雲を突き抜けるほどの巨躯、地響きを立てて座す伝説の食客『拉味王』。その胃袋はもはやブラックホールであり、並の麺では口当たりにすらならない。彼を満足させるため、およそ相容れない三者が一つの鍋を囲んでいた。 「いいか、とにかく『春』じゃなきゃダメだぞ! 桜、若草、お日様の匂い! これがなきゃ始まらん!」 ブルーシートにどっしりと構えたお花見おじさんが、酔った勢いで古代ギリシャの刀剣ハルペーを振り回す。その刃が、極限まで鋭く切り出された「春の山菜」と「桜海老」を舞い踊らせた。 大悪魔アビスは無言のまま、浮遊する本棚から幾冊もの魔導書を開く。 【炎獄】で一瞬にしてスープを沸騰させ、【水獄】で比類なき純度の出汁を抽出し、【氷獄】で麺の締め時間をコンマ一秒単位で制御。さらに【神聖】の魔術を加え、一口食べれば魂が浄化されるほどの究極の黄金スープを完成させた。 そして、高台から冷静に見守っていたエルシウム・ロスト=コードが、狙撃銃《Ark》を構える。 「……仕上げに、記憶の断片を。物理法則の書き換え、開始」 静寂が訪れる。放たれた弾丸【パラディズム・ブラスト】が丼の中心に激突した。消滅現象に伴い、食材の雑味が完全に消し飛び、代わりに「失われた理想郷の芳醇な香り」が麺の一本一本にまで強制的に書き込まれた。 春の情景、魔術的な調和、そして理想郷の記憶。三者の力が融合した、この世ならぬ一杯が完成した。 代表して、お花見おじさんが酔いしれた顔で丼を掲げ、巨人に突き出す。 「おお! こりゃあ最高に春っぺぇぜ! 食らえ、俺たちの特製・春爛漫パラダイス麺だ!!」 拉味王がそれを一口で啜った瞬間――。 世界が、白く染まった。 拉味王の背後から、突如として数百万本の桜の花が爆発的に開花し、巨大な竜巻となって天を衝く。同時に、彼の意識は極彩色に塗り替えられた理想郷へと射出され、精神的な快楽がビッグバンを起こした。衝撃波で周囲の山々がなぎ倒され、空には見たこともない極彩色のオーロラが舞う。拉味王はあまりの衝撃に、身体が黄金色に発光し、そのまま成層圏まで垂直に打ち上げられた後、超音速で地上に逆戻りし、大地に巨大なクレーターを刻んだ。 静寂が戻った後、拉味王は恍惚とした表情で、指を一本立てた。 「……採点。1,000,000,000(十億)点だ」 規格外の点数に、お花見おじさんは「がはは!」と笑い、アビスは静かに本を閉じ、エルシウムは小さく溜息をついて銃を肩に担いだ。性格も種族もバラバラな三人が、一人の大食漢を満足させた奇跡の春の一日であった。