カナダの深い森に囲まれた、ライアン・ライアーズが所有する広大な私邸。そこは都会の喧騒から切り離された静寂の聖域であり、同時に世界最高峰のセキュリティを備えた要塞でもある。 白を基調としたモダンなリビングルーム。高い天井から降り注ぐ午後の陽光が、大理石の床に長い影を落としていた。そこには、対照的な二人の男がいた。 一人は、白い装甲に身を包み、白いマントを静かに翻して椅子に深く腰掛ける男。ヒーローチーム【オーサムズ】の尋問官であり、財閥の主であるブライト・ナイト――ライアン・ライアーズだ。彼はマスクを外さず、ただ静かに、目の前のティーテーブルを見つめていた。 そしてもう一人は、完璧にプレスされた黒い執事服に身を包み、銀色のモノクルを光らせる青年。金髪に狐耳、そしてゆったりと揺れる九本の白い尻尾を持つ、孤月天夜である。 「……完璧だ」 ライアンが短く、低く呟いた。彼の声は感情を削ぎ落としたようにクールだが、その瞳には満足感が宿っている。テーブルの上に置かれたのは、最高級のボーンチャイナに注がれた、黄金色に輝くダージリンティー。立ち上る湯気が、精密に計算された香りを部屋いっぱいに広げていた。 天夜は、シルクの手袋をはめた手で静かに会釈し、口角をわずかに上げた。糸目のため、その表情は読み取りにくいが、漂う空気には隠しきれない余裕と、わずかな毒が含まれている。 「お褒めに預かり光栄です、ライアン様。貴方様のような『お忙しい』お方にこそ、脳を休める至福の一杯が必要かと存じました。……まあ、貴方様の日常は、悪人を問い詰めて絶叫させることばかりで、精神的な疲労が相当なものでしょうから」 丁寧な口調だが、内容は完全なる皮肉だ。ライアンはそれに眉一つ動かさず、ゆっくりとティーカップを口に運んだ。一口含んだ瞬間、複雑なアロマが口いっぱいに広がり、張り詰めていた神経が緩むのが分かった。天才的な感覚を持つライアンにとって、この味の調和は一種の芸術に等しかった。 「……口が過ぎるな」 「おや、事実を申し上げたまでです。それに、執事というものは主人の欠点を含めて管理するもの。貴方様がどれほど冷徹な尋問官であろうと、私の前ではただの『お茶を欲しているお疲れの紳士』に過ぎませんよ」 天夜はそう言いながら、手際よくスコーンとクロテッドクリームを添えたプレートをテーブルに置いた。その動作には一切の無駄がなく、まるで計算されたダンスのように滑らかだ。 ライアンはカップを置き、ふと視線を天夜の九本の尻尾に向けた。白く、ふわりとした毛並み。それは、この冷徹な部屋において唯一の「柔らかい」要素だった。ライアンは無意識に、その感触に興味を抱いた。彼はもともと、超感覚を持っており、物質の質感や温度に対して非常に敏感だ。 「……その尻尾は、手入れに時間がかかるだろう」 唐突な問いに、天夜は一瞬だけきょとんとした表情を見せたが、すぐにいつもの含み笑いを浮かべた。 「ふふっ、お気づきになられましたか。ええ、非常に手間がかかります。ですが、園芸と同じで、手間をかけた分だけ美しく仕上がるものです。……もしかして、ライアン様。もしかして、触ってみたいと思われましたか?」 「……否定はしない」 ライアンの率直すぎる回答に、天夜は「あはは」と小さく笑った。打算的な彼にとって、相手の反応を予測してコントロールするのは容易いことだが、ライアンのようなタイプは予測を飛び越えて「直球」で来る。それが、天夜にとってはこの上なく心地よい刺激だった。 「よろしいですよ。ただし、条件がございます」 天夜がモノクルを指で押し上げた。その瞳の奥に、狐特有の狡猾な光が宿る。 「今週のティータイムのメニュー選びに、貴方様にも協力していただくこと。いつもいつも私の独断で決めておりますので、たまには貴方様のその『天才的な感覚』とやらで、私の好みに合う茶葉を選んでいただきたい」 「……取引か」 「ええ、ビジネスです。私は打算的な性格ですので、タダで私の毛皮を貸し出すなんて、そんな非効率なことはいたしません」 ライアンは小さく溜息をついたが、それは拒絶ではなく、ある種の諦めと心地よさが混ざったものだった。彼はゆっくりと手を伸ばし、天夜の最も大きな尻尾の一本に触れた。 (……柔らかい) 想像以上の質感だった。指先に伝わる温もりと、空気のように軽い触感。尋問という、人間の精神の底にある醜い泥を啜るような仕事を日常とするライアンにとって、この純粋な「柔らかさ」は、何物にも代えがたい救いのように感じられた。 一方の天夜も、ライアンの指先から伝わる、静かだが強い意志を持った手の温もりに、わずかな安らぎを感じていた。この男は、外側からは氷のように冷たい仮面を被っているが、その内側にあるのは、正義への執念と、それゆえに抱え込んだ深い孤独だ。 「……ふむ」 ライアンが短く呟き、尻尾を軽く撫でた。天夜は、不意に背筋を突き抜ける心地よさに、わずかに耳をぴくつかせ、尻尾を小さく揺らした。 「おやおや、ライアン様。そんなに丁寧に撫でられたら、つい甘えてしまいそうです。……まあ、貴方様のその不器用な手の動きが、かえって新鮮で悪くありませんね」 「……黙れ」 突き放すような言葉だが、手は止まっていない。むしろ、より深くその柔らかさに浸ろうとしている。天夜はそんな主人の様子を眺めながら、心の中で「可愛いところがある」と毒を吐いた。最強のヒーローであり、冷酷な尋問官である男が、狐の尻尾一本に絆されている。この状況こそが、天夜にとって最大の娯楽だった。 やがて、ティータイムの時間は終わりを迎えようとしていた。ライアンは手を離し、再び背筋を伸ばして「ブライト・ナイト」としての顔に戻った。しかし、その表情は先ほどよりもわずかに柔らかくなっていた。 「天夜。次の茶葉は、ダージリンのファーストフラッシュをベースに、わずかにベルガモットを混ぜたものを探してみる」 「おや、意外と具体的ですね。期待しておりますよ、ライアン様」 天夜は完璧な礼を尽くし、空になったカップを回収した。彼が部屋を出ていこうとしたとき、ライアンがもう一度だけ、低い声で呼びかけた。 「……明日の時間も、空けておけ」 「承知いたしました。明日もまた、最高の一杯と、私の尻尾を用意してお待ちしております」 天夜が扉を閉める直前、いたずらっぽくウインクをしたのを、ライアンは見逃さなかった。ライアンは再び一人になった静寂の中で、自分の指先に残る白い毛の一本を眺め、ふっと口角を上げた。 冷徹な騎士と、打算的な狐。交わるはずのない二人の時間は、紅茶の香りと共に、ゆっくりと、しかし確実に、心地よいリズムを刻み始めていた。 * 【互いに対する印象】 ライアン→天夜: 「口が悪い。打算的で信用ならん。……だが、淹れる茶は完璧だ。それに、あの尻尾の感触だけは、この世のどんな贅沢品よりも価値があると思う」 天夜→ライアン: 「冷徹な仮面を被った、不器用なほどに真っ直ぐな方。尋問官としての顔と、尻尾に懐く顔のギャップが激しすぎて、弄り甲斐がある最高の主人です」