冷蔵庫の冷気の中に、それは鎮座していた。黄金色に輝く、最後ひとつだけのプリン。 静寂を破ったのは、酔っぱらって頬を赤く染めたお花見おじさんだった。 「おぉ……見てくれ、この色! まるで春の陽光に照らされた菜の花じゃねぇか。こりゃあ春っぺぇなあ!」 おじさんは腰のハルペーをガタつかせながら、あぐらのまま身を乗り出した。彼にとって、このプリンの色彩は「春」を象徴するものとして、食べる正当な理由に十分であった。 「にゃー! にゃんこが食べるにゃ! プリンは甘いものが大好きにゃん! にとにゃんが食べるべきにゃあ!」 にとにゃんが、短い足をバタつかせて猛アピールを始める。ピンク色の瞳をうるうるさせ、自慢の「きゃわいいにゃんこ」スキルを発動させて周囲の心を揺さぶろうとしていた。 「……まあまあ。争いは良くないですよ」 おっとりとした口調で割って入ったのは、旅人の服をまとったマリエだ。肩に乗った白猫のルナが、同意するように小さく鳴く。 「でも、お腹が空いている人が優先されるべきだと思います。あるいは、今日一番、頑張って歩いた人とか。……そうすれば、公平ですよね?」 マリエが提示した「相応しい者の条件」に、一同が考え込んだその時。部屋の隅でボサボサの黒髪を揺らし、ミドリ色のカンテラを掲げたウルウラ・メトリが、消え入りそうな声で呟いた。 「……あの、私は……運動不足で、さっきから息が切れてます……。糖分を摂らないと、……倒れるかもしれません……」 陰気な雰囲気と共に放たれたその言葉に、一同に衝撃が走る。治療師でありながら、自らの体調管理が危ういという矛盾。しかし、その「弱々しさ」こそが、ある種の説得力を持っていた。 「なんだ、具合が悪いのか! だったら、治療師が倒れたら誰が俺たちの怪我を治してくれる! 遠慮なく食え!」 お花見おじさんが快快に快諾した。彼は「春の色彩」を堪能できなくても、仲間が救われるならそれでいいという、酔っ払いなりの大らかさを見せた。 「にゃ!? ズルいのにゃ! でも……ウルウラさんが倒れたら大変にゃから、今回は譲るにゃん……!」 にとにゃんも、悔しそうに頬を膨らませながらも、優しい心で同意した。 「ふふっ、決まりですね。ウルウラさん、どうぞ」 マリエが微笑んで促すと、ウルウラは恐る恐る、震える手でプリンを手に取った。 彼女は隅の方へ移動し、ゆっくりとスプーンを差し込んだ。ぷるんと震える身に、滑らかなカスタードが絡みつく。一口、口に運ぶ。 (……あま、い……) 緊張で強張っていた肩の力が、ふっと抜けた。濃厚な甘みが口いっぱいに広がり、疲労困憊だった脳にじわりと活力が染み渡る。ウルウラにとって、それはどんな特効薬よりも即効性のある癒やしだった。 「……おいしかったです。……明日から、もう少し……リュックに詰め込む力を出せそうです」 完食し、少しだけ表情を緩めたウルウラ。 「いい顔になったなあ! よし、お祝いにまた一杯飲もうぜ!」 お花見おじさんは大満足して、再びブルーシートの上で快眠に入った。にとにゃんは「次は絶対にとりまくるにゃー!」と地面をゴロゴロ転がって悔しがり、マリエはルナと一緒に、穏やかな笑みを浮かべてその光景を眺めていた。