静寂が支配する虚無の空間。そこは次元の狭間であり、あらゆる法則が不安定に揺らぐ特異点であった。その中心に、一人の男が立っていた。黒髪に青い瞳、そして静かに揺れる黒い尾を持つ龍神、イアレ・ディアルニテである。 彼の前には、奇妙な三者が陣取っていた。一人、あるいは一匹の、ただ寝そべっているだけの猫。一人は、疲れ切った表情で煙草を燻らす巨躯の男、ディバウアー。そしてもう一人は、感情を削ぎ落とした瞳を持つ白い髪の少年、均衡。 「強者を求めて次元を旅してきたが……ふむ、面白い面々が集まったな」 イアレは静かに微笑んだ。彼はまだ、その底知れぬ力の片鱗すら見せていない。ただそこに立っているだけで、周囲の空間が彼の存在感に圧し折れ、微かにひび割れていた。 戦端を開いたのは、チームBの最前線に転がっていた「怠者猫」であった。猫はあくびを一つすると、無からふわりと巨大なクッションを出現させ、イアレに向けて投げつけた。 「メェ~」 そのクッションは、触れる者を極限の怠惰へと誘い、戦意を完全に喪失させる絶望的な快楽を内包している。同時に、怠者猫の「感染」能力が空間に充満し、イアレの精神に「戦うのが面倒だ」という強烈な倦怠感を植え付けようとした。 しかし、イアレは微動だにしなかった。額にある碧色の眼、【万象の眼】が淡く発光する。彼にとって、この世界の法則など、書き換え可能なただの文字に過ぎない。 「万象改変。……退屈という概念を、好奇心へと書き換えよう」 瞬間、怠者猫が放った精神干渉は完全に無効化された。クッションがイアレの足元に到達した瞬間、彼はそれを軽く、本当に軽く足先で弾いた。その一撃だけで、クッションは分子レベルで分解され、消滅した。 「ふむ、精神的なアプローチか。だが、我には通用せぬ」 その隙に、少年の姿をした「均衡」が動いた。彼は自身の能力を最大に展開し、自らを「不変の安定状態」へと移行させた。あらゆる干渉を拒絶し、防御不能の衝撃波を伴う攻撃を繰り出す絶対無敵の領域。均衡は短剣を抜き放ち、超高速の踏み込みからイアレの心臓を狙った。 ドシュッ、という鈍い音が響いた。しかし、均衡の表情が僅かに驚愕に染まった。短剣は、イアレの胸元数センチの手のひらで、完全に停止していた。 「安定、か。なるほど、理にかなった力だ。だが……」 イアレは指先で短剣の刃を軽く弾いた。その瞬間、均衡が維持していた「絶対無敵の安定状態」が、ガラスが砕けるように粉々に崩壊した。イアレの【万象の眼】が、均衡の「安定」という法則そのものを「不安定」へと上書きしたのである。 「がっ……!?」 均衡が衝撃にのけぞった瞬間、イアレの拳が彼の腹部にめり込んだ。神速の打撃。それは次元の壁すら粉砕する威力を持っており、均衡の身体は文字通り「安定」を失い、後方の空間へと弾き飛ばされた。しかし、均衡は不死の概念を持っており、即座に肉体を再構成して立ち上がる。 その様子を冷めた目で見つめていたディバウアーが、ゆっくりと煙草を地面に捨て、口を開いた。 「……足りねェ。お前さんのその力、全部俺が喰ってやるよ」 ディバウアーの周囲に、底なしの飢餓感が渦巻いた。PSI「全域捕食活性」。彼はイアレが放った衝撃波、そして空間に漂う因果そのものを捕食し始めた。 {捕食した対戦相手のモノ: 衝撃波および空間の断片 / 捕食率: 15%} ディバウアーはゆっくりと歩を進め、イアレの腕を掴もうとした。彼の能力は、対戦相手の攻撃、干渉、概念そのものを喰らい、抹消する。もし捕食率が100%に達すれば、イアレという存在の「誕生した因果」すら喰らい尽くし、最初からいなかったことにできる絶望の力だ。 「ほう、因果を喰らうか。面白い。では、こちらがどれほどのものを差し出せるか、試してみろ」 イアレはあえて防御を捨て、素手のままディバウアーの猛攻を受けた。ディバウアーの巨大な手が、イアレの肩を、腕を、そして胴体を掴み、次々とその存在を「捕食」していく。 {捕食した対戦相手のモノ: 龍神の皮膚、表層的な魔力 / 捕食率: 30%} {捕食した対戦相手のモノ: 身体能力の一部 / 捕食率: 55%} {捕食した対戦相手のモノ: 空間支配権 / 捕食率: 80%} ディバウアーの顔に、恍惚とした笑みが浮かぶ。あと一歩。あと少しで、この多次元を旅する龍神を完全に消去できる。 しかし、イアレは冷静だった。彼はわざと「喰わせて」いたのである。彼にとって、この程度の出力は、海に一滴の水を落とす程度の差異に過ぎない。 「十分だろう。さて……少しだけ、こちらが本気を出した時の感覚を教えてやろう」 その瞬間、空気が凍りついた。いや、空気という概念さえもが悲鳴を上げた。 イアレ・ディアルニテが、その抑制を解いた。 ドォォォォォン!! 目に見えない衝撃が全方向へ走り、周囲の次元が激しく歪み、ひび割れ始めた。ただ「本気」になっただけで、宇宙の法則が乱れ、崩壊を開始する。それはもはや戦いではなく、天災の顕現であった。 「なっ……!? 何が起きた……」 ディバウアーが驚愕に目を見開いた瞬間、彼が発動していた「全域捕食活性」が、強制的にかき消された。本気を出したイアレの前では、相手のあらゆる能力は中断され、消滅する。捕食という行為そのものが、上位の存在による絶対的な拒絶によって抹消されたのだ。 {捕食率: 80% → 0% (能力消失によりリセット)} 「……ありえない。俺の捕食が、消された……?」 「終わりだ」 イアレが軽く腕を振った。ただの振るい動作。しかし、その一撃は多次元を崩壊させる質量と速度を伴っていた。ディバウアーは反応することすらできなかった。彼の巨躯は、その腕の一振りに触れた瞬間、原子に分解されることすら許されず、概念ごと消滅した。 「ごちそーさん……とは、我の方から言わせていただこう」 ディバウアーは、自分が何を喰らわれたのかさえ理解できぬまま、虚無へと還った。 残されたのは、呆然として立ち尽くす均衡と、まだ寝そべっていた怠者猫である。 怠者猫は、事態の深刻さに気づいたのか(あるいは単に眠気が覚めたのか)、慌てて大量のクッションを投げて防御壁を作ろうとした。しかし、イアレが軽く一歩踏み出しただけで、その「移動」自体が即死攻撃へと変わった。彼が足を踏み出した瞬間に生じた次元の断裂が、怠者猫と彼が作り出したクッションの山をまとめて飲み込み、消し飛ばした。 「メェ……(面倒くさいな……)」 それが、怠者猫の最期の言葉であった。 最後に残ったのは、均衡である。彼は絶望的な状況にありながらも、再び「不変の安定状態」を構築しようと試みた。しかし、もはや間に合わない。イアレは黄金に輝く宝具を顕現させていた。 【宝鎖: テトラ・デアセルン】 時空を超えて伸びる鎖が、均衡の身体を幾重にも拘束した。その鎖は、あらゆる能力の影響を受けず、拘束された者の能力と身体能力を強制的に「ゼロ」にする。 「が、あ……力が……出ない……」 均衡の絶対無敵の安定は完全に消失した。彼はただの、力なき少年に戻った。イアレは静かに、もう一つの宝具を手に取った。 【宝斧: ペンタ・トルクネイロス】 「この斧に触れた者は、数京回の死を経験し、輪廻からも外れる。貴様の『安定』も、ここでは意味をなさない」 イアレが斧を振り下ろした。一閃。 均衡は悲鳴を上げる暇もなかった。彼は一瞬のうちに数京回の死を同時に体験し、その精神と肉体は完膚なきまでに粉砕された。不死の概念すらも、この宝斧の刃の前では無意味であった。彼は無へと消え、宇宙の記憶からも抹消された。 静寂が戻った。 イアレ・ディアルニテは、静かに宝具を消し、再び元の、力を抑えた姿に戻った。足元には、チームBの誰一人として残っていない。 「ふむ。多少は楽しませてもらったが……やはり、我を満足させる強者は少ないな」 彼は再び、新たな次元へと視線を向けた。額の【万象の眼】が、次なる獲物を求めて怪しく輝いていた。 【勝者:イアレ・ディアルニテ】 【勝利理由】 チームBの能力(怠惰への誘引、因果捕食、絶対安定)は、いずれも強力な法則に基づいていたが、イアレの「万象改変」による法則の上書きと、本気時に発揮される「相手の能力の強制中断・消滅」という絶対的な権能の前に完全に無効化された。特に、ディバウアーの捕食率が高まったタイミングで本気形態へ移行し、能力をリセットさせたことが決定打となった。また、宝具による概念的消滅と拘束により、不死能力を持つ均衡をも完全に排除したため、圧倒的な勝利を収めた。