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どこか儚げな美少女 Ver26

 引合 火乃香(ひきあい ほのか)は欠伸を一つこぼす。  「ふぁ〜……、ねむい…」  "日課"と称した修行を終えて、次はお風呂に、それから学校へ向かう準備、そして朝から忙しく働く家政婦が用意した朝食を食べ終えたところだ。  あとは靴を履き、玄関先から……その重い、あまりにも重い足取りで歩き出せば向かう場所は一つ、その目的もたった一つへと集約される。学校への登校、それは彼女にとってあまり魅力的な選択肢には成り得なかった。  家政婦に見送られ、玄関の閉まる音が背後から聞こえた。  少し……、考え込んだ。  あ…___っ  「そうだ…っ!」  脳裏にフウタロー、フウ兄を思い浮かべていた。今日はフウ兄に送ってもらおう、たぶん今日も今日とて朝は暇である筈だから…!  足取りが軽くなった、だだっ広い屋敷の敷地を駆けて、分厚い門を軽々と押し開けて火乃香は見知った隣人の元へと駆け出した。  隣の家の玄関前で立ち止まる、そしてドアをノックするかと思いきや、火乃香は手慣れた様子で2階建の家屋をよじ登る。  2階の窓、フウ兄の様子がこれでもかと丸見えである。どうやら、今は疲れて寝ているらしい。そして、ここはいつも鍵が掛かっていない、そんな不用心な窓を開けて幼き侵入者が入り込んできた。  「フウ兄〜!、起きてよー!、一緒に学校に行こお〜!」  肩を揺する、反応がない。頬をつつく、反応がない。耳を引っ張る、だがしかし反応がない。  手刀を一発、額に軽く叩き込む。しかし、反応は返って来ない。  「フウ兄……?」  火乃香は己の耳をフウタローの心臓部に押し当てる、ちゃんと鼓動はしており、少し寝苦しいのか荒い寝息が耳元で聞こえてくる。  「脈よし、瞳孔よし、呼吸よし、体温は平熱を維持」  そう淡々と呟くようにフウタローの手首から両手を離し、一歩半ほど後退して寝ている男の全貌を視界におさめた。  これは___、  「典型的な寝不足の症状……、また夜更かししてたんでしょ…!」  火乃香は呆れた表情と共に"絶壁"と評すべき狭っちい胸部を独り静かに撫で下ろした。  自身の姉もまた昏睡状態で未だに目を覚さない状況、そんな時に身近な人に何かあったのでは……と、心配になるのは当然の反応であろう。これが不法侵入でなければ尚のこと良かったのだが……。  「もぉ、フウ兄は"ネボスケ"なんだから〜。だから、私がちゃんと起きれるまで待ってあげるからね!」  と、ちょうど学校をサボれそうな口実を見つけた火乃香は、床にランドセルを置いて部屋にある漫画でも物色して待っている事にした。  「えーと、たしか……」  前に勝手に借りていた漫画の続きを読む事にしよう、そう思った火乃香は適当に本棚へと手を伸ばした。  最初のページを捲る___、  ___ペラ…!  ___カァ……  「ふ、フウ兄……、これは子どもが読んじゃいけない本なんだよ」  と、火乃香は頬を赤らめさせていた。バタン…!と勢いよく薄い本を閉じて、ブンブンと邪念を取り払うように首を何度も真横に強く振るっていた。  これは、見なかった事にしよう……。  フウ兄の名誉の為、火乃香が猥本を棚に戻そうとした時であった。  ___バタン…!  背後からの物音……!  ___ビクッ…!?  と、小さな体を身震いさせたと同時、反射的にその音のした方へと硬い拳を握り締めて身構えていた。  視界の先、見えたのは突然開いたクローゼットの姿である。  「……なんだ、扉が開いただけか…」  フゥ……、と再び断崖のような胸で安堵の溜息をついた。  「もう、驚かさないでよね…!」  と、半ば八つ当たり気味にクローゼットへとぷりぷりと膨らんた頬を見せてそう呟いた。  だがしかし___、その直ぐ後に何者かが床を歩く足音が聞こえてくる。複数だ、そして一人は間違いない……!  「フウ兄…?、と……あと一人は…!」  ベッドの方に向き直る、だがしかし……フウタローは相も変わらず寝具の上で深い眠りについていた。  「…………へっ???」  火乃香は、ひどく混乱した表情を浮かべていた。  よおっ、皆んなは最近元気にしてたか?、俺はそこまでだがな……  そんな事を呟いた俺は山田風太郎…!  そして聞いてくれ!、もしもの話なんだが…!、もしゴリラより強い女に襲われたら皆ならどうする?  えっ、そもそもゴリラは温厚だし、ゴリラより強い女が存在する筈がないだって……?  まぁ聞いてくれ、俺は今さ……  ___死にそうだ。  ゴリラとは比較にもならない程に細くて小さな手指、そんな可愛らしい両腕の筋肉から放たれた一撃は、ある思いを想起させた。  「し、死ぬ……!」  大きく吹き飛ばされた肉体と同時進行で消し飛んでいく意識、薄れゆく視界と五臓の悲鳴が耳元で聞こえてくる幻聴と共に、俺の肉体はアスファルトで舗装された道路を勢いよく何度も跳ねては転がり込んでいく。  ようやく止まったのは飛び出た胃腸が道路に赤い線を引いた時であった。何かの標識にぶつかった感覚、脊椎から尾骶骨にかけて痛みが走る。恐らくカチ割れたであろう頭部からの出血に比例して、思考が白濁とした霧霜に覆われていく。  「ぐっ、ぁ……か…」  かろうじて唇だけは僅かに動かせた、だが……こんな状態で助けなんて呼べる筈もなく。そんな状況下で、希望を抱く事もないだろう。  打倒者の爪先だろうか、うなだれた視界で微かに認識する事ができた。  ___グイッ…  打倒者が乱暴に首を引き寄せる、そして俺の瞳を見ながら……  「まだ生きていられるのですね、大したタフネスです。しかし、これは回収させていただきます。」  打倒者は、俺の首に巻かれたマフラーを剥ぎ取った。  その途端に、糸が切れた様子でフウタローの意識は途切れてしまった。  打倒者は、少し困った様子で考え込んだ。  「むぅ、これは予想外。このままでは計画に支障が……」  だが、その思考を遮断する出来事が起こる。打倒者の握り締めていたマフラー、それをフウタローの両腕が無意識に掴みかかってきた。  「なっ!?、ちょっ……、離して!」  打倒者の動揺を他所に、両者の引っ張りあったマフラーが激しい閃光を伴って双方を照らす。  打倒者は思わず握った布を離してしまった、そのまま痛みが走る両目を押さえて数歩ばかり後退する。  「くっ……、目が……!」  涙が止まらない、常人では失明を免れない程の光量を浴びたのだ。視界がボヤけて仕方がない、どうにか捉える事ができたのは、目線の先で立ち上がる人物の影だけである。  風に靡かせたマフラー。俺は息を吸う、そして吐いた___。  「ハァ……ッ!」  ___メキャ…!?  「なっ…!」  打倒者の肋骨を穿つ一撃、軋みをあげて砕かれる。  思わず打倒者は鋭い痛みに後退し、理解できぬ状況に片膝をついた。  打倒者、  打ち倒す者、ここまでが打倒者だ。  だがしかし___打倒者、ここから先は"打ち倒される者"、それこそが打倒者だ……!  目を開き、痛む肺で呼吸する。  打倒者は見上げる、その瞳で敵を捉えた。  覚悟しろ、打倒者___ッ!!  そして___、  覚悟を見せろ!、山田風太郎ォーーーッッ!!! https://ai-battler.com/character/db1cabe9-92fc-408e-a492-da279486a6d7