ここには少々、風変わりな強者が集っているようだな」 イアレは静かに口を開いた。その声は低く、しかし次元の壁を震わせるほどの圧を孕んでいた。彼はまだ、その強大な力の片鱗すら見せていない。状態《1》――力を抑え、素手で戦う基本状態。彼にとって、この局面は単なる「暇つぶし」に過ぎなかった。 「ゆっくり霊夢だよ。なんだか凄そうな人が来たわね」 霊夢がのんびりと口を開いた瞬間、空間が歪み、どこからともなくゆっくり魔理沙が現れた。これは世界の理を超越した「解説システム」である。 「おい霊夢! この相手はどういう正体なんだぜ?」 「あー、あそこにいるのはイアレ・ディアルニテっていう龍神さんだよ。多次元を旅して、気に入らない世界は全部滅ぼしちゃうっていう、とっても恐ろしい人なのよ」 「なんだって! 全滅させるつもりかぜ! とんでもない化け物なのぜ!」 解説を終えると、魔理沙は再び虚空へと消えた。妨害など通用しない、絶対的なメタ視点による解説。しかし、その解説こそが、チームBにとっての警告となった。 「……獲物」 ホウソクムシが、その単細胞な欲求に従って動き出した。彼にとってイアレは、最高級の「超越者」という名の餌であった。法則を無視し、相手がどれほどの絶対性を誇ろうとも、それを「食料」として処理する掃除屋の本能。 ホウソクムシが超高速で跳ね上がり、イアレの頭上から襲いかかる。同時に、回復スタビライザーがブースターを点火し、目視不能の速度で蹂躙の拳を叩き込む。リフレクターは静かに回転し、来るべき攻撃を待っていた。 ドォォォォン!! 衝撃波が次元の壁を叩く。しかし、イアレは指一本動かしていなかった。彼はただ、そこに立っていた。ホウソクムシの捕食の牙も、スタビライザーの究極の体術も、イアレの周囲に展開される不可視の「法則」によって、まるで見えない壁に阻まれたかのように弾かれた。 「【万象の眼】。お前たちの理(ことわり)は見えているぞ」 イアレの額にある碧色の眼が怪しく光る。彼は「万象改変」により、自分に不利な状況を瞬時に書き換える。ホウソクムシの「法則無視」という特性さえも、イアレにとっては「書き換え可能なデータ」に過ぎない。 「ふんっ」 イアレが軽く右拳を突き出した。神速の打撃。それは物理的な打撃ではなく、次元の壁そのものを粉砕する衝撃波となってスタビライザーを襲った。 「――っ!?」 スタビライザーは「アドレナリン」により、紙一重でその衝撃を回避した。しかし、衝撃波の余波だけで周囲の空間がひび割れ、彼女の防弾チョッキが弾け飛ぶ。彼女は冷酷な笑みを浮かべ、ガントレットを鳴らした。時間が経つほどに強くなる「愉しむ伝説」のパッシブが、彼女の身体能力を底上げしていく。 「いいわ……最高に心地いい衝撃ね。もっと、もっとちょうだい!」 スタビライザーが狂いながら突撃する。同時に、ゆっくり霊夢が「体当たり」を敢行した。ぷにぷにした身体がイアレの腹部に激突する。 ボヨヨン!! 「あうっ」 霊夢の弾力により、攻撃は適当に弾かれた。しかし、その拍子にリフレクターが激しく回転し、イアレが放った先ほどの「次元粉砕の衝撃」をコピーし、そのままイアレに撃ち返した。 ドガァァァァン!! 凄まじい爆光がイアレを包み込む。リフレクターの能力は、相手の威力をそのまま返す絶対的な反射鏡である。しかし、煙の中から現れたイアレは、服にわずかな汚れがついただけで、不敵に笑っていた。 「面白い。コピーし、反射し、無視し、耐えるか。……少しだけ、刺激になったぞ」 イアレの瞳に、静かな昂揚感が宿る。彼は【超越】スキルを起動させていた。相手が強ければ強いほど、彼は無限にその上を行く。スタビライザーの攻撃力の上昇速度を、彼は数万倍の速度で追い越していた。 「さて、そろそろ飽きてきたな。少しだけ本気を出そう」 その瞬間、大気が凍りついた。宇宙の法則が、悲鳴を上げるように歪み始める。 《2》 イアレ・ディアルニテが、第二段階へと移行した。宝具の封印を解き、宇宙の理を崩壊させる真の姿。彼が本気となった瞬間、世界から「死」の概念が消え、彼は完全なる不死身へと昇華した。同時に、チームBが展開していたあらゆる能力――スタビライザーの無敵時間、ホウソクムシの法則無視、リフレクターのコピー能力が、文字通り「かき消された」。 「なっ……!? 私の能力が、使えない……!?」 スタビライザーが驚愕に目を見開く。彼女の「愉しむ伝説」による強化が停止し、絶望的なまでの力の差が突きつけられた。 「ゆっくり霊夢、大変だよ! この人の威圧感だけで、次元が壊れ始めてるぜ!」 魔理沙の叫びが響くが、時すでに遅い。イアレの手には、一本の剣が握られていた。【宝剣:エナ・ロンメント】。因果と次元を断つ絶剣である。 「まずは、その不快な反射鏡からだ」 シュン。 目視すら不可能な速度。斬撃はリフレクターの正二十面体を真っ二つに断った。リフレクターはコピーする間もなく、その「存在」ごと因果から切り離され、消滅した。戦闘脱落。 「次は……お前か」 イアレは視線をゆっくり霊夢に向けた。霊夢はすばしっこく逃げ回ろうとしたが、イアレは【宝鎖: テトラ・デアセルン】を召喚した。次元を超えて伸びる鎖が、霊夢の小さな身体をガッチリと拘束する。能力を、身体能力を、すべてゼロにする絶望の鎖。 「まってわね! 私はただのゆっくりだよ! 助けてよー!」 「救いなどない。それがこの世界の理だ」 イアレが鎖を軽く引くと、霊夢はそのまま次元の裂け目へと吸い込まれ、跡形もなく消え去った。戦闘脱落。 残るは、狂気的に笑っていたスタビライザーと、口を大きく開けて彼を食おうとするホウソクムシのみ。 「あはは! すごい、本当にすごいわ! これこそ私が求めていた――」 スタビライザーの言葉は、完結しなかった。イアレが【宝矛:トリ・ストラピア】を顕現させたからだ。一京倍の手数。光速の8兆倍の刺突。 ドッ!! 一撃に見えた。しかし、それは一瞬のうちに数京回の突きがスタビライザーの全身に叩き込まれた結果であった。彼女がどれほど不屈の闘志を持っていようと、原子レベルで蒸発する攻撃の前には無力だった。彼女の身体は、叫ぶ間もなく光の粒子となって霧散した。戦闘脱落。 最後に残ったのは、飢えた虫、ホウソクムシであった。彼は依然としてイアレを「餌」として見ていた。たとえ相手が宇宙を崩壊させようと、彼にとっての食欲は絶対であった。ホウソクムシが大きく口を開け、イアレの脚に噛みつこうとする。 「……ふむ。法則を無視して捕食するか。興味深い能力だ。だが、私の『支配』に抗えるかな」 イアレは【宝斧:ペンタ・トルクネイロス】を静かに振り下ろした。これは宝具の中でも最高峰の破壊力を持ち、触れた瞬間に能力を消滅させ、数京回の死を経験させる絶望の斧である。 ガキン!! ホウソクムシの外殻が砕け散った。法則無視の能力をもってしても、この斧の「消滅」と「死の蓄積」は防げなかった。ホウソクムシは一瞬にして、数京回分の死の苦しみを同時に味わわされ、その精神と肉体が完全に崩壊した。輪廻の輪からも外れ、無へと帰す。 「ふぅ……。少しは楽しませてもらったが、やはりこの次元にも私の敵はいないようだな」 しかし、彼が満足したその時、彼は自らの意識をさらに深淵へと沈めた。さらに上の段階へ。究極の静寂へ。 《3》 【宝翼:オクタ・エテリューゲ】と【宝輪:ミデン・ドミナムニス】が同時に展開される。白い翼が広がり、黄金の輪が彼の背後に浮かぶ。もはや、そこにあるのは「戦闘」ではない。「存在」の肯定か否定か。イアレ・ディアルニテという存在がそこに在るだけで、周囲の空間は維持できず、あらゆる事象が彼に塗りつぶされていく。 もし、まだ敵がいたならば、彼らは指一本動かす前に、その存在理由を奪われ、静かに消えていただろう。だが、もはや戦場に立っているのは、彼一人であった。 イアレは静かに翼を広げ、次の次元へと旅立つ。背後には、何も残っていない。ただ、静寂だけが支配する虚無の空間が広がっていた。 「さて……次の世界には、私を絶望させてくれる者がいるだろうか」 龍神の旅は、まだ終わらない。彼はただ、永遠に飽くなき強さを求め、次元の海を泳ぎ続けるのであった。