【ビル構造】 地上5階建ての廃ビル。かつては複合商業ビルとして利用されていたが、現在は内部の設備が朽ち果て、壁は剥がれ落ち、至る所に瓦礫が散乱している。 1階:ロビー・エントランス。吹き抜けの広々とした空間。中央に壊れた案内カウンターがあり、正面にメインエレベーター、右側に非常階段がある。 2階:アパレルショップ跡。いくつもの什器(ラック)やマネキンが乱雑に置かれており、死角が多い迷路のような構造。 3階:フードコート跡。調理台やテーブル、椅子が散乱している。床には油汚れが残り、滑りやすくなっている。 4階:オフィスフロア。パーテーションで区切られた個室が並んでいる。大量の書類が散らばっており、足音が響きやすい。 5階:屋上庭園・管理室。半分屋外となっており、錆びついた鉄柵と枯れた植木がある。中央に大型の水槽(現在は空)がある。 ※参加者はこの構造を完全に把握している。 【目覚め】 連撃魔バンチ:3階(フードコート跡)で目覚める。 “地彗星”アラヤ:5階(屋上庭園)で目覚める。 * 埃っぽい空気と、カビの臭い。バンチは、冷たいリノリウムの床の上で目を覚ました。もっさりとしたマッシュヘアにゴミがついており、彼はそれを激しく振り払う。もっふもふの尻尾が、不安げに左右に揺れた。 「……うげ、どこだここ? あー、思い出した。例の『腕試し』の会場か!」 バンチは跳ね起きると、周囲を見渡した。そこは3階のフードコート跡だ。ひっくり返ったプラスチックの椅子や、錆びついたフライヤーが転がっている。彼は裸足で床を蹴り、軽快に飛び跳ねた。相手が誰であるかは分かっている。だが、今どこにいるのかは分からない。 「ま、いいや! 隠れてても面白くないしな。連撃魔、ここに見参!……って、誰もいねーか」 バンチはニヤリと笑い、構造を思考した。相手が強者であれば、まずは高所を確保するか、あるいは出口を塞ぐだろう。もし5階にいるなら、上から奇襲をかけられる可能性がある。だが、逆に言えば、自分が1階に降りてから誘い出すか、あるいはあえて不自然な音を立てて相手を釣り出すのも手だ。 一方、5階の屋上庭園では、アラヤが静かに煙草をくゆらせていた。紺色のスーツに身を包んだ彼女は、赤い瞳で灰色の空を見上げている。その傍らには、鈍い光を放つ【地彗星刀】が置かれていた。 「……不快な場所ね。お母さんの気配はしない」 彼女は短く吐き捨てると、煙草を地面に捨てて踏み消した。彼女にとってこの戦いは通過点に過ぎない。だが、相手の特性は知っている。速い。そしてしつこい。連撃を繰り出す少年。彼を効率的に排除し、このビルを出る必要がある。 アラヤは静かに階段へと向かった。エレベーターは死んでいる。このビルの構造上、移動手段は階段のみだ。彼女はわざと足音を消さず、ゆっくりと4階へ降りた。相手に自分の位置を知らせ、こちらからコントロールしたいという意図があった。 3階にいるバンチは、鋭い狼の耳をぴくりと動かした。 (……聞こえた。4階だ! 足音がゆっくりしてる。余裕ぶってるな、あのアネゴ!) バンチは興奮で尻尾を激しく振った。彼はすぐに階段へ向かうのではなく、あえてフードコートの調理台の下に身を潜めた。そして、近くにあったステンレス製の大きなトレイを手に取り、それを床に全力で叩きつけた。 ガシャアァァァン!! 激しい金属音がビル全体に響き渡る。それは3階からの合図だった。 4階で足を止めたアラヤは、眉をひそめた。 「……誘っているのかしら」 彼女は冷静だった。バンチが3階にいることは確実だ。だが、そのまま降りれば、待ち伏せに合う可能性がある。彼女は地彗星刀の柄に手をかけ、【心−地彗星】を発動させた。金色のオーラが彼女の身体を包み込み、防御力が飛躍的に上昇する。 「来るなら、来なさい」 バンチは、アラヤが4階で待機していることを確信した。彼はあえて階段を使わず、2階へ一度降りた。そして、2階のアパレルショップ跡にある什器の間を縫うように走り、再び3階へ駆け上がる。その際、わざと大げさな足音を立てた。 「へへん、余裕! ここにいるぜ、あんた!」 バンチが3階の吹き抜け付近で叫んだ瞬間、上から鋭い斬撃が飛んできた。アラヤが4階の床の隙間から、地彗星刀を振り下ろしたのだ。空間を裂くような鋭い一撃が、バンチの頭上をかすめ、床を真っ二つに割った。 「うわっ!? 速いな!」 バンチは驚異的な素早さで後方に跳んだ。裸足の足裏が、油の残る床を滑る。しかし、彼はそれを逆手に取り、滑走しながら加速して4階の階段へと飛び上がった。 「連撃魔、参上!!」 4階のオフィスフロアに突入したバンチは、そのまま【リードブロー】を繰り出した。電光石火の踏み込みから放たれた拳が、アラヤの頬をかすめる。攻撃は完全に命中しなかったが、リードブローの特性が発動し、アラヤの「回避」行動が一時的に封じられた。 「おっ、当たった! 今のうちに――」 バンチは追撃の【ワンツー】を叩き込もうとした。だが、アラヤは動じない。彼女は回避が封じられたことを瞬時に理解し、代わりに【心】のオーラを最大に高めて正面から受け止めた。 ドゴォッ!! 重い打撃音が響くが、金色のオーラに弾かれたのはバンチの拳だった。防御力27のバンチに対し、【心−地彗星】で強化されたアラヤの防御は鉄壁だった。 「……子供の遊びは終わりよ」 アラヤの瞳が冷たく光る。彼女は【望−地彗星】を発動。刀身に金色の光輪が纏わりつき、破壊力が跳ね上がった。そのまま【三連−残】を繰り出す。一撃、二撃、三撃。不可視の速度で放たれる斬撃が、バンチのタンクトップを切り裂き、肌に薄い切り傷を刻んだ。 「いってー! マジかよ!」 バンチは後退し、パーテーションの影に飛び込んだ。オフィスフロアの狭い通路は、素早さのある彼にとって有利なはずだ。彼はジグザグに走りながら、アラヤの視界から消えようとする。 しかし、アラヤには【残像歩】がある。彼女がふわりと姿を消したかと思うと、バンチの背後に、そして右側、左側に、同時に三人のアラヤが現れた。 「えっ!? 分身!?」 【もつれた時間】。残像による同時攻撃がバンチを襲う。右から斬撃、左から斬撃、そして背後から強烈な一撃。バンチは必死に身をよじって避けたが、右肩と太ももに深い斬撃を受けた。 「ぐあっ……!」 地面に転がったバンチの口から血が漏れる。しかし、ここで彼のスキル【闘魂】が発動した。体力が減少したことで、彼の瞳に野生の光が宿り、筋肉が膨張する。パワーとスピードが劇的に上昇した。 「……へへ。やっぱりこうじゃないと、燃えないぜ!」 バンチは跳ね起きた。もっふもふの尻尾が激しく逆立ち、闘争本能が最高潮に達する。彼は周囲に散らばっていた大量の書類を蹴り上げ、視界を遮る煙幕とした。その混乱の中、彼は【怒涛四連】を始動させた。 「おらあああ!」 一人目のアラヤ(残像)を突き飛ばし、二人目の懐に潜り込み、三人目の顎へアッパーを叩き込む。そして本尊であるアラヤの腹部へ、渾身の四撃目を叩き込んだ。 ドッ!! 強烈な衝撃がアラヤの腹部を突き抜ける。彼女は後方へ大きく吹き飛び、オフィスデスクをなぎ倒しながら壁に激突した。 「ふぅ……。今の、結構当たっただろ?」 バンチは肩で息をしながらも、不敵に笑った。だが、アラヤは瓦礫の中で静かに身を起こした。彼女のスーツは汚れ、髪が乱れていたが、その瞳にある冷徹な光は消えていなかった。 「……少しは骨があるようね。でも、決定打にはならない」 アラヤは再び煙草を取り出し、火をつけた。この状況で煙草を吸う余裕に、バンチは思わず口を挟んだ。 「あんた、余裕すぎだろ! もしかして、怖くて震えてるから煙草で隠してるんじゃねーの?」 その軽率な発言が、アラヤの静かな怒りに火をつけた。彼女はゆっくりと煙草を捨てると、地彗星刀を正座の姿勢から構えた。空気が凍りつく。ビル全体の振動が止まり、静寂が訪れた。 「……失礼な子。消えなさい」 【極空間斬撃−絶縁】。 彼女の奥義が放たれた。もはや斬撃などというレベルではない。彼女が刀を抜いた瞬間、バンチと彼女の間にあった空間そのものが「切り裂かれた」。防御不能の絶技。バンチは直感的に死を悟り、本能的に全力で横へ跳んだ。 ズガアァァァン!! 衝撃波がオフィスフロアの壁を貫通し、隣のフロアまで突き抜けた。バンチは間一髪で回避したが、衝撃で吹き飛ばされ、そのまま床を突き破って3階へと落下した。 ドッシャァァン!! 再びフードコート跡。バンチは瓦礫に埋もれ、激しく咳き込んだ。体力が限界に近い。だが、その分、【闘魂】による強化は最大値に達していた。身体から熱い蒸気が上がり、彼の拳は赤く染まっている。 (あー……クソ。マジで死ぬかと思った。でも、これで準備は整ったぜ) バンチは3階の構造を思い出した。ここには、かつて大型の業務用冷蔵庫があった場所がある。今は空っぽだが、その底は2階の天井と繋がっている。彼はわざと大きな音を立てて、4階へ戻ろうとするフリをした。 「おーい! まだそこにいるか! 次はもっと派手にやってやるぜ!」 4階にいたアラヤは、彼の声に冷ややかな視線を向けた。彼女は彼が再び階段を上がってくるのを待っていた。しかし、彼女の鋭い感覚が、違和感を捉えた。足音が、不自然に軽い。 (……罠ね) アラヤが階段の入り口に構えた瞬間、彼女の足元の床が激しく揺れた。3階から、バンチが業務用冷蔵庫の底を突き破り、2階へと降り、そこからさらに1階へと駆け下り、そして再び3階の別のルートから、4階の「天井」を突き破って現れたのだ。 「ここだあああ!!」 天井をぶち破って降ってきたバンチ。その拳には、これまでの戦闘で積み重ねたすべての攻撃回数が蓄積されていた。 【レゾナンスブロー】!! 破壊力が極限まで高まった必殺の一撃。金色のオーラを纏ったアラヤが、それを真っ向から受け止めようと刀を構える。しかし、今度の衝撃は【心−地彗星】の防御さえも貫通した。 ゴォォォォォン!! ビル全体が揺れるほどの衝撃。アラヤは衝撃に耐えきれず、後方へと突き飛ばされ、そのまま4階の床を突き破って3階へ、さらに3階を突き破って2階へ、そして1階のロビーまで一直線に叩きつけられた。 ドガァァァァァン!! 1階のロビー。白い大理石の床に、大きなクレーターのような穴が空いていた。その中心で、アラヤは仰向けに倒れていた。紺色のスーツはボロボロになり、地彗星刀は数メートル先に転がっている。 「……はぁ、はぁ……。勝った……か?」 バンチもまた、限界だった。彼はゆっくりと1階まで降りてくると、大の字に床に寝転がった。もっふもふの尻尾が、疲れ果てて力なく垂れ下がっている。 静寂が流れた。しばらくして、アラヤがゆっくりと上体を起こした。彼女は口角から血を流しながら、ふっと小さく笑った。 「……いい攻撃だったわ。完敗ね」 彼女は無理に体を起こし、転がっていた地彗星刀を拾い上げた。そして、それを鞘に収めると、静かに立ち上がった。 「あなたの名前は?」 バンチは寝転んだまま、片手でピースサインを作った。 「連撃魔バンチだ! へへん、余裕だったぜ!」 「……強がりね、バンチ」 アラヤは呆れたように溜息をつくと、出口の自動ドア(今は手動でこじ開けられている)へと歩き出した。日光が、彼女の背中を白く照らす。 「お母さんのことは、また今度教えてちょうだい」 そう言い残して、彼女はビルの外へと消えていった。 一人残されたバンチは、空を見上げて大きく伸びをした。 「あーあ、腹減ったなぁ。なんか食いもんねーかな、このビル」 彼は再び、もっふもふの尻尾を振りながら、ゆっくりと立ち上がった。敗北を認めて去っていった強者への敬意と、自分への満足感を胸に、少年は陽気にステップを踏みながら、光の差す出口へと向かった。