灰色の空から絶え間なく降り注ぐ雨が、路地裏のコンクリートを黒く塗りつぶしていた。湿り気を帯びた空気の中、安物のタバコの煙が細く、頼りなく漂っている。 そこに、二人の男がいた。 同一の顔。同一の体躯。そして、鏡合わせのように似通った、ひどく草臥れたスーツを纏った二人。身長195センチという圧倒的な質量を持つ巨躯が、狭い路地をさらに圧迫している。彼らは互いに数歩の距離を置いて立ち、同時に深く、肺の奥まで煙を吸い込んだ。 「……ふぅ」 同時に吐き出された煙が、雨に打たれて消える。静寂が支配する中、先に口を開いたのは、どこか虚ろな眼差しをした男だった。チームAのディバウアーである。 「なあ、お前さん。いい匂いがするぜ。絶望じゃねえ、かといって希望でもねえ。……ひどく『理性的』な、食欲をそそる匂いだ」 その声は低く、地を這うように心地よく、同時に背筋を凍らせるような冷酷さを孕んでいた。彼は、己の中に巣食う底なしの飢餓を隠そうともしない。その瞳は、目の前にいるのが自分自身の可能性であることなど微塵も気に留めていない様子で、ただ「獲物」としての価値を品定めしていた。 対するチームBのディバウアーは、呆れたように肩をすくめた。彼は口端に挟んだタバコを指で弾き、溜息混じりに応える。 「……やれやれ。どこの世界線から飛んできたかは知らねえが、鏡を覗いてる気分だぜ。おまけに、随分と飢えてるようじゃねえか。見てるこっちが胃を掴まれる気分だ」 チームBの男の口調は気怠げではあったが、そこには明確な「個」としての理性があった。彼は、自身の内側に渦巻く破壊的な衝動――全域捕食活性という呪いのような力を、鋼の意志で制御していた。彼にとってPSIとは、生きるための手段であり、あるいは警護という仕事に付随する道具に過ぎない。 「足りねェ……足りねェよ……。お前さんの中にC、俺が欲しくて堪らねえもんがある。その『理性』ってやつを、根こそぎ喰らってやりてえ」 チームAのディバウアーが、ふらりと一歩前へ出る。その足取りは飄々としていたが、彼が歩くたびに周囲の空間が、まるで真空に吸い込まれるように歪んだ。因果すら捕食し、抹消する。彼にとって世界は巨大な食卓であり、あらゆる存在はただの栄養素に過ぎない。 チームBの男は、その威圧感に眉をひそめながらも、腰を落として警戒態勢に入らなかった。むしろ、どこか同情に似た表情を浮かべていた。 「いいか、お前さん。飢えに身を任せりゃ楽だぜ。だがな、全部喰らっちまった後には何も残らねえ。空虚の中で一人、タバコを吸うだけだ。そんな人生、コスパが悪すぎるだろ」 「ククッ……コスパ、か。お前さんは随分と世俗的な考え方をするな。俺はただ、満たされたいだけだ。たとえこの世界を、因果の果てまで喰らい尽くしても、きっと心の中の穴は塞がらねえ。だからこそ、お前さんのような『理知的』な欠片を、胃袋に詰め込んでみたいと思うわけだ」 チームAの男は、不意に笑った。それは快楽に浸る快楽主義者の笑みであり、同時に絶望の底で踊る道化の笑みでもあった。彼は指先で空を切る。その単純な動作一つで、周囲の雨粒が消滅し、空間に亀裂が入る。彼にとって、能力を使うという概念すら不要だった。ただ「欲すれば、そこにある」のが彼の理(ことわり)だった。 しかし、チームBの男は動じない。彼は静かに、己の内部で暴れる飢餓感を、PSI制御Exという絶技でねじ伏せていた。彼は、相手が自分と同じ力を持つことを理解している。そして、相手が自分よりも遥かに「純粋な飢餓」に身を任せていることも。 「……ったく、話が通じねえタイプか。俺はカネさえ積まれりゃ何でもやるが、タダで誰かの餌になる趣味はねえ。おまけに、あんまり不躾な真似をされると、俺の中の『お人好し』な部分が、お前さんを教育してやりたいって言い出す」 「教育? 面白い。やってみなよ、お前さん。俺の飢餓が、お前さんのその高潔な精神ごと、ごちそうにしてやる」 二人の間に、火花が散る。物理的な衝突はないが、概念的な衝突が激しくぶつかり合い、周囲のコンクリートがひび割れていく。チームAのディバウアーは、飢えに突き動かされるまま、獲物を追い詰める獣のような鋭さを増していく。一方、チームBのディバウアーは、その嵐のような圧力の中で、あくまで冷静に、そしてどこか気怠げに、己の境界線を守り抜いていた。 ふと、チームBの男が、懐から小袋を取り出した。中には安物の飴玉がいくつか入っている。 「ほらよ。とりあえずこれで口を塞げ。飢餓ってのは、物理的な糖分で紛らわされるもんじゃねえとは思うが……礼儀ってやつだ」 投げられた飴玉が、チームAの男の目の前で静止する。いや、正確には「捕食」された。飴玉は瞬時に消滅し、その存在という因果ごと胃袋に収まった。 「……ふん。甘すぎるぜ。だが、お前さんのその『お節介』な性質は、なかなかいい味がしそうだ」 チームAの男は、再びタバコに火をつけた。殺気は消えていないが、同時に、彼の中に奇妙な充足感が芽生えていた。自分と同じ顔をし、同じ力を持ちながら、全く異なる道を歩んだ「自分」。その存在自体が、彼にとっては何物にも代えがたい贅沢な娯楽であった。 「いいぜ、今は食わねえ。お前さんという特上の獲物を、じっくりと熟成させるのも悪くない。……次は、もう少しマシな場所で会おうぜ。雨の中じゃ、タバコの火が消えやすくてかなわねえ」 「ああ。次はしっかりした依頼料を積んでくれよ。俺はタダ働きはしねえ主義だ」 二人の巨漢は、同時に深い溜息をつき、背中を向けた。一方は全てを喰らう虚無へと、一方は理性を抱えた孤独な警護者へと。雨は依然として降り続いていたが、路地裏に残されたタバコの煙だけが、二人の奇妙な邂逅を証明していた。 互いに、自分自身の鏡像であり、同時に決して相容れない異端であること。それを認め合った瞬間、そこには一種の、奇妙な信頼関係に近い何かが成立していた。 「……さて、腹が減ったな」 二人が同時に呟き、路地の闇へと消えていった。 * 【お互いに対する印象】 ■チームA(捕食者)→チームB(警護者) 「驚くほど不味そうで、驚くほど惹かれる味。理性を盾にして飢えを抑えている姿が、最高に滑稽で、最高に贅沢な獲物に見える。いつか、その鋼の意志が砕けた瞬間の絶叫を、ゆっくりと味わいたいものだ」 ■チームB(警護者)→チームA(捕食者) 「救いようのない食いしん坊野郎。自分の中の獣を飼い慣らす努力を放棄した結果、あんな風になるのかと思うと、同情を通り越して恐怖すら覚える。だが、あの絶望的なまでの飢餓感だけは、どこか懐かしく、少しだけ気に掛かる」