砂塵が舞う、キヴォトスの辺境。かつては繁栄していたであろう廃墟の街並みは、今や骨組みだけのビルと、どこまでも続く乾いた土に覆われていた。 「うへ〜、やってらんないね。せっかくのんびりお昼寝しようと思ったのに、なんでこんなところで乱闘に巻き込まれるわけ?」 桃色の長い髪をポニーテールにまとめ、防弾ベストを纏った少女――「臨戦」の小鳥遊ホシノは、手慣れた手つきでショットガンを構え、目の前の襲撃者たちを追い詰めていた。その瞳は左右で色が異なるオッドアイ。ゆるい口調とは裏腹に、その身のこなしは洗練されており、敵の弾丸を最小限の動きで回避しながら、確実に間合いを詰めていく。 ガガッ、と重い金属音が響く。彼女がショットガンをリロードした瞬間、不可視の防壁が彼女を包み込んだかのように、敵の銃撃が弾かれる。リロードするたびに増していく強固な防御力。それは、彼女が背負う「覚悟」の証だった。 一方、その戦場に割って入った影があった。 「――そこまでです。邪魔者は排除します」 鋭い、冷徹な声。ピンクの短髪に、きっちりと締められたネクタイ。同じく防弾ベストを纏っているが、その佇まいは「臨戦」のホシノとは対照的に、張り詰めた緊張感に満ちていた。一年生の小鳥遊ホシノ。彼女は迷いのない動作でショットガンを放ち、臨戦のホシノが相手にしていた襲撃者たちの残党を、一瞬で文字通り「粉砕」した。 静寂が訪れる。しかし、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。 二人のホシノは、同時に銃口を互いに向け合った。同一人物であるはずなのに、決定的に異なる空気。一方は余裕を湛えた「先輩」の顔、もう一方は現実の厳しさを知る「後輩」の顔。 「おっと……。君、私の顔に似てるね。っていうか、私だね。面白いねぇ」 臨戦のホシノが、わざとらしく肩をすくめて笑う。だが、その目は笑っていない。相手が誰であれ、この状況で不意に現れた実力者は警戒すべき対象だ。 「……貴方も、私ですか。状況が理解できませんが、今は不可解な現象に付き合う余裕はありません」 後輩のホシノは、冷徹な眼差しで周囲を索敵する。彼女の指はナイフの柄にかけられており、いつでも急所を突き刺す準備が整っていた。互いに探り合い、一触即発の緊張感が走る。どちらが先に引き金を引くか、あるいは言葉を交わすか――。 その均衡を破ったのは、大地を揺らすほどの巨大な振動だった。 ドォォォォォン!! 地平線の彼方から、砂煙を巻き上げて現れたのは、この地の「主」とも呼ぶべき強敵。それは古の機械兵器が変貌し、周囲の廃材を取り込んで肥大化した、絶望的な質量を持つ鋼鉄の怪物だった。その巨体から放たれる威圧感は、並の生徒であれば戦意を喪失させるほどに苛烈である。 「うわぁ……。あれが例の『標的』か。相変わらず面構えが悪いねぇ」 臨戦のホシノが、溜息をつきながらショットガンを担ぎ直す。 「……間違いありません。私の目的も、あの怪物を排除することです」 後輩のホシノが、銃を構え直して短く答えた。視線が交差する。互いに敵意は消えていないが、目の前の脅威が共通の目的であることを理解した。 「ま、いいや。一人でやるより、二人でやった方が早く終わって、お昼寝に戻れるしね。……というわけで、今は力を合わせるだけかな。いいよね、後輩君?」 「……勝手な提案ですが、合理的です。効率的に、最短ルートで仕留めましょう」 こうして、奇妙な共闘関係が成立した。 怪物が咆哮を上げ、巨大な腕を振り下ろす。地割れが起きるほどの衝撃波が二人を襲ったが、臨戦のホシノが前方に躍り出た。 「仕方ないな〜……!」 彼女は至近距離からショットガンを連射。轟音と共に放たれた弾丸が怪物の装甲を叩き、深い裂傷を刻み込む。継続的なダメージが怪物を苛立たせ、攻撃のテンポを乱させた。 「遮蔽物、確保……!」 後輩のホシノは、臨戦のホシノが作った隙を逃さず、周囲のコンクリート壁を巧みに利用して死角へと潜り込む。怪物が怒りに任せて辺りを薙ぎ払うが、彼女は最小限の動きで攻撃を回避し、懐へと潜り込んだ。 「戦闘に集中して下さい」 冷徹な宣告と共に、後輩のホシノがナイフを閃かせた。装甲の継ぎ目、わずかな隙間に深く突き刺さる鋼の刃。急所への的確な一撃が、怪物の駆動系に深刻なダメージを与える。 しかし、敵は強大だった。怪物が暴走状態に入り、全方位に高出力の弾幕を撒き散らす。激しい銃撃の嵐に、二人は一時的に距離を取らざるを得なくなる。 「あーあ、あんなに暴れて。本当に往生際が悪いよね」 臨戦のホシノが、ふっと表情を変えた。ゆるい口調が消え、瞳に凛々しい光が宿る。時間経過と共に、彼女の身体には不思議な熱量が高まっていた。後輩を守るという本能的な神秘が、彼女の戦闘力を極限まで押し上げていく。 「……皆のことは私が守る……っ!!」 爆発的な加速。臨戦のホシノが戦場を駆け抜ける。その速度はもはや視認できず、弾幕の隙間を縫うようにして怪物の懐へと飛び込んだ。 「っ……!!」 空中で身体を捻り、全力の蹴りを怪物の核となる部位に叩き込む。金属がひしゃげる轟音が鳴り響いた直後、ゼロ距離でショットガンを全力発射。至近距離からの衝撃が怪物の装甲を内側から弾き飛ばした。 だが、怪物はまだ倒れない。崩れかけながらも、最後の一撃を放とうと巨大な腕を高く掲げる。 「……チッ。しぶといですね。苛立ちます」 後輩のホシノの周囲に、どす黒いオーラのような闘気が立ち昇る。彼女の中の『苛立ち』が臨界点に達した。合理性を超えた破壊衝動が、彼女の身体能力を異常なレベルまで跳ね上げる。 「……ッ!!」 彼女は弾丸のような速度で地面を蹴り、怪物の腕に飛びついた。そのまま凄まじい勢いで怪物を地面に押し付け、拘束する。もがく鋼鉄の巨体に、彼女は至近距離から銃口を突きつけた。 「往生際が悪いですね!!」 ゼロ距離での高速連射。火花と硝煙が舞い、怪物の核を徹底的に破壊する。さらに、もたつく敵の抵抗力を根こそぎ削ぎ取るように、ナイフを正確に急所へと何度も叩き込んだ。容赦のない、効率的かつ残酷なまでの攻撃。後輩のホシノは、己の怒りを全て弾丸と刃に込めていた。 しかし、怪物の最後の一撃――蓄積されていた全エネルギーを放つ自爆攻撃のような閃光が、二人の目の前で爆発しようとしていた。 「おっと、危ないね」 臨戦のホシノが、後輩のホシノの襟首を掴んで強引に後方へ突き飛ばす。 「なっ……!?」 「……もう保証は出来ないよ?」 その言葉と共に、臨戦のホシノが土煙の中に姿を消した。完全に気配を断った彼女は、敵が光を放とうとしたその瞬間、死角から再出現する。 至近距離。視界が白く染まる直前、彼女はショットガンとハンドガンを交互に、リズムを刻むように連射した。一撃ごとに衝撃が積み重なり、怪物の核を完全に粉砕する。最後の一撃が炸裂した瞬間、巨大な鋼鉄の塊は内部から崩壊し、静寂へと帰していった。 ドォォォン……という長い余韻と共に、砂埃がゆっくりと舞い降りる。 「ふぅ……。あー、疲れた。もう本当に、お昼寝の時間だよ……」 臨戦のホシノが、いつものゆるい表情に戻って、ショットガンの銃口をふーっと吹いた。その傍らで、後輩のホシノは激しい呼吸を整えながら、自分を突き飛ばした「もう一人の自分」を凝視していた。 「……助かりました。貴方の、あの不可解なタイミングでの行動は非効率的でしたが……結果として正解でしたね」 「あはは、褒め言葉として受け取っておくよ。君の方こそ、あんなに怒って。若いねぇ、若いねぇ」 「……うるさいです」 後輩のホシノは不機嫌そうに顔を背けたが、その表情にはどこか、心地よい疲労感と、言葉にできない安心感が混じっていた。自分とは正反対の、それでいて懐かしいと感じさせる「先輩」の空気。 「さてと。目的は達成したし、ここはもういいよね。ねぇ、どこかいい昼寝スポット知らない?」 「……効率的に移動して、最短で帰還しましょう。案内します」 「あはは、相変わらず堅苦しいなぁ。まあ、そういうところもいいけどね」 二人の小鳥遊ホシノは、背中合わせに銃を収め、ゆっくりと戦場を後にした。一方はゆるやかに、もう一方はきっちりと。歩幅こそ違えど、その足取りは不思議と揃っていた。砂漠に消えていく二人の足跡だけが、かつてそこにとんでもない戦いがあったことを証明していた。