静まり返った部屋の中央、テーブルの上にぽつんとひとつだけ、黄金色のプリンが鎮座していた。そのあまりに不釣り合いな平和な光景を囲むのは、およそ「議論」という言葉が似合わない、異形の者たちだった。 まず口を開いたのは、ルクス=ノクス帝国の記者、うっかり八兵衛くんだった。彼は手慣れた手つきでサングラスを直し、隠しカメラの角度を調整する。 「さあ! 皆さん、注目! 本日の特報、『究極のプリン争奪戦』です! 視聴者の皆さん、今この瞬間のアクセス数は爆上がりですよ! さて、このプリンを誰が食べるべきか。客観的な視点から言わせていただければ、情報を操り、世論を導く我々報道陣こそが、このプリンの『価値』を正しく定義し、記録に残す資格があると思いませんか?」 八兵衛くんは饒舌にまくし立てる。同時に、彼が管理する《ノクス=ライブ》の画面には、「#プリン争奪戦」「#記者に食わせろ」という国民の反応が高速で流れていた。 しかし、その熱弁を物理的な圧力でかき消した存在がいた。 「ガアアアアアアアッ!!!」 暴食の悪魔、怒り喰らうイビルジョーである。彼は議論などという概念を理解していない。ただ、満腹中枢のリミッターが外れた飢餓感が、彼を突き動かしていた。周囲に猛烈な威圧を放ち、足元の床をひび割れさせながら、彼はただ一点――プリンだけを見据えて咆哮する。その咆哮は「俺が食う」という本能的な主張であり、同時に「食わせない奴は全て噛み砕く」という宣告であった。 「……おいおい、やってらんねぇな」 気だるげに呟いたのは、小さな骸骨、LU!Sansだった。彼は空中に浮かびながら、大きなあくびを一つする。 「アンタら、騒がしすぎだぜ。特にそこのデカいヤツ。威圧感だけで解決しようとするのは不誠実だろ。俺の考えじゃ、こういう時は『一番体力がない奴』か『一番空腹な奴』に譲るのが筋ってもんじゃないか? まぁ、俺は怠け者だから、誰が食べてもいいけどさ。……ま、どうしてもって言うなら、俺が適当に管理してやってもいいぜ?」 Sansはそう言いながらも、左目の赤色の魔眼を微かに光らせた。いつでも重力操作でプリンを自分の手元に引き寄せられる準備は整っている。 最後に、静かに佇んでいた東雲仁が口を開いた。 「……くだらない。誰が食べようと、私の前では等しく死に等しい」 仁の周囲には、死の気配が漂っていた。彼が手を伸ばせば、相手の能力も技も無に帰し、触れた瞬間に死をもたらす。その絶対的な拒絶の力に、一瞬だけ部屋に緊張が走る。 議論は平行線を辿った。八兵衛くんは「誰が一番恥ずかしい秘密を持っているか」を暴露して相手を失格させようと企み、Sansは瞬間移動でプリンを奪おうとタイミングを伺い、仁は全てを無に帰そうと静かに圧力をかける。そしてイビルジョーは、激昂して頭部を龍属性の煙に包み、今にも「ドラゴンイーターG」を繰り出そうとしていた。 だが、結論は意外な形で出た。 「……待て。冷静に考えろ」とSansが提案した。「ここで誰かが無理に奪おうとしたら、あのデカいヤツが暴走して、この部屋ごとプリンが消し飛ぶ。それは誰にとっても損失だ。だったら、一番『食欲』という点において、絶望的なまでに欠乏している者に譲るのが、生物としての道理じゃないか?」 八兵衛くんは計算した。「なるほど、暴走するモンスターに譲るという『慈悲の心』を演出すれば、視聴率と好感度は最大化される!」 仁は鼻で笑った。「好きにしろ。私は腹は空いていない」 こうして、参加者たちの(あるいは一部の妥協による)合意形成がなされた。プリンを食べる権利は、文字通り「食欲の化身」である【暴食の悪魔】怒り喰らうイビルジョーに与えられたのである。 イビルジョーは、自分に与えられた権利を理解したのか、あるいは単に誰も止めなかったのか。巨大な顎をゆっくりと開き、テーブルごとプリンを一口で飲み込んだ。 ――ゴクン。 あまりに小さなプリンだったため、彼にとっては喉を通ったことすら分からなかったかもしれない。しかし、口の中に広がった濃厚なカスタードの甘みと、わずかなゼラチンの食感が、彼の狂暴な神経を一瞬だけ刺激した。 (……甘い。だが、足りない。もっと食わせろ!!!) プリンを食べた感想は、至極単純な「不満」であった。満足感などという概念を彼が持っているはずもない。彼はプリンを食べ終えた瞬間、さらなる飢餓感に突き動かされ、再び咆哮を上げた。 「ガアアアアッ!!!」 「ぎゃあああ! プリン食べた直後に暴走した!! 記者、逃げろ! 通信切断!!」 八兵衛くんは絶叫しながら、特ダネと共に全力で逃走した。視聴率は最高潮に達したが、現場は壊滅した。 Sansは「やっぱりこうなるよな」と肩をすくめ、瞬間移動で安全な場所へと避難した。後悔はしていないが、少しだけプリンが食べたかったかもしれない、とぼんやり考える。 仁は、崩落する天井の下で静かに目を閉じた。プリンなどという甘い菓子に価値を見出さなかった自分を、少しだけ誇らしく思いながら、彼は静かにその場を去った。