第一章:硝煙と聖別の街、不協和音の再会 空は鉛色に濁り、絶え間なく降り注ぐ酸性雨が石畳を黒く濡らしていた。ここは「境界都市」。異能を持つ者、あるいは異能に憑りつかれた怪物がひしめき合い、法よりも力が、秩序よりも生存本能が優先される掃き溜めのような街だ。 この街で「狩人」と呼ばれる者たちは、聖別された装束に身を包み、理外の力を狩ることで生計を立てている。その中でも、ある種の「悪名」を馳せている二人の男がいた。 一人は、エレク=スターナー。茶髪を乱し、どこか疲れ切った眼差しをした長身の男だ。彼は聖別済みの特異装衣を羽織り、失った右腕に黒い触手の塊のような義手型生体武装『雷霆(ライテイ)』を装着している。元軍人という経歴を持つ彼は、戦いの中に美徳などないことを知り尽くしており、ただ「生き残るための最適解」を導き出すことに心血を注いでいた。 もう一人は、アベル=イーター。灰色の髪に三白眼、不気味なほどに白い肌を持つ男だ。聖別済みの白衣を纏い、その手には赤黒い肉と黒い装甲が混ざり合った、およそ生物とは言い難い形状の武装『E-3』が握られている。彼は技術屋であり、自らの創造物であるE-3に異常なまでの執着を持つ狂信的なエンジニアであった。 二人はかつて同じ組織に属していたが、思想の相違――あるいは、アベルの「実験」が度を越していたため――に袂を分かった。そして今日、彼らはある「特級遺物」の回収権を巡り、この廃墟となった旧市街で対峙することとなった。 「やあ、エレクさん。相変わらず疲れた顔をしていますね。人生に絶望しすぎて、魂まで萎びてしまったのではありませんか?」 アベルが口角を吊り上げ、慇懃無礼な口調で語りかける。その手にあるE-3が、まるで生き物のようにドクンドクンと脈打ち、空腹を訴えるように小さく震えていた。 エレクは深く溜息をつき、肩をすくめる。彼は右腕の『雷霆』を軽く振り、パチパチと青白い火花を散らした。 「相変わらず気持ちわりい言い草だな、アベル。あんたのその『おもちゃ』に餌をやりたい気持ちは分かるが……悪いが、今日は俺が仕事を取りたい。あんたに付き合ってたら、日が暮れるどころか寿命が縮まりそうだ」 「おやおや。私のE-3を『おもちゃ』呼ばわりするとは。彼はとても繊細で、そして貪欲な子なんですよ。貴方のその聖別された右腕……きっと、最高の御馳走になるはずだ」 アベルの瞳に、知的な好奇心とは異なる、純粋な飢餓感が宿った。空気が凍りつく。聖別された装衣と白衣が、互いの持つ異能の波動を打ち消し合い、激しい火花を散らす。それは嵐の前の静けさであり、同時に、互いの実力を認め合った者だけが共有できる残酷な期待感であった。 第二章:電光と肉塊の衝突 先手を打ったのはアベルだった。彼は瞬間的に地面を蹴ると、手にしたE-3を「金棒モード」へと移行させた。重量感のある黒い装甲が展開し、大気を圧し潰すほどの質量がエレクを襲う。 「『禍津砕き(まがつくだき)』!」 凄まじい衝撃音が響き、石畳がクモの巣状に砕け散る。しかし、エレクは紙一重でそれを回避していた。彼は後方に跳躍しながら、右腕の『雷霆』から触手を鞭のようにしならせる。 「遅いな。あんたの計算通りに動くと思うなよ」 エレクが叫ぶと同時に、触手の先端に凝縮された電撃が収束する。中距離から放たれた一撃――『遠雷』。直線的な雷光がアベルの胸元を狙い撃つ。 だがアベルは避けない。彼は笑いながら、E-3を瞬時に「捕食モード」へと変形させた。武装の先端が大きく裂け、どろりとした粘液を伴う巨大な「口」が現れる。その口が、飛来した雷撃をまるごと「飲み込んだ」のだ。 「ふふふ、刺激的です。電気味の食事は、脳に心地よい痺れを与えてくれますね」 「……食っただと? 本当に食い意地が張ってやがるな、怪物」 エレクの表情から余裕が消える。彼は即座に攻勢に転じた。触手を地面に叩きつけ、広範囲に電撃を伝播させる『雷網』を展開。逃げ場を奪い、拘束してからの必殺の一撃を狙う。 青白い電気の網がアベルを絡め取る。しかし、アベルはそれを嘲笑うかのように、今度はE-3を「大剣モード」へと移行させた。赤黒い肉が鋭利な刃へと凝縮され、超高密度の斬撃が放たれる。 「『混肉斬(こんにくざん)』!」 断ち切られたのは雷の網だけではない。エレクの聖別装衣の肩口が深く切り裂かれ、血が舞った。エレクは後方に弾き飛ばされながらも、地面に手を突き、体勢を立て直す。 「ホント……痺れちまいそうだ。あんたのその武器、どんどん形を変えてやがるな」 「私のE-3は適応するんです。貴方の戦い方を、構造を、そして絶望を。さあ、次は何をくれますか?」 第三章:臨界点への加速 戦闘は泥沼化していた。エレクの雷速の攻撃と、アベルの変幻自在な武装。聖別済みの装束が互いの致命傷を最小限に抑えているが、それでも肉体的な疲弊は隠せない。 エレクの呼吸は荒く、右腕の『雷霆』からは過負荷による煙が上がっている。対するアベルも、白衣がボロボロに裂け、三白眼の瞳には狂気がさらに深く刻まれていた。 「いいですね……。互いに限界まで追い込まれるこの感覚。これこそが技術向上の最短ルートだ」 アベルが低く笑う。その時、彼が心底楽しそうに、そして残酷に宣言した。 「もう我慢できません。私のE-3が、貴方の全てを喰らいたがっている。……原理解放、『悪喰(あくじき)』」 その瞬間、アベルの手にあったE-3が激しく脈打ち、爆発的に肥大化した。黒い装甲が割れ、中からどろどろとした赤黒い肉塊が溢れ出し、周囲の瓦礫までもを飲み込みながら、巨大な肉の渦へと変貌する。それはもはや武器ではなく、一つの「飢えた生命体」であった。肉塊から伸びた無数の口が、周囲の空間そのものを捕食し、真空状態を作り出していく。 「全部……全部飲み込んで、私の血肉となりなさい!」 逃げ場はない。周囲の建物が次々と砕け、アベルの肉塊へと吸収されていく。エレクはそれを真正面から見据え、口端を吊り上げた。 「……ちっ。そういう強引なやり方、大嫌いなんだよ」 エレクは自身の右腕に意識を集中させる。抑制装置を司る回路に、あえて過剰な電流を流し込む。精神を削り、肉体を焼く禁忌の解放。 「原理解放――『放電(ほうでん)』!!」 黒い触手の塊であった『雷霆』が、爆発的に増殖した。触手の一本一本が巨大な雷の柱となり、空を覆い尽くすほどの電撃がエレクの身体から放射される。もはやそれは「攻撃」ではなく、一つの「天災」であった。 第四章:奇跡を掴む一撃 肉の海と、雷の嵐。二つの「解放」が正面から衝突した。 アベルの『悪喰』は、エレクが放つ雷撃さえも捕食しようと、巨大な口を開けて襲いかかる。飲み込まれた雷が肉塊の中で爆発し、内側から激しい衝撃が走るが、アベルは狂喜していた。捕食すればするほど、そのエネルギーを自身の強度へと変換していく。 「素晴らしい! この威力、この出力! 貴方は最高の素材だ、エレクさん!」 アベルの肉塊が、エレクを飲み込まんとして巨大な波のように押し寄せる。逃げ場はない。視界の全てが赤黒い肉に染まる。絶体絶命の瞬間、エレクはあえて攻撃を止めた。 (……運否天賦。だが、奇跡は己で掴むもんだ) エレクは全ての電力を一点に、右腕の先端に凝縮させた。増殖した触手を再び一本の槍へと収束させる。放電による過負荷で右肩から血が噴き出し、聖別装衣が焼き切れるが、彼は構わなかった。彼が狙ったのは、アベルという個体ではなく、肥大化した『悪喰』の「核」。 肉塊の中心、アベルが位置するその一点に、極限まで圧縮された雷光が宿る。 「これで……終わりだ!!」 『雷槍(らいそう)』。 それは音を置き去りにした一撃だった。雷速を超えた貫通撃が、肉の壁を紙のように切り裂き、一直線にアベルの胸元を貫いた。 「……がはっ!?」 アベルの口から鮮血が飛ぶ。同時に、核を破壊された『悪喰』は維持できなくなり、激しい崩落と共に霧散していった。衝撃波が周囲の廃墟をさらに粉砕し、静寂が訪れる。 エピローグ:灰色の空の下で 土煙が舞う中、エレクは膝をついていた。右腕の『雷霆』は機能停止し、黒い触手はしぼんで元の形状に戻っている。全身から煙が上がり、聖別装衣はボロ布のようになっていた。 数メートル先では、アベルが仰向けに倒れていた。胸にぽっかりと穴が開いているが、聖別白衣の残存機能が辛うじて止血を行い、命を繋ぎ止めていた。 「……はは。完敗です。私の計算に、貴方の『泥臭い根性』という変数が抜けていた」 アベルが、血を吐きながらも愉快そうに笑う。その三白眼には、敗北の悔しさよりも、未知の現象を目撃した技術屋としての歓喜が宿っていた。 エレクは深いため息をつき、空を見上げた。雨は止み、雲の隙間から薄っすらとした光が差し込んでいる。 「あんたのその性格……本当に救いようがないな。怪物」 「最高の褒め言葉ですよ。ところでエレクさん、今回の遺物の回収権は貴方のものですが……後で私の治療費を肩代わりしていただけませんか?」 「断る。自分の財布で払え、この狂人」 エレクはふらつく足取りで立ち上がり、背を向けた。右腕の痛みは激しいが、心地よい疲労感があった。互いに決定的な破滅を避け、ギリギリのところで踏みとどまった。それは、血を流し合った者だけが共有できる、奇妙な信頼関係のようなものだったのかもしれない。 「また会いましょう。次は、私のE-3が貴方の右腕を完食する日まで」 「……二度と御免だ」 軽口を叩き合いながら、二人の狩人はそれぞれの方向へ歩き出す。境界都市の空は相変わらず灰色だったが、彼らの心には、一瞬だけ鮮烈な電光が焼き付いていた。