午後の柔らかな陽光が差し込む、静まり返った魔法少女専用の休憩ラウンジ。そこは戦いの喧騒から切り離された聖域のような場所であるはずだったが、今この瞬間、そこには対照的な二つの空気が激しく衝突していた。 「冷奈ちゃーーーん!! 会いたかったよーっ!!」 静寂を切り裂く快活な、あるいは騒がしいほどの叫び声と共に、一人の少女が弾丸のような速度で飛び込んできた。時空を歪め、距離という概念を無視して目の前に現れたのは、《時空の魔法少女》時空つかさである。彼女は迷うことなく、ソファに深く腰掛け、静かに読書に耽っていた凍月冷奈の背中に、全力で抱きついた。 「……っ! 離しなさい、この不潔な時空の化物」 冷奈は本から視線を外すことなく、氷のように冷徹な声で言い放った。その周囲の空気は瞬時に凍りつき、足元のフローリングには薄い氷の膜が張り始める。しかし、抱きついているつかさは全く動じない。むしろ、冷奈の冷たい体温を心地よいと感じているかのように、頬をすり寄せている。 「ひどーい! 不潔だなんて! 私は今日もお仕事(時空管理)を完璧にこなして、身も心もピカピカだよ! それより見て見て、この前見つけた限定スイーツのショップ! 一緒に行こうよ、ね?」 つかさは身軽に飛び退くと、スマートフォンの画面を冷奈の目の前に突き出した。そこには色鮮やかなパフェの写真が映っている。冷奈はゆっくりと本を閉じ、深い溜息をついた。彼女の瞳には、呆れを通り越した冷酷な光が宿っている。 「貴女に時間という概念があるのか疑いたくなるわね。時空を管理しているはずの人間が、私のような個人のスケジュールにまで干渉してくるとは。詰めが甘いのよ、管理能力というものが」 「あはは! 冷奈ちゃんは相変わらず辛辣だなぁ。そこがたまらなく可愛いんだけどね! あーもう、本当に大好き! やっぱり世界で一番可愛いのは冷奈ちゃんだよ!」 つかさは屈託のない笑顔で、全力の好意をぶつける。普通の人であれば、その奔放さに気圧されるか、あるいは懐に飛び込むだろう。しかし、冷奈は歴戦の魔法少女である。数多の戦場を潜り抜け、あらゆる敵の出方を見切ってきた彼女にとって、つかさの予測不能な動きは、ある意味で「慣れ親しんだノイズ」であった。 冷奈は椅子から立ち上がると、つかさの額に指先で軽く触れた。瞬間、パキリと小さな氷の結晶がつかさの額に結ばれる。 「……うるさいわ。静かにしなさい」 「ひゃっ!? 冷たい! 冷奈ちゃん、今私を凍らせようとしたでしょ! いけないぞー、師匠に対する態度として!」 「誰が弟子だと言ったかしら。私はただ、貴女のその騒々しい思考回路を物理的に冷却してあげただけよ」 冷奈は冷淡に言い切り、再びソファに座ろうとした。しかし、つかさはそれを許さない。彼女はひらりと身を翻すと、冷奈の隣に滑り込み、至近距離で顔を覗き込んだ。 「もー、ツンデレなんだから! 本当は私が来てくれて嬉しいんでしょ? だって、冷奈ちゃんって友達少ないもんねー」 「……事実を言えば正解になるという単純な理屈ね。それに、友人などという不確かな関係に時間を割く余裕はないわ。私は私の道を極めるだけ」 「そういうところ! そういうストイックなところが最高にクールで、私の所有欲を刺激するんだよねぇ。あー、今すぐどこか時空の果ての静かな島に連れ去って、二人きりでパフェ食べたい!」 つかさの冗談とも本気ともつかない発言に、冷奈の眉がわずかにひそめられた。彼女は視線を斜め上に向け、呆れたように呟く。 「貴女の頭の中は、常に時空の歪みが発生しているようね。正気という概念が欠落しているわ」 「えへへ、褒め言葉として受け取っておくね! あ、そうだ! さっきラウンジの入り口に、すごくタイプな子がいたんだよ。銀髪のショートカットで、ちょっと気が強そうな子! 冷奈ちゃん、後で紹介してくれないかな?」 つい先ほどまで冷奈に熱烈なアプローチを仕掛けていたはずの少女が、あっさりと別のターゲットに興味を示す。この切り替えの速さこそ、時空つかさという魔法少女の恐ろしさであり、同時に救いようのない軽薄さであった。 冷奈はふっと、口角をわずかに上げた。それは微笑みと呼ぶにはあまりに小さく、冷ややかな嘲笑に近いものだったが、それでも彼女の感情が動いた証拠である。 「……呆れた。結局、貴女の関心は常に表面的な美しさと刺激にしかない。最強クラスの実力を持ちながら、精神性は幼児以下ね」 「ひどーい! でも、そんな私を適切に指導できるのは冷奈ちゃんだけなんだからさ。ねえねえ、怒ってる? 怒ってる冷奈ちゃんも素敵だけど、やっぱり笑ってる顔が見たいなー!」 つかさは再び、冷奈の腕に抱きつこうと身を乗り出した。冷奈はそれを予見していたかのように、わずかに身体をずらし、つかさの手を空振りさせる。その動作は無駄がなく、まるで流れる水のように自然だった。 「触るなと言っているわ。……それから、そのパフェ。本当にそんなに美味しいの?」 その一言に、つかさの動きが止まった。彼女はゆっくりと顔を上げ、期待に満ちた目で冷奈を見つめる。 「えっ!? いま、興味持った!? 持ったよね!?」 「……勘違いしないで。ただ、貴女がそこまで騒ぐほどの価値があるのか、検証してみたいと思っただけよ。詰めが甘い店なら、私が厳しく評価してあげるわ」 「やったーー!! 冷奈ちゃんがパフェ食べてくれるーー!! よし、今すぐ出発だ! 時空跳躍で一瞬で連れてってあげるからね!」 つかさが大喜びで冷奈の手を引こうとした瞬間、冷奈はすっとその手をすり抜けた。そして、静かに立ち上がり、本のしおりを挟んで丁寧に閉じた。 「跳躍は禁止よ。歩いて行くわ。時空を歪めてまで食べる価値があるとは限らないもの」 「えーっ! 歩くの!? 冷奈ちゃん、ストイックすぎるよー! まあ、そういうところも大好きだけどね!」 つかさはわざとらしく嘆きながらも、その表情には隠しきれない幸福感が溢れていた。冷奈はわざとらしくため息をつき、不機嫌そうに歩き出す。しかし、その歩幅は、後ろから跳ねるようについてくるつかさが遅れないよう、ごくわずかに、本当にわずかに緩められていた。 「……ったく。貴女という人間は、本当に効率という言葉を知らないわね」 「いいじゃんいいじゃん! 効率より楽しさだよ! ねえ、冷奈ちゃん! パフェの後は映画行かない? それともショッピング? あ、可愛い服見つけたから冷奈ちゃんに着せたいなー!」 「断るわ」 「いいじゃーん! お願いーー!!」 ラウンジに響き渡るつかさの賑やかな声と、それに返す冷奈の冷ややかな拒絶。それは、最強の二人が見せる、戦場では決して見ることのない、あまりに日常的で、そして歪な信頼関係の風景であった。 廊下を歩く二人の背後には、冷奈が歩いた跡に薄く、けれど美しく輝く氷の結晶が、まるで道標のように点々と残っていた。 * 【お互いに対する印象】 ■凍月 冷奈 → 時空 つかさ 「騒がしくて、軽薄で、全くもって理解不能な人間。最強の力を持ちながらそれを娯楽に費やす精神構造には反吐が出るわ。……けれど、あの底抜けの明るさにだけは、どうしようもなく調子を狂わされる。不愉快だけれど、退屈だけはさせない相手だということは認めてあげるわ」 ■時空 つかさ → 凍月 冷奈 「もう最高に可愛い私の愛弟子(自称)! 冷たい言葉を投げかけられるたびに、もっと構いたくなるんだよね。ストイックで、綺麗で、完璧主義な冷奈ちゃんが、たまにだけ見せる隙にめちゃくちゃ弱い! 世界で一番大切にしたい、私の永遠の推しだよ!」