世界樹――万物の理を束ね、生命の根源を司る聖なる巨樹。その頂に辿り着く者は、世界の理を書き換える力を得ると言われている。しかし、その神聖なる静寂は、天より降りし「造反神」の猟犬たちによって無残に引き裂かれた。 空が割れた。星々が悲鳴を上げ、天から降り注いだのは星座の条理を冠した異形の怪物【ヴァルテクス】。彼らは言葉を持たず、ただ絶対的な殺意と、効率的な連携という戦略的知能のみを携えていた。 今回、世界樹の侵攻に選ばれたのは、戦術的に完璧な布陣を敷いた四体。 空間を支配する【水瓶座 アークエリス】、絶対的な破壊を司る【獅子座 レオン】、死を撒き散らす【蠍座 スコーピオ】、そして攪乱と急襲の【双子座 ジェミニム】。 彼らの目的はただ一つ。世界樹の『守り手』である三名の排除である。 「……あ、う……。お、お空から……変なのが、たくさん……」 世界樹の麓、星屑の舞う静謐な場所にいたプスコラ・アルクルゥは、大きな瞳をパチパチとさせていた。彼女の周囲には、彼女が慈しみを持って埋葬した死んだ星々の墓標が並んでいる。彼女にとって、この世界樹の根元は、大切な星たちが眠る静かな墓所であった。 「妾の庭を汚す不届き者が来たものよ。……ふふ、いいわ。その傲慢な身体、どろどろに溶かして差し上げましょう」 紅い肌に妖艶な笑みを浮かべたベニカグラが、七支刀「紅焔魔」を抜き放つ。彼女の身体からは、触れる者すべてを爛れさせる猛毒の胞子と、揺らめく業火が立ち昇っていた。 「……冗談じゃない。こんなところで、僕たちの平穏を壊させるかよ」 虎居 伝十が、魔改造された右腕《巨砲》をガチリと鳴らした。青と橙の異色眼が、天から降り立つ絶望的な質量を捉える。 戦いは、静寂を切り裂く絶叫と共に始まった。 まず動いたのは【双子座 ジェミニム】だった。二つの個体が瞬時に分身し、死角から同時に襲いかかる。一方はプスコラを、もう一方はベニカグラを狙った高速の斬撃。 「あ……っ!」 プスコラがたじろいだ瞬間、空中で彼女を庇うようにベニカグラが舞った。 「近寄るな、小娘!」 ベニカグラの剣技『焔毒散華』が、紅い火花と共にジェミニムの斬撃を弾き飛ばす。しかし、ヴァルテクスの恐怖はここからだった。弾かれたはずのジェミニムの腕は、瞬時に再生し、さらに加速してベニカグラの懐に潜り込む。 「速い……!?」 同時に、上空から【水瓶座 アークエリス】が「理」を操作した。重力と空間が捻じ曲がり、ベニカグラの動きが強引に固定される。拘束された瞬間、地中から【蠍座 スコーピオ】の巨大な尾が突き出した。猛毒の針が、ベニカグラの脇腹を深く貫く。 「っ……あぁ!!」 毒に耐性を持つはずのアルラウネであるベニカグラにとって、ヴァルテクスの毒は「条理」を覆す絶望的な猛毒だった。彼女の紅い肌が、内側から黒ずみ、崩壊し始める。 「ベニカグラさん!!」 伝十が叫び、右腕の《巨砲》を最大出力でぶっ放した。【破壊巨砲】の一撃が、スコーピオの頭部を直撃し、爆風と共に吹き飛ばす。しかし、爆煙の中から現れたのは、傷一つない姿で不気味に佇むスコーピオだった。 「再生……してる……!? 冗談だろ!!」 そこへ、ついに最強種【獅子座 レオン】が降臨した。金色の衝撃波を纏った一撃が、地面を叩き割る。その衝撃だけで世界樹の根の一部が砕け散り、伝十は後方へと吹き飛ばされた。 「……ご、ごめんなさい。……もう、やめてください……」 プスコラが、震える手で地面に触れた。彼女の力は、死んだ星を弔う力。だが、彼女自身のスケールは宇宙的である。彼女が「悲しみ」を込めて地面を掃うように手を動かすと、周囲の空間が歪み、超高密度な重力場が発生した。意図せず放たれた、白色矮星に匹敵する質量圧。それは、襲いかかろうとしていたジェミニムの体を、文字通り「押し潰した」。 しかし、ヴァルテクスは止まらない。彼らは言語を介さず連携し、プスコラの特異な力に即座に適応した。アークエリスが空間を反転させ、プスコラが作り出した重力の檻を、そのまま彼女自身に跳ね返した。 「が、ぁ……っ!!」 プスコラの小さな身体が、自身の放った質量に押し潰される。骨が軋む音が響き、彼女の星空のような髪が血に染まった。 「プスコラ!!」 伝十が駆け寄る。だが、その背後からレオンの爪が、彼の肩を深く引き裂いた。肉が飛び散り、鮮血が舞う。それでも伝十は止まらない。彼は不撓不屈の精神を宿した男だ。 「まだだ……まだ、終わらせない!!」 伝十は【受け流し】でレオンの猛攻を凌ぎながら、右腕にエネルギーを凝縮させる。周囲の空気が震え、光が一点に集まる。同時に、瀕死のベニカグラが最後の力を振り絞った。 「妾の……最後の舞を……見ておれ……!!」 ベニカグラは自らの身体を媒介に、猛毒と火炎を極限まで圧縮した。彼女の肌は既にボロボロに崩れていたが、その瞳には残酷なまでの執念が宿っていた。 奥義『紅焔葬・滅華爆』。 紅い胞子が戦場を埋め尽くし、粉塵爆発が起こる。視界を奪う猛烈な獄炎が、レオンとスコーピオを包み込んだ。その爆煙の隙間を縫って、伝十が跳躍した。 「今だ!! 『奥義«過質量の一撃»』!!!」 蓄積されたすべてのエネルギーを一点に集中させた砲撃が、レオンの胸部を貫いた。空間さえも消し飛ばすほどの衝撃波が走り、ついにレオンの身体に深い穴が開いた。再生が追いつかないほどの破壊。しかし、それは同時に、伝十の右腕への過剰な負荷を意味していた。右腕の皮膚が裂け、骨が露出する。 だが、絶望は終わらなかった。 アークエリスが、空中で静かに指を鳴らした。 その瞬間、ベニカグラが展開していた炎の領域が、「消滅」した。能力の打ち消しではない。存在していたという事実そのものを、水瓶座の条理が抹消したのだ。 「……あ、れ……?」 ベニカグラが呆然と自分の手を見た瞬間、背後からスコーピオの針が、彼女の心臓を正確に貫いた。同時に、ジェミニムの双剣が彼女の首を、十字に切り裂いた。 「……ふ、ふふ。……案外、早かった……もの……ね……」 ベニカグラは、妖艶な笑みを浮かべたまま、崩れ落ちるように絶命した。彼女の身体は、ヴァルテクスの猛毒に侵食され、黒い灰となって風に散った。 【死亡:ベニカグラ】 「ベニカグラさん!!」 伝十の絶叫が響く。だが、その隙をヴァルテクスは見逃さない。アークエリスが空間を圧縮し、伝十を拘束。逃げ場を失った彼に、レオンの再生した右拳が、全力で叩き込まれた。 ドゴォッ!! 伝十の胸郭が砕ける。肺から空気が漏れ、鮮血が口から溢れ出した。もはや立ち上がることもできない。だが、彼の瞳に宿る不屈の炎だけは、消えていなかった。 「……まだ……だ……。僕は、まだ……っ!!」 伝十は、血まみれの右腕を無理やり持ち上げた。意識が遠のく中、彼は自身の生命力さえもエネルギーに変換し、最終奥義への準備を始める。 その時、プスコラが、ゆっくりと体を起こした。 彼女は泣いていた。自分のせいで、仲間が死に、もう一人が傷ついている。彼女は、もはや「掃除」をしようとはしなかった。彼女は、ただ「悲しみ」に浸った。 「……もう、いいです。……みんな、お星さまに……なってください……」 プスコラが両手を合わせた。合掌。それは、彼女が死んだ星たちに捧げてきた哀悼の儀式。 だが、今、彼女が弔ったのは「世界」だった。 彼女の周囲に、ブラックホールに匹敵する絶対的な虚空が展開された。すべてを飲み込む、静寂なる絶望。ヴァルテクスたちさえも、その圧倒的な引力に抗えず、身体が引き裂かれ、事象の地平線へと吸い込まれていく。 「が……っ!?」 アークエリスの空間操作も、レオンの剛力も、すべてが「無」に帰していく。ヴァルテクスたちが消滅し、世界樹に静寂が戻ったとき、プスコラは力尽きて倒れ込んだ。 彼女の隣には、息も絶え絶えの伝十がいた。 「……はは。……勝った、のか……」 伝十は、空を見上げた。そこには、ベニカグラが散った灰が、小さな星屑となって舞っていた。 プスコラは、震える手で伝十の手に触れた。 「……ごめんな、さい……。また……お墓、作らなきゃ……いけない……」 彼女は、静かに涙を流した。世界樹は守られた。しかし、その代償として、彼女の庭には新しく、美しく、そして悲しい墓標が一つ増えることになった。 星空の下、小さな管理人は、またせっせと箒を手に取り、血に染まった地面を掃き始めた。大切な友が、安らかに眠れるように。 【出現ヴァルテクス:水瓶座 アークエリス、獅子座 レオン、蠍座 スコーピオ、双子座 ジェミニム】 【死亡キャラクター:ベニカグラ】