灼熱の風が吹き荒れる、何もない開けた荒野。地平線まで続く灰色の土壌は、ただ静寂に包まれていた。しかし、その静寂は、対峙する二人の男の存在によって、嵐のような緊張感へと塗り替えられていた。 一人は、カイザー。その身から立ち昇る熱気は陽炎となり、周囲の空気を歪ませている。もう一人は、マハトラ・ノア。蒼黒の髪に龍の眼孔、額から伸びる角。その筋骨隆々とした肉体は、ボディインナー越しにも圧倒的な質量を感じさせた。手には、禍々しくも神々しい『龍王の魔斧』が握られている。 二人は互いの名前と外見しか知らない。能力も、戦い方も、内面も。未知という名の不確定要素が、戦場に心地よい緊張感を与えていた。 (ふん、見たところただの筋肉ダルマか。だが、あの斧だけは厄介そうだな) カイザーは内心で鼻で笑った。相手の屈強な体格と巨大な武器から、単純なパワータイプの戦士であると推測した。爆発による超高速移動と広範囲攻撃を得意とする自分にとって、鈍重なパワータイプは格好の餌食に過ぎない。そう判断したカイザーの瞳に、冷徹な天才の光が宿る。 一方、マハトラ・ノアは陽気に口角を上げた。龍の眼孔が、カイザーの足元で揺らめく熱気と、不自然に歪む空間を捉えていた。 「いやあ、いい熱気だね! 君、もしかして火を扱うタイプかい? それとも、ただ単に暑がりなのかな」 軽快な口調。だが、その視線は鋭く、カイザーの重心、呼吸、そして周囲の温度上昇の速度を分析していた。マハトラは洞察力の高さから、相手が単なる魔法使いではなく、自身の周囲の環境そのものを変質させていることに気づいていた。 「……喋りすぎだ。消えろ」 カイザーが低く呟いた瞬間、爆音が荒野を震わせた。 ドォォォン!! カイザーの足元で小さな爆発が起こり、その反動を利用した超高速移動が発動する。視覚的には消失に近い速度。マハトラの目の前からカイザーの姿が消え、次の瞬間には、彼の背後へと回り込んでいた。 (速い! 単なる身体能力じゃない、爆発の推進力を利用しているのか!) マハトラは驚愕しつつも、即座に反応した。龍王の魔斧を大きく旋回させ、背後の空間ごと叩き切る。 「おっと!」 カイザーは空中で身を翻し、回避。同時に右手を突き出す。 「《爆焔砲》!」 手のひらから放たれたのは、凝縮された爆発魔力のビーム。直線上のすべてを焼き尽くし、爆発させながら突き進む破壊の奔流だ。マハトラはそれを正面から受け止めるべく、魔斧を構えた。 「っ……! 威力は相当なもんだな!」 轟音と共に土煙が舞い上がる。しかし、マハトラは後退していなかった。彼は『力』の権能を使い、自身が斧で受け止める「防御力」という力を倍加させていた。爆焔砲の衝撃波で足元の地面は円形に抉れたが、彼自身は微動だにせず、むしろその衝撃を愉しむように笑っていた。 (何だと……!? 正面から受け止めた上に、びくともしないだと? 防御特化の能力か、あるいは異常なまでの耐久力を持っているのか) カイザーの思考が高速で回転する。感情的に「ありえない」と苛立ちながらも、判断は冷静だ。正面突破が困難であるならば、手数と範囲で制圧し、隙を作るしかない。 カイザーは再び爆発的な加速を繰り返し、マハトラの周囲を高速で旋回し始めた。残像が円を描き、その軌跡に沿って不可視の魔力が散りばめられていく。 「いい動きだ! でも、追いかけっこは苦手なんだよね」 マハトラが斧を地面に突き立てた瞬間、凄まじい衝撃波が周囲に広がった。単なる物理的な打撃ではない。『力』の権能によって倍加された衝撃が、大地を波打たせ、カイザーの高速移動の軌道を乱そうとする。 (地面を揺らして重心を崩させるか。単純だが効果的だ。だが、俺は空も飛べる) カイザーは空中に跳ね上がり、不敵に笑った。 「終わりだ。《連空爆》!」 合図と共に、先ほどまで彼が旋回していた軌跡に散りばめていた魔力が一斉に連鎖爆発を起こした。上下左右、あらゆる方向からマハトラを包み込む爆炎の檻。逃げ場のない、致命的な一撃のはずだった。 ドガガガガガァァァン!! 空が白く染まり、大地が激しく震える。爆風が荒野を薙ぎ払い、視界を完全に遮った。カイザーは着地し、満足げに肩をすくめる。 「どんなに力が強くても、全方位からの同時爆破には耐えられない。これで……」 だが、煙の中から聞こえてきたのは、呆れたような、そして陽気な笑い声だった。 「あはは! すごいね、本当に派手だ! でも、ちょっとだけ足りないかな」 煙が晴れたそこには、服が一部焦げ、皮膚に赤い擦り傷を負いながらも、ピンピンしているマハトラ・ノアの姿があった。彼は龍王の魔斧を肩に担ぎ、余裕の表情を崩していない。 (馬鹿か……!? 今のは確実に致命傷になる威力だった。なぜ生きている? 回復能力か? それとも、ダメージを無効化する特殊な権能を持っているのか!?) カイザーの内心に苛立ちが募る。天才である彼にとって、計算外の事象は最大のストレスだ。しかし、同時に闘争心に火がついた。正体が分からない分、それを暴き、粉砕したいという欲求が彼を突き動かす。 「……面白い。なら、もっと出せばいいだけのことだ」 カイザーはあえて距離を取り、静止した。目を閉じ、深く呼吸を整える。その瞬間、彼を取り巻く空気が一変した。魔力が激しく凝縮され、周囲の温度がさらに上昇する。地面が赤く熱せられ、溶け始めた。 (魔力を溜めているな。あのような態勢になるということは、次に来るのは最大級の一撃か、あるいは能力の強化か。……なるほど、溜める時間が長いほど威力が上がるタイプか。ならば、溜め切る前に叩き潰せばいい) マハトラは洞察力を働かせ、カイザーの狙いを推測した。彼は地を蹴った。筋骨隆々の脚から放たれる爆発的な踏み込み。権能によって倍加された身体能力は、もはや生物の域を超えていた。 「悪いけど、待ってあげないよ!」 マハトラの巨体が弾丸のように突き進む。龍王の魔斧が、空気を切り裂き、真空の刃を伴ってカイザーへと振り下ろされる。 (あと3秒……くそ、速い!) カイザーは溜めていた魔力を強引に解放し、至近距離で《爆破》を発動させた。突き出した手がマハトラの腕に触れる。内側から対象を破壊する、防御無視の一撃。 ドォォン!! マハトラの腕の中で爆発が起こる。しかし、マハトラは痛みに顔をしかめながらも、止まらなかった。むしろ、その爆発の反動を利用して、さらに加速した。 「あいたたた! でも、いい刺激だね!」 (なっ……!? 内部爆破を耐えた上に、それを推進力に利用しただと!? この男、化け物か!) カイザーの計算が完全に狂った。防御無効の攻撃を、ただの「刺激」として処理し、さらに権能でその力を利用したのか。絶望的なまでのタフネスと適応力。だが、カイザーの瞳は死んでいなかった。むしろ、極限状態での判断力はさらに研ぎ澄まされていた。 (10秒経った。……今だ!) 魔力の充填が完了した。カイザーの全身から黄金色のオーラが噴き出し、周囲の温度が極限まで跳ね上がる。空気さえも燃え上がり、周囲の岩石が瞬時にガラス状に溶け落ちた。能力の超大幅強化。今の彼は、歩く太陽に等しい。 「死ねぇぇ!!」 超強化された《爆焔砲》が放たれる。先ほどとは比較にならない太さと威力。放たれたビームはマハトラの胸元を直撃し、彼を後方へと猛烈に吹き飛ばした。地面に深い溝が刻まれ、マハトラは数百メートルにわたって跳ね、やがて土煙と共に激突した。 静寂が戻る。カイザーは荒い息をつきながら、破壊の跡を見つめた。 (……当たった。今のは避けられたはずがない。あの耐久力をもってしても、今の出力なら消し飛ばしたはずだ) だが、土煙の中から、ゆっくりと、だが確実に、立ち上がる影があった。ボロボロになったボディインナーから、血に染まった筋骨隆々の肉体が露出している。マハトラの意識は朦朧としていたが、その眼孔にはまだ強い光が宿っていた。 「……ふぅ。本当に、完敗しそうだったよ。君の力、本当にすごいね。でもさ……」 マハトラが魔斧を強く握りしめる。彼の権能『力』は、単に防御力や攻撃力を上げるだけではない。受けた衝撃、蓄積されたエネルギー、そして絶望的な状況下での「生存本能」という力さえも倍加させることができる。 「ここからが本番だよ」 マハトラが地を蹴った。今度は先ほどまでとは比較にならない。空気そのものが悲鳴を上げ、衝撃波だけで周囲の地面が陥没する。カイザーの視界からマハトラが消えた。いいえ、速すぎて認識できなかった。 (速すぎる! 見えない……!?) カイザーが反応するより早く、マハトラの拳が彼の腹部にめり込んでいた。権能によって極限まで倍加された『打撃力』。それは爆発と同等の衝撃を一点に集中させた一撃だった。 ガハッ!! カイザーの体がC字に折れ曲がり、そのまま後方へ吹き飛ばされる。内臓を揺さぶられる衝撃。天才的な判断力をもってしても、回避不可能な速度と威力だった。 (ぐ……っ! まだだ……まだ終わらん!) カイザーは地面を転がりながらも、最後の手札を繰り出す決意をした。もはや個別のスキルでは勝ち目がない。相手の底知れない『力』を上回るには、この世界で最大の破壊を叩き込むしかない。 カイザーは自身の全魔力を、一点に、そして全方位へと展開し始めた。彼を中心に、半径1キロメートルという広大な領域が、不気味なほど静まり返る。それは嵐の前の静けさ。死の宣告。 「全部……まとめて消え失せろ!!」 《グランドフェスティバル》!! 閃光が世界を塗り潰した。半径1キロメートルのすべてが、同時に、最大出力で爆発する。回避不能。防御不能。地形ごとすべてを消し去る絶滅の光。爆風は天高く昇り、巨大なキノコ雲が荒野にそびえ立った。 爆心地にいたカイザー自身も、その反動で激しいダメージを負っていた。全身から血を流し、意識が遠のく中で、彼は確信していた。これで、誰であっても生き残ることは不可能だ、と。 しかし。 爆炎がゆっくりと引き、焦土と化したクレーターの底に、一人の男が立っていた。 マハトラ・ノア。全身に深い火傷を負い、龍王の魔斧は半分ほど砕けていた。もはや立っているのが不思議なほどの重傷。だが、彼は口端から血を流しながら、ニカッと笑った。 「……あはは。本当に……すごかったよ。死ぬかと思った」 カイザーは目を見開いた。絶望。計算外。そんな言葉さえも、今の彼には贅沢に感じられた。 (なぜだ……なぜまだ立っている……!? 全魔力を注いだ一撃だぞ……!!) 「君の攻撃は最高だった。でもね、僕は『力』を倍にする人間なんだ。死にそうになるほどの絶望的な状況になればなるほど、生きようとする『力』も、耐え抜こうとする『力』も、全部倍になっていくんだよ」 マハトラはふらつきながらも、折れた魔斧の残骸を杖代わりに、ゆっくりとカイザーへ歩み寄った。カイザーにはもう、立ち上がる力も、魔力を練る気力も残っていなかった。 マハトラは、力尽きて横たわるカイザーの隣にどさりと腰を下ろした。 「いい戦いだった。君みたいな天才に全力でぶつかれるなんて、最高に気分がいいね」 カイザーは空を見上げた。真っ白に燃え尽きた空に、かすかに青い色が戻り始めていた。彼は悔しさに顔を歪めながらも、同時に、自分を上回る「理不尽な力」に完敗したことへの、奇妙な充足感を感じていた。 「……チッ。最悪だ」 そう呟いたカイザーの意識は、深い闇へと落ちていった。 【勝者:マハトラ・ノア】