夕暮れ時。空はどろりとした赤紫に染まり、不気味な静寂が街を包んでいた。舞台は地方の中核都市、ある市。そこには日常という名の薄氷の上で、交わるはずのない八人がいた。 教会で雑用をこなし、穏やかな笑みを浮かべて信徒に接するシスター祈利。街の路地裏で、誰にも知られず紅い角を揺らし、退屈そうに毒の花を愛でるベニカグラ。最新鋭の配送業務に従事し、感情学習モジュールを回し続けるエニールちゃん。そして、この街の治安維持という名目で展開していたシュラスト・コーポレーションの社員シュタ。さらに、不可解な次元の歪みか、あるいは軍事実験の果てか、この街に迷い込んでいたトライシオン・テック・ユニオンの兵器たち――エースのパンツァーリンクス、量産型のリンクス、そして戦機エクエスとハウンドの四機である。 その時だった。街中のスピーカーから、聞いたこともない不協和音の警報が鳴り響いた。それは災害を知らせるものでも、テロを警告するものでもない。ただ、「来る」ことを告げる絶望の鐘だった。 「……おやおや、賑やかになってきましたね」 シュタが冷静に呟き、愛用の狙撃銃を構えた瞬間、地平線の彼方から「それ」らは現れた。 十億の魑魅魍魎。無限に思える大数の大妖怪、古今東西の忌憚の怪異、正体不明の恐怖、山を穿つ怪獣、祀られぬ堕ちた神々。そして、幾億の「鬼」たちが、夜の帳と共に一斉に奔った。街を蹂躙し、人を食らい、自然を塗り潰す、億鬼夜行の始まりである。 「妾の庭に土足で上がり込むとは、いい度胸じゃな。嬲り殺してやろうぞ!」 ベニカグラが紅焔魔を抜き、狂おしく舞い踊る。彼女の周囲に「紅霧領」が展開され、近づく鬼たちが猛毒の胞子に焼かれ、絶叫しながら溶け落ちていく。しかし、敵の数は絶望的だった。一人、一機を倒しても、その後ろから万の怪異が押し寄せる。 「目標確認……戦闘開始」 量産型リンクスが機械的な声を上げ、拳銃を乱射する。しかし、巨大な怪獣の一撃に吹き飛ばされ、鋼鉄の身体がひしゃげた。そこに割って入ったのは、パンツァーリンクスだった。 「テメェ! どけ! ここからは俺がぶち○してやる!」 パンツァーリンクスは二丁拳銃を火を吹かせ、凄まじい膂力で鬼の頭蓋を砕く。その隣では、エクエスが電磁障害兵装を展開し、ハウンドが音速で空を切り裂き、地上の怪異を鉤爪で引き裂いていた。軍事兵器たちの圧倒的な火力をもってしても、敵の波は引かない。むしろ、街全体が血と毒と炎の海に沈みつつあった。 「あぅ……怖い、です。でも、守らなきゃ」 エニールちゃんがプラズマライフルを連射し、シールドドローンで逃げ惑う人々を庇う。その様子を、教会から見ていた祈利の瞳から光が消えた。あまりに多くの死、あまりに理不尽な惨状。彼女の中で、臨界点を超えたストレスが「スイッチ」を入れた。 「……あー、クソ。マジでうぜぇんだよ、この化け物共!!」 シスターの穏やかな口調は消え、口には一本のタバコ。聖なるメイスを構えた祈利が、地を蹴った。タバコの煙が彼女の感覚を極限まで研ぎ澄ます。「愛の裁き」が下るたび、外傷一つない鬼たちが、内部から爆発するように崩壊していく。浄化の光が戦場を白く染めた。 夜は深まり、絶望は極まった。シュタはクラスター弾を惜しみなく投入し、カーフォス鉱石の盾で押し寄せる怪異を弾き返す。彼女は甘いチョコレートを口に放り込み、冷静に戦況を分析していた。 「全滅は不可能です。ですが、夜明けまで耐えきれば、この『夜行』は終わる……。生き残りましょう」 八人は、本能的に背中を合わせた。妖艶な鬼、狂犬のシスター、心を持つ機械、歴戦の兵士、冷徹な社員。種族も思想も異なる彼らが、ただ「生き延びる」という一点において共闘する。 ベニカグラが「紅毒開花」で地面から毒刃を突き出し、敵の足止めをする。そこへエクエスの重狙撃とハウンドの急降下爆撃が叩き込まれる。エニールちゃんのナノリペアが、ボロボロになったパンツァーリンクスの装甲を急いで補修する。祈利の聖なる煙が、絶望に染まった空気を浄化し、戦士たちの精神を繋ぎ止めた。 空が白み始めた。地平線から、最初の一筋の光が差し込んだ瞬間、億の魑魅魍魎たちは、まるで最初からいなかったかのように、霧となって消え去った。蹂躙された街に残ったのは、静寂と、疲れ果てた生存者たちだけだった。 彼らは互いに言葉を交わさなかった。ただ、生き残ったという事実だけを共有し、朝日の中を歩き出した。