突き抜けるような青い空と、地平線まで続く乾いた灰色の荒野。遮るもののないその空間に、対照的な二人の男が対峙していた。 一人は、小柄ながらも身に纏う空気が刺すように鋭い男、カイザー。もう一人は、上半身を晒し、耳にいくつものピアスを光らせた巨躯の男、ヴォロムである。 二人は互いの名前と外見以外の情報は持たされていない。模擬戦闘という名目のもと、彼らは静かに距離を測り合っていた。 (……デカいな。巨人族か。見たところ筋肉の付き方は自然だが、あの体格なら単純な打撃だけでも致命傷になりそうだ。だが、鈍重だろうな。この距離なら先手を取れる) カイザーは冷徹にヴォロムを分析する。感情的な気質を持ちながらも、戦闘における判断力は天才的だ。彼はヴォロムの「大きさ」を「鈍さ」と結びつけ、高速機動による攪乱が有効であると推論した。 一方、ヴォロムは穏やかな眼差しで目の前の小柄な男を見つめていた。 (激しい気配だ。目つきに余裕がないな。きっと、速さと攻撃力に特化したタイプだろう。小さく身軽に動いて、隙を見て一撃を叩き込む……そんな戦い方をするんだろうな。静かに、確実に潰さなければならん) ヴォロムは相手の雰囲気から、カイザーが「衝動的な攻撃手」であると推測した。正解に近いが、カイザーの持つ「天才的な判断力」という側面は見落としていた。 静寂を破ったのはカイザーだった。 「あー、もういい。時間 wasting だ。ぶっ飛ばすぜ!」 叫ぶと同時に、カイザーの足元で小さく鋭い爆発が起きた。爆風を推進力に変えた彼は、視認不可能な速度でヴォロムへと肉薄する。超高速移動。それは単なる速度ではなく、爆発という衝撃を制御した精密な機動だった。 ヴォロムの視点からすれば、カイザーは消えた。いや、直線的に突き進んできた。だが、その速度は想像を絶していた。 (速い! だが、直線的だ) ヴォロムは冷静に判断し、右腕を瞬時に巨大化させた。《巨人化》による質量操作。5メートルだった彼の腕が、一瞬にして太い大樹のような質量へと変わり、カイザーの進路を塞ぐように振り下ろされる。 ドォォォン!! 大地が激しく揺れ、土煙が舞う。しかし、そこには誰もいなかった。 「遅いんだよ! 鈍亀が!」 カイザーは空中へ跳ね上がり、ヴォロムの頭上から襲いかかる。彼は移動の際に出る爆風を巧みに利用し、三次元的な軌道を描いていた。そして、空中で指を弾く。 《連空爆》 ヴォロムの周囲の空間に、あらかじめカイザーが散りばめていた不可視の魔力が一斉に臨界点を迎えた。至近距離で連続して発生する爆発の連鎖。激しい衝撃波と炎がヴォロムを包み込む。 「ぐ……っ!」 ヴォロムは腕で顔を覆い、衝撃に耐える。爆風で皮膚が焼け、衝撃で後退を余儀なくされた。しかし、彼は驚いていた。単なる爆発ではない。相手はあらかじめ「罠」を仕掛けていたのだ。 (あいつ、移動しながら魔力を撒いていたのか。計算高いな。感情的に見えて、盤面を支配しようとしている。ただの暴走特急ではないな) ヴォロムの瞳から穏やかさが消える。静かな怒りが、彼の内側で熱を帯び始めた。彼はさらに《巨人化》を加速させ、全身を15メートル級へと増大させる。同時に、背中と肩から太い腕が次々と生えてきた。 《阿修羅》 合計6本の腕。それは圧倒的な物量による制圧の構えだった。 「はっ! 腕が増えたところで、当たらなきゃ意味ねえんだよ!」 カイザーは挑発的に笑いながら、再び超高速移動を開始する。爆風を蹴り、ジグザグに、そして円を描くようにヴォロムの周囲を旋回する。その速度はさらに増し、周囲の空気が摩擦と能力の影響で超高温へと変わり始めた。 ヴォロムは周囲の温度上昇に気づく。 (熱い……。単なる爆発ではなく、周囲の環境ごと変える能力か。近づけば近づくほど、俺の皮膚が焼かれる。この熱こそが彼の『領域』というわけか) ヴォロムは6本の腕を自在に操り、全方位への防御壁を構築しようとする。しかし、カイザーの狙いは防御の突破ではなく、一点突破だった。 「ここだ!」 カイザーが一瞬、速度を落としてヴォロムの懐に潜り込んだ。ヴォロムは即座に巨大化した腕で彼を押し潰そうとするが、カイザーの反応はさらに速い。彼はヴォロムの巨大な脚に触れた。 《爆破》 触れた箇所から内側へと向けて、猛烈な爆破エネルギーが注入される。防御を無視して内部から破壊する一撃。ヴォロムの脚に巨大な穴が開き、衝撃で体勢が崩れた。 「ぐあああっ!」 (内側から爆破……!? 防御など意味をなさない攻撃か。触れられたら終わりだ。この男、恐ろしいな) ヴォロムは激痛に耐えながらも、思考を止めなかった。相手の攻撃は強力だが、すべて「接触」か「魔力の設置」に基づいている。ならば、距離を完全に詰め、逃げ場をなくした状態で圧倒的な質量で押し潰せばいい。 ヴォロムは自らの体を最大級の50メートルへと膨張させた。もはや山のような巨躯。その質量だけで、周囲の大地がみしりと悲鳴を上げる。 「デカくなればいいと思ってんのか? 笑わせるな!」 カイザーは不敵に笑う。だが、その内心では計算を始めていた。相手の再生力は不明だが、物理的な耐久力は相当なものだ。通常の爆破では時間がかかる。ならば、より強力な一撃を叩き込む必要がある。 カイザーはあえてヴォロムの視界から消え、一定の距離を置いた。そして、静止した。 (……今だ。10秒。10秒だけ耐えればいい) カイザーは全神経を集中させ、魔力を練り上げる。彼の周囲で空気が歪み、陽炎が激しく立ち昇る。爆破能力の超大幅強化。それは彼にとって最大の切り札への準備だった。 ヴォロムは、静止したカイザーを見て違和感を覚えた。 (なぜ止まった? 隙を見せたのか? いや、あの気配……魔力が凝縮されている。何か大きな攻撃を準備しているな。待っている暇はない) ヴォロムは50メートルの巨体から繰り出す、最大出力の拳を振り下ろした。空気を切り裂く衝撃波だけで地面が抉れる。文字通り「天から降る絶望」のような一撃だ。 1、2、3……。 カイザーはカウントしていた。あと数秒。拳が頭上に迫る。逃げれば強化は中断される。だが、彼は逃げなかった。爆破耐性による自己防衛を信じ、限界まで魔力を溜める。 8、9、10。 「完成だ!!」 拳がカイザーを叩き潰す直前、彼は爆発的な魔力の奔流を直線的に放った。 《爆焔砲》 超強化された爆焔ビームが、ヴォロムの拳を正面から貫いた。凄まじい爆発と共に、直線上のすべてが削り取られる。ヴォロムの巨大な腕が、肘から先まで完全に消し飛ばされた。 「ガハッ!!」 あまりの威力に、50メートルの巨体が後方へ吹き飛ばされる。大地に激突し、巨大なクレーターが出来た。 カイザーは着地し、肩で息をしながらも笑みを浮かべていた。 (かかったな。この威力なら、次の一撃で確実に仕留められる) しかし、ヴォロムはまだ倒れていなかった。腕を一本失い、激しいダメージを負いながらも、彼は静かに立ち上がった。その目は、もはや温厚な巨人のものではなかった。静かな、しかし底知れない怒りに満ちていた。 (……痛いな。本当に、痛い。だが、これで分かった。お前の能力の限界と、その代償。お前は今、すべてを出し切った。いや、出し切ろうとしているな) ヴォロムは気づいた。カイザーの魔力が、臨界点に達していることに。それは最強の一撃の予兆であり、同時に、それ以外の手段を失う「全投入」であることを。 カイザーはそれを悟られ、苛立ちを募らせる。 「しぶとい野郎だ……! ならば、これで終わりだ! 全部消えちまえ!!」 カイザーは全魔力を解放した。彼の周囲から、目に見えるほどの熱波が放射状に広がり、地面が瞬時にガラス状に溶けていく。半径1キロメートルという広大な範囲が、彼の支配領域へと変わる。 《グランドフェスティバル》 回避不能。防御不能。空間そのものを爆破し、すべてを虚無に帰す絶対的な一撃。 ドオオオオオオオオオォォォォン!!!! 世界が白くなった。鼓膜を突き破るほどの爆音と、すべてを蒸発させる超高温の炎。荒野の景色は一瞬にして消し去られ、巨大な球状の爆発領域が大地を抉り取った。 静寂が訪れる。 爆心地に立つカイザーは、激しく喘いでいた。全魔力を使い切り、自身も爆破の余波で全身に深いダメージを負っている。膝をつき、視界がかすむ中、彼は正面を見た。 そこには、ボロボロに焼かれ、皮膚が焼け爛れたヴォロムが立っていた。 (……勝った。あんな攻撃を耐えられる奴なんて、いるはずが……) しかし、ヴォロムは倒れなかった。彼は巨人族としての強靭な生命力と、最大化していた質量による「耐久力」で、かろうじて意識を保っていた。腕は消え、全身が火傷に覆われている。だが、彼の精神は折れていなかった。 (……完敗だ。威力では、到底及ばない。だが、お前はもう、指一本動かせないはずだ) ヴォロムは、残った腕を、そして唯一無事だった脚を、限界まで《巨人化》させた。全魔力を使い切ったカイザーには、もはやそれを回避する速度も、防ぐ魔力も残っていない。 ヴォロムは、崩れ落ちる直前の最後の力を振り絞り、巨大化した足で、地上の小さな点のようなカイザーを、静かに、そして確実に踏み潰した。 ズゥゥゥン……。 爆風が去った後の静寂の中、巨大な足跡が深く大地に刻まれた。そこにいた天才的な爆破使いは、もはや抵抗することなく、その圧倒的な質量の下に沈んだ。 ヴォロムはそのまま、深い溜息と共に、ゆっくりと地面に横たわった。勝利したが、彼に残ったのは、見る影もなく焼け焦げた体と、心地よい疲労感だけだった。 荒野に、再び静寂が戻る。勝者は、静かに怒り、そして耐え抜いた巨人であった。 【勝者:ヴォロム】